#55 小説『メディック!』【第12章】12-3 俺×五郎 判断
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民間機墜落事故の連絡を受けて、救難教育隊の整備小隊もバタバタとしていた。
亜希央が事務所に入るなり、外線電話が鳴った。
「はい。救難教育隊、整備小隊です」
亜希央は少しよそ行きの声色で、感じよくいった。
「あ、あの、……うちの子は無事でしょうか?」
受話器の向こうで、男性のおどおどした声がそういった。
亜希央は戸惑った。間違い電話なのか。
「ええと、どういったご用件でしょうか?」
「子どもが電話に出ないと母さ……いえ、妻がいうんです。い、いまニュースで訓練中の救難隊が救助に向かったといっていて、妻がうちの子もそういった訓練に参加することがあると……」
男性はよほど動揺しているのか、たどたどしく言葉を繋いだ。
隊員の親だ――。
ニュースを見て心配になったのだろう。
亜希央は冷静にきいた。
「お子さんの名前はなんですか?」
「浅井亜希央です」
「――!」
「男っぽい名前ですが、女の子です。……無事ですか?」
「…………オレは大丈夫だから。……恥ずかしいから、もう絶対に電話してこないで」
亜希央は震えた小声でぶっきらぼうにそういうと、電話を切った。
整備小隊長が「誰からだ?」と聞いてきたが、亜希央は顔も見ずに「間違い電話です!」と叫んで、ダッシュで部屋を出た。
ここ数年、実家には帰ってなかった。母とはメールや電話で話すことがあったが、父とは全然だった。大体、地上職の整備員が雪山の救助に行くわけがない。確かに母親には、訓練の手伝いをすることもあるといったけど、普通に考えたらわかりそうなことだ。
ちょっと電話に出なかっただけで、勘違いして職場に電話かけてくるとか、本当に恥ずかしい。
亜希央はふと歩調を緩めた。
――もしかして、普通じゃなかった?
それほど、心配していた――?
亜希央は再びダッシュして、頭を左右に振りながら女子トイレに入った。
でも、仮に、もしそうだとしたら……
――愛してくれてたのかな。
個室に入るなり、一気に涙が溢れ出た。
それならそれで、もっとわかりやすく愛してほしかった。あんな遠回しじゃなくて、弟にするようにわかりやすい愛情がずっと欲しかった。もう、ひとかけらの愛もないと思っていた。それなのに、あんな電話をかけてきて、ずるい。
人の苦労も知らないで、本当にずるい――。
亜希央は声を殺して泣いた。
トイレットペーパーを沢山使った。
泣いて泣いて泣きまくって、個室を出ると、猿のような顔の自分が鏡に映った。
こんなの泣いたってバレバレだ。
伸ばしかけの前髪では、隠すこともできない。冷たい水で顔を洗ったが、やっぱり猿のままだった。
「あのくそ親父。後で、絶対文句いってやる!」
亜希央はブツブツいいながら、真っ赤な顔のまま職場に戻った。
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。