超時空薄幸児童救済基金・2
※はじめに
【このシリーズの解説】
マガジンの初めにも簡潔に説明していますが、奇妙な慈善団体に寄付をし、異世界で暮らす恵まれない少女の後見人となった「私」の日記です。
私信(毎月、少女から届く手紙)と、それを読んだあとの「私」の感想部分が有料となっています。時々、次の手紙が届くまでのインターバルに、「私」が少女への短い返事を送るまでの日記が書かれることがあります。こちらは、基本的に全文が無料となります。
第一回から読む場合はこちら(超時空薄幸児童救済基金・1)です。
第一回のインターバルがこちら(超時空薄幸児童救済基金・1Re)で、こちらは全文が無料です。
では、奇妙な「ひとりPBM」的創作物をお楽しみください。
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一か月が過ぎ、超時空(中略)基金のことなど半ば忘れかけていた。もっと大金を寄付していたら、きっとしつこく覚えていただろう。貧乏なだけに、なおさら恩着せがましい気分になっていたに違いない。
だが、彼女の人生を切り開くのに必要だった支援は、こちらの世界ではそこまでの額ではなかった。だから、窓口の男が訪ねてきてようやく、私は自分が後見人になっていたことを思い出したのだ。
「お久しぶりです」
「新しい手紙を持ってきた……のかな?」
「いえ。もう少しかかりそうです。あなたの支援のおかげで環境が変わって、彼女も新しい生活に慣れるのにいそがしかったようで」
「はあ……」
なんだ。手紙はまだなのか。
まあ仕方ない。なんだか大変そうなところみたいだし、苦労の連続だろう。あの子、どうしてるかなあ……と、ついさっきまで忘れていたことは棚に上げて、無性に手紙が読みたくなっている。窓口の男は「おそらく、数日中には書き上がるはずです」と告げた(どうやって届けられるのかは教えてくれない)。届くまで、やきもきしながら待つしかない。
しかしだ……。
「だったら、今日はなにしに来たんだい?」
「名前です」
「は? 名前?」
「彼女が、手紙を出す相手の名前を知りたいそうなんです」
ふむ。名前も知らない相手には書きにくい――ってことか。そりゃそうかもなあ。でも、この間もいいのを思いつかなかったし。
さて、どうしたものか。
「それじゃあ……ジョン・スミスでいこう」
「はい?」
いつも落ち着き払っている窓口の男が、目を丸くした。
「以前にもお話ししましたが、あちらは異なる世界ですから、音の響きがかけ離れているので……」
「でも、手紙は翻訳されてたでしょ」
「?」
「ジョン・スミスという名前も翻訳して伝えればいい。彼女の世界で不自然のないようにさ」
「なるほど。足長おじさんにこだわるわけですね」
そういうことだ。どこまで本当かわからないことに付き合うからには、こっちも徹底して遊んだほうがいい。
「なんだったら、翻訳するときにダディ・ロング・レッグスのニュアンスを含んでくれてもいいよ」
「わかりました。伝えてみましょう」
そう言って、男は去っていった。
三日後――。
待ちに待った手紙が届いた。彼女の直筆の手紙は、例によって私には読むことができない文字で書かれている。ただ、紙だけだった前回と異なり、手紙を入れる専用の筒(竹とも違う植物だ)に入っていて、紙の材質も前より少し良くなっている。彼女の新しい住処は、以前よりも恵まれた環境なのだろう(そう信じたい)。異なる世界の手紙とはいえ、署名の箇所は見当がつくから、彼女の名前の綴りはどれだか見当がつく。もっとも、私がジョン・スミスの訳を希望したように、翻訳文の彼女の名が、こちらの世界に違和感がないよう訳されたものでないとすればの話だが。
しばらく本物の手紙を検分してから、翻訳されたコピー用紙を手に取る。彼女の生活はどう変わったのだろうか……。
読み始めてすぐに思ったのは、「なるほど、あっちじゃ『ジョン・スミス』はこんな響きの言葉になるのか」ということだった。
彼女の手紙が、こう始まっていたからだ……。
