トリプルウインと三方良し
大手金融グループに業務改善命令が出された。内情は全く分からないが、なぜ、ルール違反が起こってしまったのだろう。新聞やマスメディアの「けしからん、ほれ見たことか」と鬼の首を取ったような論調で溜飲が下がる向きも多いだろうが、少し遠くから本件を見てみた。
営利企業に勤めていれば、誰しも収益を上げることが求められる。おそらくルール違反を犯すリスクとその結果がもたらすリターンを天秤にかけて後者を優先したのだろう。しかし、本当にそれだけでそのような危ない行動にでるだろうか? いまどきルール違反で収益を上げても評価はむしろ下がるだろう。だとすると、ルール違反した人は、「それが相手先にとってメリットだから」と強く信じていたに違いない。性善説すぎるかもしれないが。
ではここで、なぜ相手先は、当該金融グループ会社間での情報共有に同意を与えなかったのか?という次なる疑問が沸く。
相手先の担当者の立場を想像してみると、次のような情景が浮かぶ。
「金融機関との付き合いは大事だが面倒も多い。グループ間で情報共有したいと言われても、我々にはどんなメリットがあるのか? せいぜい鬱陶しいセールスを受けるだけだ。だから同意しないでおこう。」といったところか。たしかに、情報共有に同意するメリットが具体的に見えていないのに、同意を与えようとすれば、相手先も社内上層部の了解を得る手続きが必要になって、組織人の本音として「余計な仕事が増えるだけ」だろう。
そうすると、そもそもこのルールはいったい誰のためにあるのか?という本質的な疑問が生じる。金融商品取引法の第一条目的条文には次のように書か
れている。
金融商品取引法
(目的)第一条 この法律は、企業内容等の開示の制度を整備するとともに、金融商品取引業を行う者に関し必要な事項を定め、金融商品取引所の適切な運営を確保すること等により、有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし、有価証券の流通を円滑にするほか、資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする。
どうやら、金融商品取引法が保護すべきは、公益と投資者らしい。今回問題になった箇所は次の条文と思われる。
(親法人等又は子法人等が関与する行為の制限)第四十四条の三 金融商品取引業者又はその役員若しくは使用人は、次に掲げる行為をしてはならない。ただし、公益又は投資者保護のため支障を生ずることがないと認められるものとして内閣総理大臣の承認を受けたときは、この限りでない。(一部略)
四 前三号に掲げるもののほか、当該金融商品取引業者の親法人等又は子法人等が関与する行為であつて投資者の保護に欠け、若しくは取引の公正を害し、又は金融商品取引業の信用を失墜させるおそれのあるものとして内閣府令で定める行為
金融商品取引業等に関する内閣府令
第百五十三条 法(=金融商品取引法)第四十四条の三第一項第四号に規定する内閣府令で定める行為は、次に掲げる行為とする。(一部略)
七 有価証券関連業を行う金融商品取引業者(第一種金融商品取引業を行う者に限る。)が発行者等に関する非公開情報を当該金融商品取引業者の親法人等若しくは子法人等から受領し、又は当該親法人等若しくは子法人等に提供すること(次に掲げる場合において行うものを除く。)。当該金融商品取引業者又はその親法人等若しくは子法人等による非公開情報の提供についてあらかじめ当該発行者等の書面又は電磁的記録による同意がある場合
これらの法令を素直に読めば、少なくともここでの投資者は、金融グループに勝手に情報を共有された相手先企業ではない。よって、この文脈で法令が守るべきは”公益”というかなり漠然とした、おそらくやや精神論的な意味にも解釈できるものだ。探し方が不十分かもしれないが、第四十四条の三に違反した場合の罰則規定は金融商品取引法には見当たらなかった。
もしもその金融機関が、相手先にメリットがあると確信し、本当に、心から良かれと思って情報を共有したと仮定して、その結果、相手先企業の株価が上昇したり、投資者がより多くの投資機会を享受できていたら、それは、金融グループにも相手先にも、そして誰よりも守られるべき投資者にもメリットがあり、なおかつ、金融行政を司る当局も、国民経済の健全な発展を見ることができたのではないか? もしも、情報共有に同意するメリットをきちんと説明する機会や手段が金融機関に用意され、それを吟味する段取りについての相手先へのガイドラインもあれば、トリプルウイン&三方よしだったかもしれない。
行政も、国力を上げるためにアップデートすべきことにはできるだけ柔軟になることが必要なのかもしれない。自動車メーカーの認証問題にもなんとなく底流には同じものがあるような気がした。
上記は専ら極端な性善説に立ちつつ、法令が本当に意図するところを実現するには、どのようにこの問題に取り組めばいいか、という個人的見解を述べたもので、もし当該金融機関の担当者が純粋に功名心だけでルール違反を犯していたのであれば、問答無用で永久追放だ。