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トム・デマルコ/ティモシー・リスター『ピープルウエア』の読書メモ③

今日は「第III部 人材を揃える」を読み進めました。部の冒頭に置かれる文章がいちいち胸に刺さります。

どんな仕事でも、その最終的な成果は、それをどのようにやったか、ということよりも、誰がその仕事をやったかによって影響を受ける。だが、近代の経営学は、人材を揃えて辞めないようにすることにほとんど注意を払っていない。(P. 105)

「誰がその仕事をやったかによって影響を受ける」からこそ、誰のクレジットを付与するかということが大切になるのだと思いますが、くぁwせdrftgyふじこな企業の場合だとそこに末端作業者の名が載ることはないのかもしれません。なぜなら「人材を揃えて辞めないようにすることにほとんど注意を払っていない」からです。どうせ辞める人間の名など載せてたまるか!

続く文章にはこのように書かれています。

人材が揃ってさえいれば、各人の努力を統合するのはどちらかというと機械的にことが運ぶ。(P. 106)
才能のある部下を持つマネージャーは、チームが編成された時点から、あまり努力しないでも順調に仕事を進められる。(P. 106)

これを読んだとき(この意味において、わたしが観察できるところのチームは「人材が揃っている」といえるのかもしれない)と思いました。むろん、それだけではダメだよ、というのが本部の内容でもあるわけですが。

リーダーシップはサービスである

第III部のなかでおもしろかったところは「第15章 リーダーシップについて話そう」です。

最良のリーダーシップ(人々が感情を隠しきれず深い尊敬の念とともに口にするタイプのもの)は、地位上の権威を持たない人が発揮することが多い。公式に定められた権限の階層構造の外で見られるものなのだ。(P. 114)

(気づけばあの人がリーダーだなぁ)(あの人に任せておくと万事うまくいくなぁ)。こういったことは結構ある気がします。

地位上の権威を持たずに、つまりリーダーを指名する人を持たずにリードするには、
 ・自ら仕事を引き受ける。
 ・明らかにその仕事に向いている。
 ・あらかじめ必要な準備を済ませ、万全の態勢で仕事に向かう。
 ・全員に最大限の価値を与える。
 ・ユーモアと明らかな善意のもとに事にあたる。
これをすれば、カリスマ性も生まれやすくなる。(P. 115)

わたしはなんとなくとあるアーティストを思い浮かべました。「リーダーシップは私たちから何かを引き出すということではな」く、「サービスである」(P. 115)。なかなかに重い言葉です。そしてこういうことができる人間こそ、イノベーションを起こすことができると議論を進めます。

イノベーションにはリーダーシップが必要である

権威を与えられなくてもリードできる性格こそ、ライバルがぶつかっている壁を打ち壊し、イノベーションを引き起こせる人物とそうでない人物との差である。イノベーションはリーダーシップであり、リーダーシップはイノベーションだ。片方がまれなのはもう片方もまれだからである。(P. 115)

ちょっとこの文章だけではよく意味が取れませんでした。(ん~……リーダーシップとイノベーションがそんな風につながるかなぁ)。この疑問はページをめくった先である程度解消できました。いわく、

最良のイノベーションであっても、きちんと成果を出すためには反抗が必要になる。反抗のリーダーシップだ。イノベーター自身が偉大なリーダーである必要はないが、誰かがその役回りを引き受けなければならない。反抗のリーダーシップがイノベーションのプロセスに与えるのは、イノベーションのための時間だ。主要な担い手が生まれたばかりのビジョンを追いかけられるようにするために、日常業務からその人物を引き離す(これはあなたの側の建設的不服従である)。そして、イノベーションを利用するために、組織改革を強力に進めることだ。(P. 116)

あぁ、これならわかる。わたしはこの文章を「イノベーションを起こすには2人の人物が必要である」と読みました。もちろん、時間も。大丈夫。読書中の誤解は、読み進めるうち理解に変わりますから(変わらないかもしれない🤪)。

ここでふっとテキストから目を上げて、昨日の内容を思い返すわけです。こうやって時間をつくることができるのも「環境」だな、というように。やはりここでも大切なことは「環境」なのかもしれません。

今日は花金。バレンタインデー。ワインとチョコを頬張りながら、本書を読み進めることにします🍷

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