#20 小説『メディック!』【第4章】4-2 俺×教官 メディックの種
前回のお話を読む(#19 第3章 4-1へ)
はじめから読む(プロローグへ)
目次(マガジンへ)
――――――――――――――――――――――――
*
――7月。
突き抜けるような晴天が夏の訪れを感じさせる日、小牧基地で救難員課程の入校式が実施された。
勇登が救難教育隊に転属してもう5カ月となるが、ここからが本当のスタートといってもいい。入校式を終えれば、そこから24週間の過酷な訓練を乗り越えなければならない。UH-60Jでの落下傘降下を含めた飛行実習、夏季山岳実習、海上総合実習、そして最後に、冬季山岳実習を含む総合実習に合格すれば、搭乗員の証である航空士き章を手にして無事に卒業式を迎えられる。
五郎は入校式の間中手に握りしめていた、いぶし銀色をした航空士き章を丁寧にハンカチに包むと、飛行服の胸ポケットに入れた。格納庫からでたところで、五郎は武造に話しかけられた。
2等空曹、田代武造(たしろたけぞう)は、救難員になって10年、ここにきて2年目の教官だ。教官の中では、下っ端だが学生の成長をいつも楽しそうに見ていた。いよいよ本格的に訓練をスタートするということで、少しそわそわしているように五郎には見えた。
「曹長、以前あいつらに種の話をしてましたよね」
学生が救難教育隊に配属になったとき、五郎は彼らに蒔いた種を全力で踏みつけて発芽させるという話をしていた。
「ああ、それがどうした?」
「俺、あの話気に入ってるんですよ。そろそろ、発芽しましたか?」
「もうちょっとだな」
「じゃあ、卒業の頃には、花咲きますかね」
「残念だけど、俺が蒔いたのは花が咲かない種類だ。その代わり、栄養を与え続ければ、永遠に成長する」
「栄養ってのは、訓練ですか?」
「そうだな。あと俺たちの熱意だな。俺たちが本気なら学生も自然とついてくる」
「そうすね、俺の教官もいつも全力で真剣でした。だから、俺もついていこう、って本気で思ってました」
「これまでの踏みつけで土壌はだいぶ固くなってるはずだ。ここに根を張れたらちょっとやそっとじゃ倒れない。あいつらが地中に深く根を張るためにも、俺らも相当気合入れていかにゃならんぞ」
五郎の言葉に、武造は大きく頷いた。
*
勇登たちが夕食を済ませ、自主トレという名の強制筋トレをしていると、道前正則(どうぜんまさのり)が近づいてきた。1等空曹の彼は、教官ナンバー2だ。
「いいか、いざというとき出せる力は鍛えた量に比例する。今つけてる筋肉が将来誰かを救うと思え。貯筋だ、貯筋!」
正則は筋トレする際の注意点などを、こと細かに指導した。
課業外であっても彼はよく面倒を見に来てくれた。教官たちははっきりいって言葉は悪いが、教えるときはきちんとわかりやすく教えてくれる。
正則は最後に「男は黙って筋トレだ」と宣言して去っていった。
「志島勇登!」
かけ足から戻ってきたばかりなのか、顔を火照らした亜希央が勇登を呼んだ。
夕方、彼女が基地内を走っているのを何度も見かけた。きっと、毎日欠かさず走っているのだろう。
亜希央は、この時間なんだかんだと勇登に話しかけてくることが多かった。短い髪をガシガシ掻きながら、ほとんどケンカ腰であったが、近くで訓練生を見てきたからか、その内容はためになるものが多かった。
今日も、今度はじまるプールでの訓練は毎年脱落者が多い、ということを教えてくれた。
亜希央が帰っていくと、今度は宗次がにじり寄ってきた。
「あの子、お前のこと好きなんじゃない?」
「まさか」
勇登は笑って、からかってくる宗次をかわした。
つづく
――――――――――――――――――――――――
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。