#14 小説『メディック!』【第2章】2-5 俺×受験者 救助
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全ての試験を終えた勇登は、部隊に持ち帰るお土産を買うためにBXにきていた。最後の課目は目標に届かなかったが、不思議と気分は清々しかった。
「よお、ヒーロー」
後ろからそうささやかれ、勇登は嫌々振り返った。
一番会いたくない奴、ジョンだった。
勇登は彼を無視して再びお菓子のパッケージに向き合った。しかし、ジョンはそんなことお構いなしで話を続けた。
「でも、お前は合格できない。今回は俺の勝ちだな」
ジョンは勇登の顔を覗き込んでニヤリと笑うと、満足そうに去っていった。
ジョンは普段無口で、しゃべったと思ったらいやみしかいわない、いけ好かない奴だった。勇登は持っていたカゴに、手羽先とか、みそカツとか書かれた菓子箱を無造作に投げ入れた。
「ねえ、君、WAFの子助けた志島君だよね」
再び背後から話しかけられた。振り返ると制服姿の男が立っていた。初めてみる顔だ。胸元の名札には吉田の文字、胸板が厚いことは制服の上からでもわかった。でも顔は怖い印象はなく、どことなく笑みを浮かべていて優しそうな感じがした。
「僕、吉田宗次(よしだそうじ)、今回一緒に試験受けてたんだけど……」
宗次は目じりにたくさんの皴を寄せて笑った。勇登より階級が一つ上の3曹だが、妙に腰が低い。
「それにしても志島君はすごいね。あんな状況で動けるなんて。僕はただ見てることしかできなかったから、尊敬するよ」
「はあ、どうも、ありがとうございます」
今日は冷やかされたり、褒められたり、忙しい日だ。
「よければ、今夜隊員クラブに飲みにいかない?」
勇登はその誘いを受けた。少し気晴らしをしたい気分だった。
勇登は目の前に運ばれたビールをごくごくと喉を鳴らして飲んだ。風呂上がりのビールは格段にうまい。炭酸が五臓六腑に染み渡ると、テンションが上がってきた。
ここに来る前、宗次と一緒に隊員浴場に行き色々話をした。彼は勇登の一期先輩だが、同い年ということや、出身は福岡県で職種は警戒管制であることがわかった。
「志島君はこれまで、試験のためにずっとトレーニングしてきたんだよね?」
「まあ、ね」
宗次は先輩だが、同級生だから敬語はいらないというので、勇登は普通に答えた。
「今日のこと、……後悔してない?」
「……俺がそうしたかったから、そうした。っていうか、気づいたら潜ってた。だから、後悔のしようがない」
「へえ、かっこいいこといってくれるじゃん」
そういいながら宗次がジョッキを持ち上げたので、勇登はそこに自分のジョッキをぶつけた。
そして、お互いに一気に飲み干した。
宗次にいったことは、嘘ではなかった。自分でも不思議だった。気づいたら亜希央を追いかけてたのだ。
その夜は、閉店まで二人で飲み明かした。
*
――翌日。
昨日少し飲み過ぎたことを反省しつつ、勇登は外来宿舎を出た。
「そこの助けてくれた人!」
勇登の頭に、裏返って少し高い声が響いた。
そこには作業服姿の亜希央がいた。
「……き、きのうは……」
勇登は亜希央の顔に手をかざして言葉を遮った。
「いっとくけど、俺は自分の意志で動いた。だから、君はなんにも気にする必要がない。すべて俺が勝手にやったことだから」
亜希央は何かいいたそうに口をパクパクさせた。
勇登は構わず続けた。
「それに、次回も受けるんだろ?」
それをきいた亜希央の目は一気に真剣みを増し、彼女は力強く頷いた。
「また会おう!」
勇登はそういうと、亜希央に背を向けた。
「あ!き……、きのうは、ありがと!」
勇登が振り返ると、真っ赤な顔の女子がいた。
この一言が明日から、いや、今日帰ってから再びはじめるトレーニングの励みになる。
勇登は満面の笑みを返すと、大量のお土産袋を抱え入間基地への帰路についた。
つづく(来週更新)
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。