スケート

読書録/愛のアランフェス

▪️槙村さとる「愛のアランフェス」集英社文庫

 フィギュアスケートを見ると、思い出すマンガがあります。中学生のとき夢中になって読んだ、槙村さとるの「愛のアランフェス」。フィギュアスケートの世界を舞台にした、少女マンガです。

 といっても、当時としてはかなり本格的なスポーツものでもありました。主人公の森山亜季実は17歳の高校生。北海道のどこか(根室だったか、釧路だったか忘 れたが)の天然リンクで、お父さんからフィギュアスケートを教わっています。実は彼女の父、一世を風靡したスケーターだったのですが、リンク上の事故で女 性にケガを負わせ、再起不能にさせてしまいます。その罪の意識からスケート界を離れ、隠遁生活を送っている人。しかしスケートへの夢を捨てられず、ひそか に娘を特訓していたのでした。

 亜季実は単身上京し、フィギュアのエキシビジョン大会の会場に飛び入りで無理矢理参加。まったくの無名選手 だったにも関わらず、それまで誰も成功していないトリプルを飛んで、観客の度肝を抜きます。そして演技が終わるやいなや、リンクから姿を消しますが、そん な彼女のスケーティングに衝撃を受けた男がいました。黒川貢です。この男にも暗い過去があり、才気不能説が流れていましたが、彼はこの突如現われた天才少 女の滑りに感動を覚え、リンクから立ち去る彼女を追いかけるのでした。

 すごい、今となっては時代を感じてしまいますが、このマンガの連載当時は、今では当たり前になっている3回転ジャンプを女子が飛ぶ、というのがすごかったんですよ~。今だと、4回転飛んだ!というところかな? 

 さて、こうしてスケート界に見出された亜季実は、東京でアスリートとして本格的に歩み始めます。前半は、女子シングルで頂点を目指す亜季実と、その姿に惹か れるものを感じながら自らのスケート人生を取り戻して行く黒川貢の姿が描かれます。まさに、スポ根マンガの定番ストーリーという展開です。

 でも、ここからが少女マンガの面目躍如、なんですね。互いに惹かれ合うようになった亜季実と黒川。このアスリートとしての道と、恋愛との道が交叉する舞台 が、フィギュアスケートというスポーツにはあるんです。それが「ペア」。男女がペアとなり、一体となってスケーティング技術と表現を競い合う、という類い まれなる、美しくも厳しい世界があるんですね。
男女のトップを極めた両選手が、その座を捨てて今度は「ペア」を目指すのですが…。
 恋心かなってラブラブになった亜季実は、いつしかアスリートとしての自分を見失い、黒川に依存しきってしまうように。そして二人は、生温い空気の中でペアとしての成長をゆるやかに止めていってしまうのでした。

 この続きはお楽しみにしていただくとして、このマンガ、アスリートとしての亜季実の恋愛と自立、がテーマなわけですが、さらにその先に、自立した後にくる男女の関係、というところまでが描かれていて、しかもそれが、ペアという競技の演技において昇華されていくところが、とっても素敵なんです。恋愛か自立かの 二者択一で終わらない、それが両立する関係って、なかなか難しいんじゃないでしょうか。それを、少女マンガの夢の世界を織り交ぜながらも、リアルに描いて素晴らしかったです。

 タイトルになっている「アランフェス」は、フィギュアの音楽としては定番の、ロドリーゴ作曲「アランフェス協奏曲」から。この曲を聴くと、亜季実と黒川の、ラストの喝采を浴びた演技はどんなのだったんだろう、と見てみたくなります。

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