#19 小説『メディック!』【第4章】4-1 俺×教官 メディックの種
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第4章 俺×教官 メディックの種
――5カ月後。
勇登たちは、岐阜の救難員(衛生)課程、陸上自衛隊第1空挺団基本降下課程を無事に終え、再び小牧に戻ってきていた。この期間、一日の終わりには体はボロボロ、土日はほとんどなく訓練漬けの日々であった。
勇登は小牧に戻ってくると必ず、ナオのいる喫茶店にいった。大変な訓練が終わるたびに、ここに帰ってくるのが楽しみだった。
勇登はこれまでのこと、同期のことなどをナオに話し、吉海の提案で撮った写真を見せた。衛生課程と空挺が終わった後にも撮ったものを含めると、写真は全部で3枚になっていた。
ナオはそれを楽しそうに見比べた。
「大変とか、疲れたとか、身体が痛いとかいってるけど、楽しそうじゃない」
「まあ、一つ終わるたびに充実感はあるよな。岐阜では救命法とか勉強してきたんだぜ」
「へえ、すごいじゃん」
ナオは本当に嬉しそうに笑った。
「私も手当て、できるよ。どこか痛いところない?」
「うーん。最近、首がこって、頭が痛いかな」
「どれどれ」
ナオは勇登の横にくると、額と首を挟むようにピタリと手の平をつけた。
「……?、触ってるだけじゃん」
「うん、そうだよ」
ナオは笑った。
しかし、しばらくそうしていると、はじめはヒヤッとしたナオの手が自分の体温と同化して、疲れが溶けていくような感覚になった。
「そういえば整備に変わった奴がいるんだ。女なんだけど、男みたいで、結構面白いんだ」
「へえ、よかったね」
ナオは低いトーンでそういうと、勇登から離れて、カウンターの中に戻ってしまった。
「な、なあ、この店の『喫茶PJ』の名前の由来って何なの?」
勇登は少し慌ててきいた。
小牧にきて、米軍の救難員はパラレスキュー・ジャンパーを略してPJとよばれていることを知っり、ずっと気になっていた。
「知らない、おばあちゃんがつけたから。今度きいてみたら?」
喫茶PJはナオの母方の祖母が開店したのだった。今も現役で朝来ればいるとナオはいったが、朝はナオがいない。それはなにか違う気がした。
勇登は勝手に、プライベート・ジェットの略だとか、ナオの名字の城島から取ったんじゃないかと推測を始めた。すると、ナオに笑顔が戻った。
どうしてだろう――。
――ナオが笑うと、俺も嬉しい。
勇登は時間の許す限り、喫茶PJでのひとときを満喫した。
*
「ふーっ」
湯船に首までつかると自然と声が出た。ナオは温まった手のひらを両頬につけた。ここ最近じゃ、これが一番幸せを感じる瞬間かもしれない。
いや、ちがった。
勇登が鳴らすドアベルの音のほうが上だ。昔から思い切りドアを開けるから、他の客と違って、カランカランと激しく鳴る。それと同時に、胸の鼓動も高鳴り、背を向けていてもすぐに、来た!、とわかってしまう。
ナオは無数の小さな水滴で覆われた古いコンクリの天井を見上げた。
今日も勇登からいろんな話がきけて楽しかった。でも最近は、飛行機からパラシュートで飛び降りたとか、日常にはない危険な内容が多い気がする。
勇登はこれまで航空自衛隊員といっても、地上職で仕事として空を飛ぶようなことはなかった。しかし、今後は恒常的にヘリに乗るようになる、と勇登はいっていた。
ヘリに乗るということは、地に足が着いてないということになる。地に足が着いてないということは、落ちる可能性はゼロではないということになる。
勇登は大丈夫だろうか。
突然ここに来なくなったりしないだろうか――。
今日、勇登のガチガチの首筋に触れて、急に実感が沸いた。きっと自分が思っている以上に、大変で危険と隣り合わせの仕事に勇登は就こうとしているのだ。
ナオは自分のほっぺを、ペシペシと二回叩いた。
――私が暗くなってどうする。
ナオは呼吸を止めて湯船に潜って、余計なことを考えられないようにした。
つづく
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。