親愛なる シォナン・“タフルィース”・ドルクド さま
コトイシの砦は遅い春を迎えました。山の雪もとけ、木々が芽吹き、南から渡ってきた錦見鳥の群が空に飛び交う季節です。城壁に出ると、冬ごもりから目覚めた森の生き物たちの鳴き声も聞こえます。でも、どうかご安心ください。砦は安全です。ハレカニ渓谷にまたがる高い城壁が修理され(滝の周辺の岩壁が壊されずに残っていたおかげで、短い時間でなおせたそうです)、崖下のマルナ大森林に住む生き物は渓谷のこちら側へはこられません。春の森から吹く風は心地よく、生きていることを実感できます。
おじさま、ごきげんいかがですか? トゥーエティです。
名前をお教えくださって、ありがとうございます! マニの院長先生から「後見人は、寄付をした娘に名乗ることはない」と聞かされていたので、余計に嬉しいのです。ええ、わかっています。シォナンも、ドルクドも、都で石を投げたら同じ名の人に当たるありふれた名前ですもの。おじさまの本当のお名前ではないのかもしれません。でも、それでもかまいません。なぜって、これから先、畏まったときに「拝啓 ドルクド様」と書き出すことも、親しみをこめて「シォナン」と呼ぶこともできますから。
閑話休題。←手紙で本題からそれたときにはこう書くようにと、この間、マナイ師に教わりました。使い方は、これであっていますか? マナイ師は砦に来たお年寄りの祈祷女で、私に読み書きを教えてくれています。
あ、いけない……。「閑話休題」の閑話休題です。
お約束通り、今回はわたし――トゥーエティ・アダンについてお伝えしようと思います(騎士様から頂いた紙が足りたら、砦のことも!)。
トゥーエティ(つまりわたし)が辺境のコトイシで生まれたのは13年前。今年で14歳になります。父は砦の兵士長だったジォン・アダン。母は妖術を使う女戦士のマルウヤ・アダン。二人ともコトイシの砦に住み、竜と何度も戦った――と、聞いています。
そう。わたしは父母の顔を覚えていません。トゥーエティが、まだよちよち歩きの赤ん坊の頃に、コトイシの砦に竜が現れました。幸い、騎士たちが奮戦し竜は追い払われました。ですが、逃げた竜を追い詰めようと大森林に入った者たちは、それきり帰ることはありませんでした。わたしの父母も、そうです。ですから、今は形見の品があるだけで、砦の墓標に両親は埋葬されていません。二人の遺体は、大勢の騎士たちの亡骸と共に、あの暗く深い大森林のどこかに眠っているのです。なんとか生きて戻った騎士によれば、彼らは、逃げたふりをした竜に待ち伏せされたのでした。大きく、老獪で、何百年も生き長らえた特別な竜だったそうです。
コトイシの砦は、辺境の脅威から都を守るためのものだから、戦いも死も常に隣り合わせ――それは両親も覚悟していたでしょう。大森林からは、竜だけでなく(というより竜は滅多に現れません)、イギツ蜥蜴やバイクモル族(ご存知ですか? 森の奥にいる六本足の獰猛な種族です)などが押し寄せてくるのです。彼らがハレカニの渓谷を往き来するようになったら、都は滅びてしまうでしょう……。
ジォンとマルウヤは、トゥーエティ(つまりわたし)の誇りです。二人は大人になってから砦に来たので騎士になれませんでしたが、どんな騎士よりも立派に戦っていた……と、修道院に引き取られるまでわたしを育ててくれた騎士様たちが話してくれました。わたしは生まれたときから砦にいたのだから騎士になれるはず――いいえ、ならなくてはいけないのです。嗚呼! そのためには、いくつかの問題はありますが……。
トゥーエティ(つまりわたし)は騎士見習いとしては背が低く、それが目下、最大の悩みです。14歳の娘としては、随分と小柄なので……。やせっぽちなのは、マニの修道院の食事がひどかったとか、わたしの好き嫌いが激しすぎる――といった理由ではありません。生まれつきです。もっともっと背を伸ばさないと鎧も着られません……。でも、見た目より力はあります。昨日も、騎士ゴアルが、わたしの水汲みの手際を見て目を丸くしていました。これも生まれつきです。でも、足の速さは修道院での暮らしで身につけました。孤児たちの中で誰よりも速く走れるようになりましたから。
