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#21 小説『メディック!』【第4章】4-3 俺×教官 メディックの種

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 その夜。

 吉海の音頭で4枚目の写真を撮ることになった。入校式を記念しての写真だ。

 今回は全員飛行服と決まった。飛行服は、搭乗員にしか支給されない。OD色のツナギで首から股下まで延びる銀のファスナー、ウエストの両サイドはマジックテープになっており、自分のサイズに合わせて調節が可能だ。腿の当たりにはメモをはさめるクリップ。ズボン部分の裾もファスナーで開け閉めができ、飛行靴が脱ぎやすい仕様になっている。

 勇登は飛行服に憧れを抱いていた。あのツナギを着ている人は、不思議とかっこよく見えた。子どもの頃は父の洗濯物を畳むふりをして、勝手に袖を通したこともあった。でも、ダボダボで全く似合わなかった。

 撮影のため、全員新品の飛行服に着替えたが、どこか違和感を覚えた。
「なんか、おかしくね?」
 勇登がそういうと、宗次が渋い顔で頷いた。全然かっこよくないのだ。

 撮影に先んじて、吉海を実験台にみんなで『かっこよく見えるための着こなし』を研究することになった。吉海はノリノリで皆の中心に立った。  

 はじめに宗次が口を開いた。
「脇のマジックテープ、絞めすぎなんじゃないか?」

 宗次は吉海の脇のテープを最大限まで緩めた。ウエストの辺りが少しダボっとなった。
「お、いいんじゃね」
 全員の声が揃った。

 続いて勇登がいった。
「あと色じゃね。なんか濃すぎるんだよ。こう、着古した感が出てないっていうか。曹長の着てるやつとか、すっげえ味がでてるんだよな」

「うーん、でもそればっかりはしょうがないね。これから何とかしよう」
 腕を組んだ宗次がいった。

「あ、わかったぞ。ここだ」
 急に剣山が動いて、首元と足元のファスナーを少し開けた。

「おおー!」
 歓声が上がり、着こなしは決まった。

 次は撮影場所を相談した。初日は居室で撮ったが、さすがに狭いということで、隊舎内の階段になった。吉海の指示のもと、一人二段を自由に使って撮影した。

 4枚目の写真は、まだ全然板についてない飛行服姿となった。それでも、少しまとまりが出てきた写真を、勇登はしばらくの間眺めた。


 
 五郎は白煙を放つ煙草を夜空に向けて縦に持つと、真っすぐ天に昇っていく煙を見ていた。

 ――お前と話がしたくなると、つい煙草に火をつけちまう。

 チリチリと燃える火が手元に近づいて来ると、五郎はそれを口にくわえた。

 ――半分ずつな。

 五郎は離着陸のやんだ飛行場地区に目をやった。勢いよく伸びはじめた誘導路脇の草が、いつも夏のはじまりを感じさせる。

 ここ数十年で、喫煙者を取り巻く環境は大きく変わった。
 自衛隊も例外ではない。数十年前は待機室や自席でみんな普通に煙草を吸っていた。それが段々と追いやられて、今じゃ外が当たり前になった。煙草一本吸うのに、夏は汗を拭うハンカチ、冬は上着が必要な時代になった。
 この煙はよっぼど体に悪いらしい。

 周りの環境が大きく変わるように、自分の階級も立場も経験年数も徐々に上がってきた。幹部のいないこの職種で最後はトップになるだろう。それなのに肝心な中身は一つも変わっていない気がするのは、どうしてか。

 五郎は煙草の煙を、ため息とともに出した。

 今日の入校式のとき、学生たちに蒔いた種の名前を思いついた。
 その名も『メディックの種』。

 ――なんだか、笑われそうだな。

 五郎はふっと顔の筋肉を緩めると、夜空を見上げた。
 これから全力で種を蒔いた場所を踏みつける。そう、昔の教官が俺たちにしてきたように。でも、これだけは誓える、これまで学生を傷つけたり落とすために踏みつけたことは、一度もない。

 ――お前なら、どんな風にあいつらを育てる――?

 五郎は最後の一息をゆっくり吐き出すと、煙草を灰皿に押し付けた。そして、焼かれた上にぐにゃりと曲げられたそれを、真っ赤に塗られた煙缶にそっと入れた。 


 つづく
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☆煙缶:喫煙場所に置くことが決められている、朱色の缶。 

※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。

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