不換通貨論 ~忘れられた日本銀行券の正体~ #007(1章-07) 通貨の発行上限/通貨発行益
通貨の発行上限
兌換通貨と不換通貨でそれぞれの通貨の発行上限は何によって定められるのだろうか。結論から言えば、「兌換通貨」の安全な発行上限は、「発行者の財産」に依存する。
そしてもう一方の「不換通貨」の安全な発行上限は、「市場の商品・サービス」に依存する。これについて、少し詳しく見ていこう。
兌換通貨の発行上限
兌換通貨の場合には、通貨の発行者が兌換してくれるもう一方の物品・商品(たとえば金貨)が必要だ。その物品は金や銀であったりするが、このような物には当然「資源の限界」がある。
1円=金〇グラムと決まっていれば、発行者が所有している金の量が硬貨の発行上限となる。理論上、紙幣をそれ以上に発行することは可能だが、準備金量を上回って発行通貨量が増えるほど「同時に払い戻しを希望されると払い戻せない」リスクが増え、信頼を失っていく。
また金は商品でもあるために、国外(統治圏外)との流入・流出が起こり、それによって発行可能量が増減する。当然、その都度、発行限界も増減することになる。
このように金の量に応じて通貨の量を調整する考えをカレンシー・プリンシプル=【通貨主義】と呼び、これが後に金本位制を生み出したと言われている。
不換通貨の発行上限
それと比較して不換通貨の場合には、その通貨と交換を約束している物品がない。払い戻すべき債務・預かり資産がないために「資源の限界」、つまり通貨発行の限界がない。
数学で「1を何回割れるか?」という質問には、これは「無限に割れる」と答えられるだろう。円周率の小数点以下の数字がいまだ確認できないのと同じく、実在の「もの」ではない数字は無限に分割することができる。
同じように、裏付けとなる物理的な「もの」を必要としない不換通貨は、物理的な際限がないので、無限に発行することができる。もちろんこれは兌換券のように実際の商品価値による裏付けがある通貨ではない。しかし、だからこそ通貨の発行上限が存在しない点が、不換通貨の極めて重要な特徴である。
兌換通貨の発行の際には、1グラムを何円とするか「金の価格」を決定したら、あとは金の量の増減に応じて通貨を増減させればよかったのだが、不換通貨には金の量などの目安がないために、通貨をどれだけ発行すべきなのかを発行者は考えなくてはならない。
通貨主義と銀行主義
先ほどのカレンシー・プリンシプル=【通貨主義】に反対する考え方、通貨は貴金属の量に裏付けられる必要はないと考えるバンキング・プリンシプル=【銀行主義】という考え方に基づけば、「不換通貨は生産された商品・サービスに対して政府から発行されるものである。それゆえ、通貨量が増大したとしても、そのようにして創造された通貨によって購入される商品・サービスがすでに一方に存在しているのであるから、物価騰貴は起こり得ない。すなわち、実需に見合って発行される不換通貨は、悪性インフレの原因にはならない」と考えられる。
言うなれば、【通貨主義】では通貨の裏付けは「金のみ」と考えるが、【銀行主義】では「全ての商品・サービス」が通貨の裏付けになると考えるのだ。
そのため、たとえば企業が作る商品や、ダムや道路であっても通貨の裏付けとして扱えることになり、それを担保にして通貨を増やしてもよいことになる。
通貨発行益
(シニョレッジ seigniorage)
通貨を作成する際には、その素材とする材料そのものの価値が存在する。
この「材料そのものの価値」と、「表示されている額面(がくめん)価格」が一致する貨幣のことを「正貨(せいか)」と呼び、価値と価格が異なる通貨は「信用貨幣」や「名目(めいもく)貨幣」と呼ぶ。
たとえば金本位制だった明治四年に一円の価値をもつ「金1・5グラム」でつくられた一円金貨は「正貨」であるが、一円の原料で十円金貨をつくれば、これは「信用貨幣(名目貨幣)」となる。このとき、差額の九円が通貨発行者の利益、「通貨発行益=シニョレッジ」と呼ばれる。
シニョレッジは古いフランス語で「領主の利益:seigniorage」と言う意味の言葉で、実際の価値よりも額面価格(印刷された価格)が高い「信用貨幣(名目貨幣)」を発行した場合に、額面価格から実際の価値を引いた差額が、通貨発行者が得た「通貨発行益」となる。
兌換通貨の通貨発行益
兌換紙幣の場合は金貨の引換券を印刷しただけなので発行益は発生しない。むしろこれは紙幣化して利便性を得るために印刷代を余計にかけているだけだ。
不換通貨の通貨発行益
不換紙幣(不換通貨)の場合には、そもそも引き換える金貨などが無いのだから、ただの紙に金額を書き込めば、ほぼその全額が通貨発行益となる。原価30円で1万円札を造っている場合は、通貨発行者には9970円の通貨発行益が生じていることになる。
変動為替相場制になった1973年以後、金・ドル兌換通貨から不換通貨に戻った「円」を発行した場合には、それは「引き換えにドルを渡します」という負債が発行されたのでなく、紙切れを通貨にしたことによる「利益(通貨発行益)」が発生したことになる。
そしてその後、その利益を政府の支払いに充てるという順序を理解していれば、政府に負債が残るなどと間違えることはない。
アメリカでは南北戦争のさなか、1862年にリンカーン大統領のもと、「合衆国紙幣」を導入しているが、これは金銀との交換を約束しない「不換紙幣」だったので、国家債務にはなにも加算されなかった。不換通貨を発行することは、通貨発行益の発生であって、兌換債務(負債)の発生ではないのだ。
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