超時空薄幸児童救済基金・5


#小説 #連載小説 #ゲーム

(はじめに)
 マガジンの冒頭でも簡潔に説明していますが、奇妙な慈善団体に寄付をし、異世界で暮らす恵まれない少女の後見人となった「私」の日記です。
 私信(毎月、少女から届く手紙)と、それを読んだあとの「私」の感想部分が有料となっています。時々、次の手紙が届くまでのインターバルに、「私」が少女への短い返事を送るまでの日記が書かれることがあります。こちらは、基本的に全文が無料となります。

(バックナンバーについて)
※だいぶ数が多くなってきたので、マガジンで一覧を見てください。時系列順に並べてあります。
※前後のテキストに関しては、文末の「← →」でリンクしています(文末が有料部分のあるテキストの場合購入者のみ対応)。

では、奇妙な「ひとりPBM」的創作物の続きをお楽しみください。

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 辺境の砦で騎士見習いとなり、今年14歳になる少女――私が彼女の後見人になってから半年近くが過ぎようとしている。
 異世界の少女の人生が、私のささやかな助成金で大きく変わったことや、その軌跡を彼女からの手紙で知ることができるのは喜ばしいことだ。

「……では、確かにお預かりしました」

 嬉しそうにそう言って、連絡係の男が寄付の証明書にチェックを入れる。

「君に、うまく乗せられちゃった気もするけどね」

 私は苦笑してそう答えた。
 先月ぐらいまでは「懐に余裕ができた」なんて思っていたけれど、古くなった仕事道具を買い換えたら、一気にいつもの金欠状態に戻っていたからだ。
 そんな身で、さらにもう一人、「恵まれない異世界の少女」の後見人として助成金を出すことになるとは。
 ただ、その代わりに……。

「例の件、くれぐれも頼んだよ」

 と、念を押す。相手が交換条件を出してきたから、話に乗ってしまった――という感じでもあるのだ。

「ご心配なく――」

 今度は、連絡係の男が苦笑する番だった。

「暮らすのに十分な地所と収入源とを、シォナン名義で都に用意しました。必要があれば、いつでも彼女が相続できます」

 今月中に、最初のときと同額の寄付金を二件分も捻出するのは財政的に非常に苦しかったのだが、私が新たな後見人になる代わりに、騎士見習いの少女に財産を確保する提案を了承してもらったのだ(なんか、彼らが本当に慈善事業なのかどうかに関しては実に怪しい対応ではあるが……)。

「これは極めて異例の措置なのです。騎士になれるかどうか、騎士になったあとで手柄を立てられるかどうかはあくまで彼女自身の問題であり、チャンスを提供するまでが私どもの役目と考えておりますから……」

 連絡係の男はぶつぶつ言っていたが、関わってしまった以上は面倒をみてやりたくなってしまう。それが人情というものだ(まあ、こっちにも経済的な限度はあるわけだけどさ……)。

「彼女は賢い子だろ。なにかの拍子にシォナン氏の素性に興味を持って、後見人のことを調べるかもしれない。そのとき、たどりつく相手を用意しておいたと考えれば、無駄ではないと思うけど」

「ははあ、なるほど」

「ところで手鏡は誕生日に届けられそうかい?」

「ええ。あちらの世界で腕の良い職人に注文しました。良いものが仕上がるはずですよ」

 そう言うと、男は新たな寄付金を手に去っていった。

 さて――。
 これで私は、二人の少女の後見人になってしまった。
 二人目について詳しい話は聞いていない。ただ「船乗りになろうとしている大学生」と聞いただけなのだが(てことは少女って歳でもないのかな?)、学校を出て船に乗る――ということは、ひとつめの世界よりはこちらの世界に近いのかもしれない。もちろんテクノロジーについても知らされていないから、帆船に乗り組む女航海士なのかもしれないけれど、なにしろ専門の大学があるくらいだし、さすがに大航海時代みたいな世界――ってことはないだろう。
 その二人目からの手紙は、今月ではなく来月になってから届くらしい。
 とはいえ、やりとりをする異世界が二つになってしまうと、こちらの世界はともかく、少女たちの住む世界を「あちらの世界」とだけ記述すると、どっちなのかわかりにくくていけない。
 呼び分けるようにするかな。ひとつめの「コトイシ砦に住む騎士見習いの少女」のいる世界は、「コトイシ」とでも呼んでおくか。
 ふたつめの異世界に関しては、手紙が来てから考えるとしよう。


