#17 小説『メディック!』【第3章】3-2俺×同期 はじまりの予感
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勇登たちは、基幹隊員への挨拶回りを終えると、救難教育隊の格納庫に集合した。
全員整列休めの姿勢でいると、試験のときにいた強面の曹長が現れた。張りと艶のある顔つきだけでなく、飛行服越しにでもわかる完成された体つきは、年齢を感じさせなかった。
「今日は移動、おつかれさん」
曹長がそういうと、全員ざっと音を立てて一斉に気をつけの姿勢になった。
「おつかれさまでした!」
五人の声が、格納庫内に響き渡った。
「きこえんな」
彼の言葉で、更に大きな挨拶が格納庫内にこだました。
「はじめから、全力出せよ」
その短い一言だけで、彼は場の空気を支配した。
誰一人として微動だにしない。
しかし、彼は張り詰めた空気を自ら壊した。
「……休め」
全員、一気に休めの姿勢をとると、一斉に頭を五郎のほうに向けた。
「俺は今期の主任教官、熊野五郎(くまのごろう)だ」
五郎はそういって全員を見渡すと、更に言葉を続けた。
「とりあえず種まきは終わった」
勇登の頭に?が浮かんだ。表情の変化を察知したのか、五郎はすぐに勇登の前にきた。一瞬で気をつけの姿勢になった勇登の坊主頭を、力強くぐりぐりとなでながら五郎はいった。
「問題は、これから一年全力で踏みつけて、何人発芽するか――」
五郎は不敵な笑みを浮かべながら「――だな」いうと、勇登の瞳を覗き込んだ。
――!
五郎と目が合った瞬間、勇登は真っ黒な瞳に、どこか懐かしさを覚えた。そして、その奥に漆黒と眩しい光を同時に見た気がした。
格納庫には濃紺のUH-60Jやきれいな水色をしたU-125などが整然と並んでいる。まずは、そちらを優雅に見学ということを皆期待していたが、そのようなことは一切なく、格納庫脇で激しい体力向上運動が始まった。
汗だくになりながら訓練をしていた勇登は、整備中のヘリから誰か下りてくるのに気づいた。
勇登はすぐに、救難員志望のWAF、亜希央だとわかった。
――へえ、ここのヘリの整備士たっだんだ。
相変わらずのベリーショートで、テキパキと動いている。勇登が亜希央のほうをちらちら見ていると、彼女と目が合った。亜希央は、焦ったようにそっぽを向くと、再び機内に入ってしまった。
勇登が視線を前に戻すと、目の前20センチのところに五郎の目があった。
飛びのきそうになるのを、必死で堪えた。
「お前、今よそ見してだだろ」
「いいえ、してません!」
勇登は汗が口に入るのも気にせず、大声で否定した。
「嘘はよくないな。お前のミスは同期全員のミスだ。全員、腕立て用意!」
その後勇登たちは、汗で体内の水分が出尽くすほどの腕立て伏せを命じられた。
夕方フラフラになりながらも、勇登たちは何とか食事を終えた。
本当は全然食べる気がしなかったが、食べなければやっていけない。無理にでも口に詰め込んだ。それから、走って内務班に戻った。移動は基本かけ足なのだ。
すると、玄関先には仁王立ちの亜希央がいた。勇登が中に入ろうとすると、亜希央が叫んだ。
「志島勇登、ちょっと待てぃ」
勇登には、お前は武士か!、などと反応する気力さえ残っていなかった。
「受かってよかったな」
「ああ、そっちは……残念だったな」
「今日、ずっと見てたけど、全然体力ないな」
「……」
「ここ数年で見ても、断トツないな」
勇登はムッとした。
亜希央と話しているとWAFじゃなくて、同期の男と話しているような気になった。思ったことをストレートにぶつけてくる。胸の膨らみと小柄なこと以外は、完全に男のようだった。
「わかってるよ!」
勇登が大きな声をだすと、一瞬、亜希央の大きな瞳が潤んだ。
勇登は大きく息をつくといった。
「ごめん、今日はちょっと疲れてるから、またな」
今日の訓練で、同期の中で最も体力がないのは自分であると痛感していた。
――初日から余裕がないとか、マジかっこわり。
不甲斐ない自分に少し腹を立てながら、勇登は隊舎の階段を這うようにのぼった。
つづく
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。