#08 小説『メディック!』【第1章】1-7 俺×由良
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ナオは専門学校の入学式を終え、学校生活と店の仕事と忙しくしていた。
店のテーブルを拭きながら、ふとあることに気づいた。
――おかしい。あれから勇登が店に来ない。
いつも来る人が来ないと、気になる。こちらも忙しかったし、別につきあってるわけでもないから、連絡はしなかった。勉強の邪魔になってもいけない。それでも、なんだかんだといって、週末には顔を出すことが多かった。
同級生といい感じになった、とか――。
高校時代勇登はモテたが、誰ともつきあわなかった。想い人がいた、からなのか。
――なんか、すっごく、気になる。
ナオは頭を抱え、身をよじらせた。
高1のはじめ、ナオは勇登のことをたいして気にしていなかった。勇登はいつも元気で自然とクラスの中心にいて、いつも太陽のような笑顔で笑っていた。ナオも明るい性格といわれることが多かったが、彼には遠く及ばなかった。
クラスの女子は彼を見ては騒いでいたが、まるで興味がなかった。中学時代に自分がいたポジションを、彼に取られてしまったように感じていたからだった。
しかし、ある日を境に、急に勇登のことが気になりはじめた。
その日は朝から体調がすぐれず、体育のバスケの授業を見学した。他にも数人の女子がお腹が痛いといって見学したが、それは勇登のプレーを見るためだとすぐにわかった。本当に体調が悪い自分にとっては迷惑な話だった。
バスケをする勇登は確かに光輝いて見えたし、本人も楽しそうだった。
それなのに、授業が終わりみんなが更衣室に向かいはじめた一瞬、彼はすごく遠い目をしていた。気を抜いたら途端に吸い込まれてしまいそうな、深い哀しみの瞳。
しかし、誰かが振り返ると、すでにいつもの彼に戻っていた。
――彼も「何か」を抱えている。
はじめクラスの女子が騒いでるときは、なんとも思わなかった。
でも、彼の中にあるであろう「何か」を見た途端、一気に気になりはじめた。それからも彼はふとした瞬間に、その瞳を見せた。
勇登の瞳は昔理科の授業で習った黒点のことを思い出させた。
太陽の中にある黒いやつだ。
彼がふとした瞬間見せる瞳は、まるで太陽のそれだった。普段は眩しくて全然見えないし、そんな部分があることも感じさせない。でも、確実に存在している。
――なにか、力になれないかな。
純粋にそう思っていた。
そんなとき、スーパーの総菜コーナーで勇登を見つけたのだ。彼が高校デビューに成功したかっこいい男子というだけだったら、きっと、
あの日声をかけなかった――。
そして、勇登がはじめて店に来た数週間後の朝、その事件は起きた。
下駄箱で靴を履き替えようとすると、ゴミのような小さな紙切れが上履きの中に入っていた。
『今日行ってもいい?』
「――!!」
紙には小さく汚い文字でそれだけ書かれていた。自分の顔が赤くなっていくのが手に取るようにわかった。
ナオは動揺しながらその紙切れを、すぐにポッケにしまった。
誰かに見られたらまずい。
返事も教室ではできない。
ナオは廊下ですれ違いざま「いいよ」と小さい声でいった。
勇登の隣にいた男子には、こいつ何いってんだ、という目で見られたが、彼は笑い返してくれた。
以来、勇登は母親が当直の日は必ず店に来るようになった。それまで、あまり店の手伝いをすることはなかったが、ナオも勇登が来る日は必ず店に立つようになった。
勇登は休みの日にも来るようになった。店に立つ回数がおのずと増えた。
勇登は一度母親と食事に来たことがあった。彼女は「いつも息子がお世話になってます」といって、当時名古屋で流行していた有名パティスリーの菓子折を持ってきてくれた。勇登がばつが悪そうな顔をしていても、母親はまるで知らん顔で自分のペースを貫いていた。
きっと仲がいいのだと思った。
そういったことも含めて、あの頃はなんだかすべてが楽しかった。
ナオはこの日最後の客を見送ると、両腕を真っすぐ上に伸ばして思い切りあくびをした。
時計を見ると、あと少しで閉店だった。
次の瞬間、店のドアベルが勢いよく鳴った。
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。