#25 小説『メディック!』【第5章】5-4 (宗次×亜希央)+ 俺 もう一人の同期
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その夜、ベッドに横たわった宗次は、真っ暗な天井を見つめていた。あの後訓練に戻ったが、座学の授業だったので、プールに入ることはなかった。
酸素ポンべを使った訓練は、お互いの信用があってはじめて成り立つ訓練だ。
プールの角から次の角に移動するとき、前にいた人が譲ってくれると信じれるから、今いるボンベを離れることができるのだ。
昔プールでいじめられたとき、奴らが自分を助けてくれるという保証はなかった。息ができない苦しみからやっとの思いで這い上がった。
今僕の周りにいる人たちは、僕に何かあれば、素早く確実に助けてくれるだろう。それは、わかってる。でも、過去のいじめで僕はまだ、
どこかで人を信じきれていないのかもしれない――。
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次の日も武造の檄がやむことはなかった。
ついに宗次はプールにさえ入ることができなくなってしまった。もはやプールは夢で見た暗い海の底と同じだった。
武造はプールサイドの宗次にいい放った。
「今の状態で人を救えると思うか?」
その答えは誰よりも自分自身がわかっていた。
「……思いません」
一言そう呟いた。
もはや自分の中に肯定的な言葉はなかった。
この日は、課業終了まで宗次以外の学生だけで訓練が行われた。
*
プールを離れてから、宗次はずっと橋の上にいた。
水の流れに目をやると、喉の奥から塩素の味がこみ上げてきて吐き気がした。
「くっそ!」
宗次は欄干を拳で叩いた。
さっきから勇登が少し離れたところからこちらを見ていることに気づいてはいたが、目は合わさなかった。
いや、合わせられなかった。
宗次は真っ直ぐ前を見たまま口を開いた。
「諦めたら……やめるっていったら楽になれると思ってた。確かに体は楽になった。でも心は前よりも苦しくなった。なんでだろうな」
勇登は答えに困った。
宗次が続けた。
「勇登さ、試験の日に浅井3曹のこと助けただろ。勇登はあのとき飛び込んだ監視員が田代2曹だったって覚えてるか?」
「いや、あのときは、必死で……」
「実は僕、それがすっげえかっこよくて感動したんだ。あの瞬間、心の底から『メディックしかない』と思った。それからこっちに来るまでの間、ずっと次同じ状況になったらどうするか、シミュレーションして、ひとりプールで訓練したりしてた。憧れてたんだ。でも、今日全部無駄になった。バカみたいだよな」
「そんなこと……」
勇登を遮って宗次は続けた。
「僕は今、田代2曹を責めてる。そしたら自分の悪いところなんて考えなくて済むから。誰かのせいにしなきゃ、それが全部自分に向かってくる。お前は駄目だ。才能ない。そんな言葉で自分が埋め尽くされるんだよ。自分を責めて、他人を責めて、さらには他人のせいにしてる自分を責めて、ずっとその繰り返し。それで、結局最後は誰かのせいにして逃げる」
宗次は吐き捨てるようにいった。
しかし、すぐに大きなため息をついた。
「もうそうしなきゃ心が壊れそうなんだよ。やっぱり僕は弱い人間なんだよ。……放っておいてくれないか」
宗次はそういうと勇登の横を通り過ぎた。
こんな情けない姿は誰にも見せたくなかった。
つづく
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。
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