#53 小説『メディック!』【第12章】12-1 俺×五郎 判断
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第12章 俺×五郎 判断
冬季山岳実習当日。
勇登が空を見上げると、青空を背景に小型機がモクモクと煙を出しながら、ゆらゆらと飛んでいるのが見えた。それはそのまま、雪を被った木々の中に滑り込んだ。
「民間のビジネスジェットだな」
教官の正則は真顔でそういうとすぐに無線を手にした。
雪山での訓練も中盤に差し掛かった頃、勇登たちは民間機が山に墜落するのを目撃した。木と金属が擦れあいながら絡まるような、きいたことのない音がして、地面を伝ってきた衝撃が足元から脳天にかけて一気に抜けていった。
航空機が墜落する瞬間を直に見るのは、はじめての経験であった。
すぐさま教官たちは、短時間で極めて冷静に話し合った。訓練中止が決定し、雪山経験の多い教官が救助に向かい、教官の五郎と正則の引率で学生は下山することとなった。
教官たちは、そう遠くはないが積雪の状況から現場まで多少の時間を要すると判断していた。
ジョンが意見具申した。
「俺たちも行かせてください!」
勇登もいった。
「目の前で助けを求めている人がいるなら、助けたいです」
墜落を目の当たりにして、救助したい気持がこみ上げてきていた。
「ばかやろう!まだ状況判断できないやつが、感情だけでものをいうな」
正則が怒鳴った。
それを五郎が静止した。
「お前らの気持ちはわかる。だが、感情だけでは救助はできない」
教官のいうことは最もだった。勇登たちはまだ一人前には到底及ばない、無力な学生なのだ。学生がいれば教官は気を取られる。二次災害の危険性が高いのに出動するのは救難ではない。
勇登たち学生は、唇をかみしめながら下山の為に歩きはじめた。
*
「う……、うううぅ……」
下山途中、五郎は風の音に交じった人の声をきいた。
勇登とジョンが足を止めた。
どこからともなくきこえるうめき声を、ジョンが勝手に経路を外れて探し始めた。
それに勇登も続いた。
「おい!二人とも待て!」
五郎が静止した。
しかし、二人は止まらず意思を持った歩調で歩き出していた。
五郎は空を見た。
――雪雲が迫ってきている。
時間は無限ではない。
声は航空機が墜落した場所とは、全く別の方向からきこえている。
誰かが遭難している可能性はゼロではない。
手がかりがある今、捜索しなければ生存率が下がるのは確実だ。
今後吹雪になれば、全員で行くのはリスクが高い。
教官二人で行けば確実。
しかし、学生五人だけで下山させるわけにはいかない。
あらゆる困難と可能性が凝縮した現場で、正解は一つとは限らない。
しかし、状況は待ってはくれない。
現時点において最善といえる判断を下さねばならない。
五郎は正則に今後の指示を出すと、勇登とジョンを追った。
――すべての責任は俺が取る。そして、必ず全員で帰還する。
つづく
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。