現代を「鬼滅の刃」で読む(壱):愛をとりもどせ
「鬼滅の刃」と書きながら、「愛をとりもどせ」は「北斗の拳」の歌ではないかと思いつつ、連れずれなるままに硯に向かうのです。
小学3年生の息子が、テレビの影響を受けたのか、子ども部屋にしまい込んでいた「鬼滅の刃」のコミックを取り出してきました。その辺に置いておくものだから、ついつい開いてしまったではないですか。
私はパラパラと観ながら、やはり、作者からのひとつのメッセージを受け取りました。コミックを読んでいるみんなが同じように受けとっているのかはわかりません。しかし、これだけ人気が出たコミックですから、それぞれにメッセージを受け取っているのだと思います。
私自身の研究の背景にあるコンセプトは「人間はどうぶつのひとつ」、能力の延長上に記号を作り出すことで、環境と共に進化してきたが、バランスを失うほどの過剰な記号化(概念化・制度化)は「どうぶつ」としての人間を壊してしまう危険がある、というものです。だからかもしれませんが、「鬼滅の刃」から受け取ったのが同じようなメッセージだったのかもしれません。現代は「鬼化」している。愛(人間らしさ)を取り戻せと。
私がこの作品の作者であったらどうするか。人間はいきもので、その有限性を知りつつ、関係性の中で生き、記号も適度に利用しながら命をつなぐことが、自己中心的な欲望や利益を追い、名声による「象徴的不死」を求めることによるよりも結果的に穏やかな心になれるだろうということを、子どもたち、あるいは大人たちに伝えるツールとして、コミックにする。
いや、全く知りませんよ。私の妄想です。ただ、そのようなメッセージ性が込められていたとすると、この作者は一般的な漫画家のように次々とメッセージの異なる作品は描けないだろうな、とも思いました。
10代の時にコミックを読んだ子供が20代になって再びメッセージを受け取ることがあれば、鬼化のワクチンのブースター効果が働いて、若者の向社会性が覚醒するのではないか、社会が変わるのではないか、妄想しました。その頃にはまた描いてほしいな。
息子よ。コミックの第20巻をその辺に置いておくから、20巻から読み直してしまったじゃないですか。
それでは、20巻の中で、私が気になったセリフを紹介して、今回のお話を終えたいと思います。
悲鳴嶋:「我らは人として生き人として死ぬことを矜持としている。貴様の下らぬ観念を至上のものとして他人に強要するな。」
意訳:「私たちは人間らしく生きたいんだ。学歴だとか年収だとか、そんな尺度を至上の価値譚として強要するな」
炭治郎:「弱いと思われている人間であれば、警戒の壁が薄いんだよ。だからその弱い人が予想外の動きで壁を打ち破れたら一気に風向きが変わる。勝利への活路が開く。」
意訳:「格差社会で弱者と思い込むのは早い。格差社会の勝ち組と思っている奴が、実のところ幸福かどうかはわからない。弱いと思っている者こそ、仲間と助け合って、大切な人たちを愛せ。そのことで、君も幸福の感じ方が変わる。」
縁壱:「私たちはそれ程 大そうなものものではない。長い長い歴史のほんの一欠片。私たちの才覚を凌ぐ者が今この瞬間にも産声を上げている。彼らがまた同じ場所まで辿り着くだろう。何の心配もいらない。私たちはいつでも安心して人生の幕を引けばよい。いつか、これから生まれてくる子供たちが私たちを超えてさらなる高みへと登りつめてゆくんだ。」
厳勝(黒死牟):「望む者の下へ 望む才が与えられればどんなに良いだだろう。」
厳勝(黒死牟):特別なのは自分たちの世代だけなのだと慢心していた私は気味の悪い苛立ちで吐き気がした。
意訳:「自分しかできない、自分以外に任せることができないと考える上司。大丈夫だ、私たちの才覚を凌ぐ次世代がいる。彼らを信じてみよう。あなたの位置まできっとたどり着くだろう。さあ、今日は残業せずに帰ろう。」
意訳:「彼らは私より全然できるじゃないか。でも、彼らはそんなに仕事に熱心じゃないように見える。なんで、残業残業で頑張って、仕事できる奴になりたいと思っている私に彼らのような能力が与えられないんだ。望む人に能力が与えられればいいのに。おえっ。」
厳勝(黒死牟):「縁壱は強く、そして非の打ち所がない人格者となっていた。私はその強さと剣技をどうしても我が力としたかった。家も妻も子も捨て縁壱と同じ鬼狩となる道を選んだ。縁壱は誰にでも剣技や呼吸を教える。しかし、誰一人として縁壱と同じようにはできない。縁壱はそれぞれの者が得意であること、できることに合わせて呼吸法を変えて指導していた。そうして呼吸が次々と出来上がった。」
意訳:「新しい上司は、仕事も出来て人格も非の打ち所がない。私もああなりたい。そう思って、家にも帰らず、家族も顧みず、仕事に邁進したのに。新しい上司は、誰にでも仕事のノウハウや人付き合いを教える。しかし、誰一人としてすべてを彼の様には出来ない。彼はそれぞれの者が得意であること、できることに合わせて、仕事の仕方をアレンジして指導していた。そうして、それぞれの仕事のスタイルが出来上がった。」
無惨:「鬼となれば無限の刻を生きられる。お前は技を極めたい。私は呼吸とやらを使える剣士を鬼にしてみたい。どうだ、お前は選ぶことができるのだ。他の剣士とはちがう。」
意訳:「社畜となれば、無限の時間を仕事させてやろう。お前は自分の業績を上げたい。私は会社をもっと儲けさせてみたい。どうだ、お前は選ぶことができる。ワークライフバランスの若手社員とは違う。」
厳勝(黒死牟):「私が心底願い欲していた道は拓かれた。私はすべてのしがらみから解放される、はずだったというのに。」
意訳:「私が心底願い欲しいと思っていた長時間労働の道は拓かれた。私は悩みから解放される。はずだったというのになんてこった。」
厳勝(黒死牟):「何故だ?何故いつもお前は私に惨めな思いをさせるのだ。」
意訳:「何故だ?何故あなたはいつも私に惨めな思いをさせるんだ。ワークライフバランスを取りながら、業績も上げ、部下にも慕われる。何故だ!?」
おわり
縁壱の名は「人と人の繋がりを何より大切にと願い母がつけた名前」です。厳勝の名は「強くいつも勝ち続けられるように願い父がつけた名前」です。(コミック 第20巻より)