#24 小説『メディック!』【第5章】5-3 (宗次×亜希央)+ 俺 もう一人の同期
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翌日。プールでは再び同じことが繰り返されていた。
「もう、帰れ、やめちまえ」
武造は宗次に冷たくいい放った。
「帰りません。やらせてください」
「できねー奴がいると、他の学生の訓練にならねーんだよ」
「――!」
宗次は四つん這いで荒い呼吸のまま武造を見上げた。
沈黙するしかなかった。そうだ、自分のせいで皆が訓練できていない。それさえもわからないなんて、
僕は本当に駄目だ――。
*
――参ったな。
亜希央は欄干に手をついて川を見ている宗次を見て思った。
外周道路を走り終わって、戻ってきたのはいいが、いきなり問題にぶち当たった。
最近吉田宗次がやばいというのは、風の噂で知っている。この時間、ここに一人でいるのは、明らかにおかしい。
今日はこの間の休日のWAF当直の代休だ。この後は、シャワーを浴びて外出する予定なのだ。しかし、この橋を通らなければ、隊舎に帰れない。
道路閉鎖もいいところだ。
彼は自分より1年早く入隊してる先輩ではあるが、整備の専門学校に2年行っていた分、年齢は自分のほうが上、階級は同じ。いつも志島勇登と一緒にいる印象があるが、個別に話したことはない。
話しかけるべきか、スルーすべきか。
――ここは、スルーだろ。
亜希央は宗次の後ろを通り過ぎた。
――やっぱ、ちがう。
彼のパーソナルスペースを横切った瞬間、彼の中に背中を丸めた小さな子を見てしまった。
放っておけない――。
振り返ると、宗次の横顔に話しかけた。
「そんなに見つめて、人面魚でもいるのか?」
「……人面魚、ってなに?」
「知らんの?こう、額の辺りの模様が顔みたいに見える魚」
亜希央は自分の額に円を描くようにして説明した。
「……へえ」
「オレんち、親父が鯉飼ってて、それっぽいのいたんだよ」
亜希央は川を覗き込んだが、こんな日に限って魚が一匹もいない。
話題終了だ。
「……毎日、走ってるよね。次の試験のため?」
宗次から口を開いてくれて、亜希央は少しほっとして答えた。
「……本当は無理だって知ってるけど、諦めたくないからな」
「無理?なにが?」
宗次は首をかしげた。
「メディックになるには、あんたらがこの間卒業した第一空挺団を出なきゃならない、けど、今現在女は入校できない。救難員の試験自体は受けられるけど、万が一受かったとしても、救難員にはなれない、ってこと」
「……知らなかった」
「黙って立ちすくんでても、誰も変えてくれない。自分から動かなきゃ何も変わらない」
亜希央は視線を川から、飛行場地区に移していた。
「ま、それ以前に自分の体力が追いついてないから、まずはそっちだけどな」
「浅井3曹は、僕と違ってすごいな。僕なんて全然駄目だから……」
亜希央は欄干を掴んで、腕を伸ばしながらいった。
「……なあ、その自分いじめやめない?別の人間なんだから違って当たり前だろ。どうせ、さっきも『僕は駄目だ。弱い奴だ』って、自分で自分をいじめてたんだろ? 」
「な、なんでわかったの?」
宗次は驚きの表情で、亜希央を見た。
「……」
亜希央は前を向いたまま、宗次の質問には答えなかった。
「君のいうとおりだよ。ここで、ずっと自分を責めてた」
「吉田3曹がドM体質で、それでやる気でるっていうなら、別に止めないけど」
宗次は吹きだした。
「ど、えむって……。浅井3曹は面白いね」
「オレはあんたのこと、今期では一番体力あると思ってるけど」
「――そんなの、全然ないよ!」
宗次は急に真顔になると、全力で否定した。
しかし、すぐに亜希央の困った顔に気づいて「……ごめん」というと、今度は子どもみたいな無邪気な笑顔を見せた。
亜希央は宗次が訓練に戻っていくのを、橋の上から見送った。励ますどころか、ただ思いついたことをいって、最後は謝らせて、なんだか申し訳ない気持ちになった。
――自分に厳し過ぎるんだ。
だから、相手の肯定は受け取らず、否定だけを言葉どおりに全部受け取って、傷ついてしまうのかもしれない。教官の愛の鞭を意訳せずにそのまま受け取っていたら、心は血だらけの傷だらけになってしまうだろうに。
『どうしてそう考えていると、わかったのか――?』
彼はさっきそうきいた。
――自分も同じだから。
本当はそう答えたかった。
でも、いってあげられなかった。
それで、彼の心が少し軽くなったかもしれないのに。
この頑固さは父親譲りだから、しょうがない――。
亜希央は橋の真ん中で空に向かって「ふうっ」というと、外周道路に向かって再び走り出した。
つづく
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☆外周道路(がいしゅうどうろ):基地の柵の内側に沿ってある道路。かけ足コースになっていることが多い。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。