超時空薄幸児童救済基金・1

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 超時空薄幸児童救済基金――という、よくわからない団体から、寄付を募られた。

 なんでも、様々な時空にいる恵まれない児童への援助を仲介している団体――らしい。って、そう説明されてもなにを言っているのやらさっぱりわからない。新手の詐欺だろうか。

 そもそも、自分が生きていくのが精一杯の金欠野郎に、寄付なんかできるわけがない。そう言って断ろうとしたのだが……。

「いえいえ、金額はいくらでもかまいません。なにしろ、後見人の無償の愛を必要とする可哀想な子どもたちは、ありとあらゆる時空にいるのですから。たとえ、現代社会では少額だとしても、他の時代や異なる世界では充分な援助額になりうるのです。必ず、あなたを後見人として必要としている子どもが見つかるはずです」

 ははあ……やっぱり、詐欺だ。間違いない。

 んまあ、百歩譲ってタイムスリップができたとしよう。明治や大正ならば、たしかに1000円も寄付すれば相当な援助金になるだろう……とは思う(いや、時間を遡って寄付すること自体、無茶なんだけどさ!)。

 わからないのは、「異なる世界」というやつだ。その辺を聞いてみると、相手は平然と答えた。

「ご心配なく。あなたの慈善の心をあらゆる時空に届けるべく、私共が仲立ちいたしますので」

「胡散臭すぎだよ! だって、過去ならまだ記録を調べて寄付が事実かを確かめられるけど、異世界の子どもの後見人なんて……。でたらめ言われても、本当に援助したのかどうか確かめようがないじゃないか」

「確かめられますよ」

「はい?」

「希望する後見人には、援助を受けた子どもに送金の使い道や近況などを報告させています。希望した進路に進めた子どもたちは、感謝の気持ちを綴ってくれることでしょう」

「えっ、それって……」

「ええ。あしながおじさん、です」

 ……結局、私はその男に言いくるめられ、幾ばくかの金額を寄付することに決めた。そして、彼が提示したリスト(たしかに色々な時代、世界の様々な境遇の子どもたちがいた)の中から、ある異世界で不幸に見舞われ孤児となって困窮している少女を一人選び、彼女の後見人となったのである。まあ些細な額だし、どう考えても詐欺っぽいので、そんな実感はまるでない。「ちょっとしたユーモアに木戸銭を払った」ぐらいのつもりだった。

 ところが……。

 一か月後、本当に「少女」から手紙が届いたのだ。

 ごわごわした、手漉きの厚い古文書みたいな紙(ただし新品)に書かれた少女の直筆の手紙(未知の文字だが、字が拙いのは感じでわかる)に、超時空(中略)基金が翻訳をプリントアウトしたものが同封されていた。

 それは、こんな手紙だった……。


おじさまへ

 はじめまして、後見人のおじさま。わたしはトゥーエティ・アダンと申します。

 マニの院長先生から、今後、おじさまに月に一度は手紙を書くように言われました。今、辺境へと向かう途中の宿で、この手紙を書いています。院長先生に言われたから書いているのではありません。感謝の気持ちを伝えることができて、とても嬉しいのです。わたしは、字を習いたてで、手紙も上手に書けません。少しずつ、うまくなります。今はこれで我慢していただければと思います。

 ええと、何から書いたらいいのかしら……。

 アダンというのは本当の名字ではありません。普通、名字は、意味が忘れられた古い言葉か、特別な意味を持った言葉ですものね。

 私の父母には、名字がありませんでした。なぜなのかは、わたしも知りません。両親がコトイシの砦に住むようになった後、アダン(戦士たち)の称号を得て名字にしたと聞きました。とはいっても、父も母もわたしが赤ん坊の頃に死んでしまったので、それは3年前の戦いで亡くなった騎士様から聞いたのですが。

 おじさまの助成金でコトイシの辺境砦が再建され、竜たちを見張るための騎士や兵士が砦に送られることになりました。ですから、わたしもマニの修道院に行かなくて済むのです。当初の希望通り、わたしが生まれた場所――父や母が最期を迎えたコトイシの砦で暮らせることになったのです。

 わたしが砦で暮らすことを、再建費用を寄付するための条件にしてくださったと院長先生から聞きました。なんて素晴らしいアイデアなのでしょう! どんなに感謝しても感謝しきれません!

 おじさまがどんな方なのか、わたくしは知りません(失礼をお許しください。お名前も知らず、おじさまと呼ぶしかありません)。ですが、感謝の気持ちで一杯です。コトイシの砦が壊され、正式に修道院に入るしかなかったとしたら、わたしはこの先、竜とは一生縁のない暮らしを送っていたでしょう。一人前の娘に育つ頃には、修道院の尼僧となるか、勉学で身を立ててどこかのお屋敷で家庭教師として雇われるか……そうした、限られた未来が待っていたはずなのです。

 何故かは、おじさまもご存知でしょう。あの恐ろしい竜は、コトイシやキミステのような辺境の地にしか現れないからです。

 わたしは竜と戦いたい。

 生まれたばかりのわたしを残し、砦で死んだ父母の仇を討ちたい。

 それなのに、騎士見習いとして志願するつもりだったコトイシの砦が3年前に竜に壊され、父母と親しい騎士たちは皆、領地に引き上げてしまったのです。

 肝心の砦がなくなっては、孤児のわたしを騎士見習いに取り立ててくれる騎士は一人もいません。キミステやヒイートネなど他の辺境の砦では、なんのつてもない騎士見習い志望の小さな女の子は初めから相手にもしてもらえません。ですから、わたしは父母が眠るコトイシの砦で暮らせることができて、とても嬉しいのです!

 今、宿の前を、丸太や切石を運ぶ馬車が通っていきました。砦の再建のため、都からも辺りの村々からも、職人や人夫が集められているのです。明日、院長先生が砦まで送ってくださったあとは、わたくしもできたての棟で暮らすことになるでしょう。

 ああ、ごめんなさい! 将来についてずっと暗い闇の中にいたのが、嘘のように道が開けたものだから、なんだかとりとめもなく今の気持ばかりを書き連ねてしまいました。

 次のお手紙では、わたし――トゥーエティ・アダンのことを、もっと詳しくお伝えしいたします。それに、新しいコトイシの砦についても!

 それではまた。

 コトイシ砦に向かう宿にて。

 感謝をこめて。

                トゥーエティ・アダン




 ええと。

 これは、詐欺……だよね?

 だいぶ手のこんだ詐欺……なんだろう。

 それとも、このトゥーエティなる少女がいる世界が存在して、私が出した寄付金で、本当に砦が再建されつつあるのだろうか?

 修道院――とあるが、これは翻訳の結果で、キリスト教のそれとは違うもののはずで、きっとこの世界における宗教的な施設なんだろう。

 なんだかやたらと感謝されていて読んでいて面映ゆいが、私が後見人になったばっかりに、この子は竜(と訳されている何か)に襲われる危険な場所で暮らすことになったらしい。寄付をしなかったら、もっと安全な一生を送れたんじゃないのか? そもそも、この子は何歳なんだ? 女の子が、騎士とやらになれるのか?

 ……って、いやいや、なにを心配してるんだ、私は。

 こんなバカな手紙、本当なわけがない。

 とは思うのだけど……。

                   

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