トゥーエティ(つまりわたし)の顔は……おじさまのご想像にお任せします。自分ではうまく説明できませんもの。都のように手鏡や姿見があれば、じっくり検分できるのでしょうけど、ここには水鏡しかありませんからね。
瞳は母譲りの琥珀色です。鼻筋は通っているほうですが、大して高くはありません。肌の白さはあまり珍しくはありませんが、髪は栗の皮の色で、これは父譲りだそうです。このあたりの人は赤毛や金髪が多いので目につく特徴です。ここ三年、修道院にいる間は髪を短く切るように言われていたので、今もまだ肩にも届いていません。伸びてきたら編んでみたいけれど、兜の邪魔にならないか心配でもあります。
さて、砦のことも詳しく書こうと思ったのですが……。
次のお手紙までに追加の便せんを調達できるかわかりません。紙を節約したいので、余白に書けるだけにしておきます。
騎士のエンドゥキ様から、練習用の布鎧と木盾、木剣を授かりました(砦に残っていた備品ですが)。砦にはまだ騎士は4人しかいません。石工や大工の人と助力の修道士たちが30人ほど。兵士も20人ぐらいいます。あとは祈祷女が1人に、下女が3人……そして、騎士見習いはまだ1人(つまりわたし)です。コトイシは堅牢だけれど、とても小さな砦なのです。
ではまた。次にお手紙を書くころには、騎士見習いの修業も始まっていると思います。それまでに、少しでも背が伸びているように祈っています。
コトイシの砦、西の棟より。
“タフルィース”のおじさまへ。
感謝をこめて。
トゥーエティ・アダン
ふ~む。もしこれが詐欺だったら、赤字だよな。やっぱり本物なのか。
この少女は、本当に危険きわまりない場所に住むことになったわけだ。なんだか責任を感じてしまう……。
ジョン・スミスは、翻訳されて伝わっていた。「ドルクド」が、トゥーエティの世界での「鍛冶屋」に当たる言葉なのか、それとも、「ありふれていて、よく偽名に使われる名字」という理由で選ばれただけなのか、定かではない。 しかし、“タフルィース”とはなんだろう。そこも訳して欲しいところだ。「足の長い」とか、そういう意味? 次にあの連絡役の男が来たら、聞いてみるとしよう。
それはそうと、彼女が私と似た姿形の人間らしいとわかって(むろん、まだ確証はないが)、少しホッとした。実を言うと、今回の手紙を読むまで「異なる世界なら、人類の少女とは限らないのではないか?」という疑念を抱いていたのだ。まあ、仮にタコみたいな火星人の少女だとしても、文面から感じられるトゥーエティのメンタリティーは実に好ましいものだ。微笑ましくもあり、また健気な気持ちに触れると、応援したくもなる(それにしても危険過ぎる気もするが……)。
14歳という年齢にしても、こちらの世界の歳月を参考にしていいのかどうか。そこも、換算して翻訳されているのだろうか? そのうち、あの男に確かめてみよう。
----(以下、追加分)-----
ところで……。彼女に紙を贈ることは許されるのだろうか? あの男は「現地で調達できるものなら与えることは可能だ」と言っていた。ただし、「節目ごとに」とも言っていたような気がする。どういうのが節目なんだろうか。トゥーエティが誕生日でも教えてくれていればよかったんだが。いや、誕生日を祝う習慣があるかどうかもわからないわけだが。それとも手鏡を贈ってあげたほうがいいだろうか? もちろん両方って手もあるだろうが、止められそうな気もする。
どっちがいいかな……。
a.「手紙が良い出来だった」と、ごほうびにもっと書くようにと便せんを贈る。
b.「誕生日がわからないので、先にプレゼントしておく」と手鏡を贈る。
いや、騎士見習いでなにか手柄をたててからにしたほうがいいか……?
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