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千日回峰行

千日回峰行を二回も達成された方がいると聞いていた。
達成者は酒井雄哉大阿闍梨だが、その修行は、途中挫折した場合、自害をしなければならない壮絶なものだ。

この本の中にはサラリと書いてあるので、実際どのような事をするのか調べてみた。
おおよそ次のようなイメージだと

この行に入るためには、先達から受戒を受けて作法と所作を学んだのちに、「初百日満行」入り、その後7年の間、1 - 3年目は1年間に連続100日、4 - 5年目は1年間に連続200日、行を為す[2]。無動寺で勤行のあと、深夜2時に出発する。真言を唱えながら東塔西塔横川日吉大社と260箇所で礼拝しながら、約30キロメートル (km) を平均6時間で巡拝する。
途中で行を続けられなくなったときは自害する。そのための「死出紐」と、降魔の剣(短剣)、三途の川の渡り賃である六文銭、埋葬料10万円を常時携行する。

ウィキペディア

当初は毎日30kmを礼拝しながら歩くわけだが、後半だんだん厳しくなる。
生前葬をして出発するわけだが、9日間の断食、断水、断眠、断臥を行うことになっている。

5年700日を満行すると、最も過酷とされる「堂入り」が行われる。
行者は入堂前に生前葬となる「生き葬式」を執り行い、無動寺明王堂で足かけ9日[3]かけて断食・断水・断眠・断臥の4無行に入る。堂入り中は明王堂に五色の幔幕が張られ、行者は不動明王真言を唱え続ける。毎晩、深夜2時に堂を出て、近くの閼伽井で閼伽水を汲み、堂内の不動明王にこれを供えなければならない。水を汲みに出る以外は、堂中で10万回真言を唱え続ける[4]。
堂入りを満了して「堂さがり」すると、行者は生身の不動明王ともいわれる阿闍梨となり、信者達の合掌で迎えられる。これを機に行者は自分のための自利行から、衆生救済の利他行に入る。
6年目はこれまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60kmの行程を100日続ける。
7年目は200日行い、はじめの100日は全行程84kmの京都大回りで、後半100日は比叡山中30kmの行程に戻る。

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こんな修行を十二年かけて2度もやり遂げた人の言葉を聞いて感動している。

「十二年の老残が切れちゃってどうしようかな・・・」と思ってるうちに、「そうだ、今まで比叡山やお堂の中をぐるぐる回ってたから、これからは比叡山じゃなくて、日本で行けるところをぐるっと回ろうかな」と思ったんだ。

ムダなことなどひとつもない

大阿闍梨が軽く言っている言葉の重さが伝わってくる。

できないのは、ただ、やっていないだけ

ムダなことなどひとつもない



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