第一夜

 こんな夢を見た。

 暑い夏の晩、同級生の友人と、駅前の居酒屋に入った。バンダナをつけて接客している大学生らしきおねいさんに、入り口近くのお座敷の席に案内される。どうやらこの店では、席ごとに設置されているらしいエアコンの温度をその席の客が各自で操作できる設計になっているらしい。お座敷の畳の上にはエアコンのリモコンが無造作に置かれている。靴を脱いだりなどして、座敷にのぼろうとするとうち、すぐにこの席の周りがものすごく寒いことに気が付いた。なぜこんなにも寒いのだと不思議に思ってから数秒も経たないうちに、ぽつんと置かれているリモコンが目に入る。手に取ってみると、小さな画面の「設定温度」のところに温度は表示されておらず、「激寒」と表示されている。何度なのかはまったく分からないが、兎にも角にも激寒であった。

 次にその同級生と再会したのは真冬の晩であった。ひとしきり街をぶらぶらした後、駅前に戻り、そろそろ解散しようか、という雰囲気になっていた。それじゃあ最後に、とこの前入ったあの居酒屋にちょっと入ろうか、ということになった。少し足を止めて話し合っていたからか、気づけば外はとても寒く、我々の体も冷え切ってしまっていた。店に入って暖を取ろうという気持ちがあったのだろう。前のあの座敷の席にまた座ろうぜ、と店に入っていく。すぐに、前に接客してくれたおねいさんが近づいてきて、またあの入り口近くのお座敷の席に案内してくれた。同じ同級生、同じ店、同じおねいさん、同じ席。変わったのは季節だけで、二日続けてこの店に来たような気分だ。さて、座敷の席に近づくと、すぐに気づいた。…寒い。それもものすごく寒い。思わず、畳の上に無造作に置かれていたリモコンを一瞥すると、小さな画面には、「現在温度 -4℃」と表示されている。そんな馬鹿なことあるか、と思ってリモコンを掴み、もう一度よく見る。「現在温度 -4℃ 設定温度-9℃」と表示されている。思わず同級性の友人と顔を見合わせ、間髪入れずにげらげらと笑う。寒いんだよバカやろう。


 …ああ、寒い。目が覚める。眠っている間に掛布団を足で蹴飛ばしてしまっていたらしい。夢の一日目が夏の晩だったのは、布団の中がとても暑かったということなのだろう。それはともかく、どうやら夢の中においてすらも笑いを必要としているようだ。つらい現実への処方箋として、笑いが必要なのだ…。しかし、メロスには「お笑い」がわからぬ。漫才芸人は四六時中、笑いのネタを考えているはずなのに、どうしてあまり笑えない漫才ばかりなのか、不思議でたまらなかった。期待して見るからいけないのであろうか。たしかに、「笑うぞ、笑うぞ」と身構えてから見たのでは笑えるものも笑えまい、とも思う。そんなメロスにも、芸人のラジオをたまに聞くと笑えることがある。ラジオということもあり、笑いは目的としてはいったん背後に退いて、あくまで会話を表の基調としているからということもあるのだろうか。ただ、芸人のラジオといっても、オードリーのオールナイトニッポンというやつしか聞いたことがない。そもそも考えてみればお笑い芸人のこともほとんど知らない。オードリーを知っていて、それもわりあい好意を持っているのは、高校生の頃、メロスの顔がオードリー春日の顔にめちゃくちゃよく似ていると幼馴染に言われたからだ。その頃、ピンクのシャツや上着をよく着ていたことも影響したのかもしれない。確かによく似ていると言われることが多かった。一方で、全然似ていない、と言う人も同じくらいいた。似ていると思うか、と人に聞いたときに、あいまいで中立的な判断をする人は意外なほどすくなかった。不思議なものだ、人は誰かと似ているかどうかという視点で他人の顔を見ると、何割程度似ている、というようなグラデーションのように判断するのではおそらくなく、しばし考えた後、似ているか、それとも全然似ていないかという判断をきっぱりと下すようだ。もちろん、鼻は似ているけど、ほかは…などと頭では考えていて、それを逐一言葉にするのは野暮だからやめておくという振る舞いが常識的なだけなのかもしれない。しかし、メロスには、どうもそういうことではないような気がした。人間というものは、他人の顔をパーツごとに判断していくのではなく、顔全体を丸ごと直観するようにできている気がした。印象、というのもそういう全体的なものなのかもしれない。そしておそらくは、個々に分けて分析すると消え去ってしまうなにかがあるのだろう。暖房のない部屋でふとそんなことを考え始めてキーボードを一気に叩いているうちに、体がものすごく冷えていることに気づいた。……寒い……。笑いが必要だ。気分を軽やかにして、体を熱くさせてくれるような笑いが、ぜひとも必要だ。おもしろいと思う芸人でも何でも紹介してほしい。

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