 そして一週間後。

 再び、連絡係の男が訪ねてきた。
 今ではすっかり見慣れているコトイシの便せんと、翻訳文の用紙を差し出すと、それに加えて彼は小さな包みを手渡してきた。
 小ぶりで平たいけど、手応えのある重み……。

「これはなんだい?」

「ええと、その……手鏡、だそうです」

「え?」

 なんでここに?
 彼女に送ったんじゃないの?
 ていうか、誕生日のプレゼントがここにあっても意味ないじゃないか……。
 首をかしげつつ、包みを解いてみる。
 たしかに手鏡だ。角がなめらかになった八角形の鏡――。
 八角形の一辺が伸びてくびれた取っ手になっている。私の手には少し細いが、少女の手にはちょうどいいぐらいだろう。素材は木だが、見たことのない木材だ。黒檀に似ているがそれほど重くない。優しい手触りで、湿り気があるわけでもないのに触れると不思議としっとり心地よく、手になじむ。
 鏡面はガラスではない。なにか透明な鉱石と金属が使われていて……。材質はわからないが、すっきりとして良い映り具合だ。

「その鏡については、手紙に詳しく書かれているそうです」

 連絡係の男が言っている間も、私は夢中で手にした鏡を眺めていた。
 なにしろ、手紙以外の異世界の品を見るのは初めてだったから。
 それに「彼女に送ったはずの品物がなぜあるのか?」が不思議でならなかったからだ。
 これが腕利きの職人による逸品であることは、手にすればすぐにわかる。これまでの手紙から察するに、コトイシはこちらとそれほど精神性のかけ離れた世界ではない。だから、一流の職人の「品の良さ」や「使い手を気遣うセンス」などにも大きな隔たりはないのだろう。
 鏡面の裏側、鏡背部にレリーフが彫られているのも、こちらの世界の木製の手鏡と同じ感覚だ。
 そこには「女騎士」の姿が彫られていた――と書くと、西洋の甲冑を身にまとった、例えばジャンヌ・ダルク的なイメージが思い浮かぶだろうが、そうしたものとは趣が異なる。
 もちろん、さっきも言ったように二つの世界は感覚が近いので、それが「四本足の動物に乗り、武器を手にした少女」の図であることは、こちらの世界の誰が見てもわかるはずだ。
 ただ、彼女の手紙でコトイシの文化について手ほどきを受けている私の目には、それが誰なのかはっきりとわかったのだ。
 二本の長い角を天にかざし、長い毛を刈ってすらっとした脚を露わにした「馬」と、その背にまたがり空を見上げている鎧姿の少女の横顔……。
 女騎士というにはまだあどけなさの残る顔立ちの少女は、独特な形状の投げ槍を手にしていた。緻密な彫り込みは、手首に巻きつけた紐が槍の石突きにつながっていることまで再現している――。
 そう、これは彼女の(理想の)姿なのだ。わざわざ職人がコトイシの砦に赴いて、彼女の姿を模したのだろうか。
 もしそうなら、私が後見している少女はなかなかの美人だ。前髪を上げていて、賢そうな広い額が可愛らしい。本人が言っていたように、たしかに鼻はそれほど高くはないが、ちょうどいいくらいだと思う。

 じっと鏡の背を見つめている間に、連絡係の男が後ろ手にドアを開けた。

「では、私はこれで――」

「ちょ、ちょっと待った。これって、彼女に贈ったものと同じものをサンプルとしてこっちにも送ってきた……とか?」

「事情は私にもわかりません。先ほども言いましたが、手紙をご確認くださればわかるとのことで……」

「ふうむ。わかった、読んでみるよ」

 釈然としないままうなずいた私は、男を見送ると手紙の封を破った。
 誕生日のプレゼントを受け取った驚きがどのように綴られているのかと楽しみにしながら、訳文に目を通したのだ。

 少女の決意に驚かされるとも知らずに……。

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