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#57 小説『メディック!』【第13章】13-1 五郎×俺 残された仲間

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第13章 五郎×俺 残された仲間

 ――寒い。
 
 勇登は前を歩く五郎の背中を見ながら思った。しばらく待機せざるを得ない状況であるのは明白だった。
 
 二人になった五郎隊は少し歩き、岩の斜面を利用して簡単な天幕を設営した。その中で、天候の回復を待つことになった。
 
 五郎が小声で話しかけてきた。
「訓練は辛いか?」
「辛くありません」
 
「今は本心をいえ」
「……辛いです」
 
「そうだな。誰もただ辛いだけでは試練を乗り越えられない。その先に希望があるからこそだな。そろそろ、要救助者も病院に到着してるだろう」
「はい、ヘリに乗せられて本当に良かったです」
 そういって笑った後、勇登は沈黙した。
 
 他にも何か話そうと思ったが、教官と二人きりになったとき用の話題など準備していない。それに五郎は教官であるし、その中でもずば抜けたオーラを放っているから、これまで気軽に話すことなどなかった。
 
「……猫の名前、そのまま『こしろ』にしてくれたんですね」
「ああ、娘が気に入ってな」
 
 勇登は気になっていたことを思い出した。
「あの、どうして俺の名前の由来、知ってたんですか?」
 
 今度は五郎が沈黙した。
「……お前の父さん、あれは俺の救難員課程の同期だったんだ」
 
 勇登は目を見開いて五郎を見た。
 
「あいつとは教育課程卒業後は、お互い別の基地で経験を積んでいた。俺が千歳にきて数年経ったころ、お前の父さんが千歳救難隊に配属になった。あいつお前の小学校の卒業文集を俺に見せてきてな、息子がメディックを目指してる、って本当に喜んでたんだぞ」
 
 どうして父の遺品の中から自分の文集が出てきたのか、勇登ははじめて理解した。そんなに喜んでたなんて、全然知らなかった。
 
「表には出さなかったけど、俺たちはいっつも競い合ってた。ガキみたいにな。それが、楽しかったんだよ。俺がメディックを続けられたのは、あいつがいたからだと思う」
 
 五郎は何かを懐かしむように笑った。そして、小さく息をついた。
 
「……あれは、俺たちが待機要員の日だった。雪山に怪我をした遭難者が二名取り残されるという事故が発生して、天候の悪さから千歳救難隊に出動要請がきた。飛べるギリギリの天候の中、俺たちは遭難者二人の救助にかかった。二人目を吊り上げているとき、天候が更に悪化した。俺たちクルーは地上にいたあいつ一人を置いて、現場から離れた。そう、ちょうど今日のような状況だ」
 
 五郎は勇登の膝にポンと手を置いた。 
 
「お前も知ってのとおり、そういう状況を想定して救助前に装具も投下していた。そのための訓練も何度もしていた。だからそのとき、俺は全然心配してなかったよ。あいつは俺なんかよりずっと優秀だったし、努力もしてた。でも、……あいつは帰ってこなかった」
 
 そう、父は最後雪崩に飲み込まれてしまったのだ。
 
 五郎はハッとしたかと思うと、しまったという顔をした。
「おおっと、今はこんな話をするときじゃなかったな。俺もまだまだだな」
 
「いえ、今きけてよかったです」
 勇登は真っすぐに五郎を見ていった。
 
 五郎は安心したように少し笑った。
「俺はあいつがいう『目の前で困ってる人がいたら、助けたいのが人間だ』って言葉が大好きだった。俺もそう思ってたからだ。これまでの訓練は、全部、今日のような日のためだ。救難魂を発揮して必ず帰還するぞ、いいな」
 
 五郎はそう力強くいうと、勇登の頭をガシガシとなでた。
 勇登は大きく頷いた。

つづく

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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは関係ありません。

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