見出し画像

#63 小説『メディック!』【第15章】15-2 俺×仲間 目的が同じ道

前回のお話を読む(#62第15章 15-1へ)
はじめから読む(プロローグへ)
目次(マガジンへ)
第15章をまとめて読む
――――――――――――――――――――――――――――――――――

 卒業を控えた勇登たちは、8枚目の写真撮影に臨んだ。剣山の希望で隊舎の廊下に掲げられた標語の前で行われた。毎日その前を通るので必ず見ていたが、まじまじと見ることはなかった。

 大きな木製の板には筆で

『救え』

 と書かれていた。

 ここにきてからずっと、この目的を達成するために、訓練してきた。そして、その目的は今後も変わることはない。

 勇登はこの言葉をもう一度、深く胸に刻んだ。

 救難教育隊の格納庫では、救難員課程の卒業式が執り行われた。
 今後は学生全員が全国の救難隊に散り散りに配属される。その後ORの資格を取り、晴れて現場に進出できる救難員となる。

 式では、全員の胸に航空士徽章が授与された。航空救難団司令が一人一人の学生の胸にいぶし銀色の徽章をつけてくれた。
 勇登の番が来た。

「おめでとう」
「ありがとうございます!」

 救難員になった瞬間だった。この日のために、1年もの間過酷な訓練に耐えたのだ。


 式が終わると五郎から最後の言葉があった。

「俺は全国の100名足らずの救難員を兄弟だと思ってる。兄弟が死んだら俺は泣く。だから、生きろ!以上」

 いつも以上に張りのある声を出した五郎の瞳の奥は、少し潤んでいるように見えた。


「志島!」
 解散指示の後、五郎が勇登を呼んだ。

 五郎は勇登の制服の胸ぐらの辺りを掴むと、胸で輝いている航空士徽章を外しはじめた。

「へっ?」
 ――は、はく奪!?
 勇登は呆然とした。
 実は自分だけ駄目で、五郎は卒業を認めてくれていないのか。

 五郎は動揺する勇登の顔の前に握り拳を出した。
 勇登は一瞬殴られるのかと思ったが、五郎はその拳をゆっくりと開いて見せた。
 そこには新品とはいえない少し色がくすんだ航空士徽章があった。

 五郎は黙って裏側のピンを丁寧に外すと、それを勇登の胸につけながらいった。
「あいつのいってたことが本当になって、お前に会うことがあったら、渡そうと思っていた」

「え?」
 勇登は五郎を見た。

 彼は優しい瞳をして言葉を続けた。
「お前の父さんの徽章だ」

 ――!!

「俺はおっちょこちょいでな、徽章のピンを外すとき勢い余って針が折れてしまったんだ。つけれなくて困ったいたら、あいつが貸してくれたんだ。俺の予備を使えって。ちゃんと予備を用意してあるところがあいつらしいよ」
 五郎はくすっと笑った。

「これからは、志島、お前が使え」

 勇登の瞳から自然と涙が溢れ出た。
 これまでどんなに過酷なしごきでも、一度も泣かなかったのに。
 最後の最後にやられた。

 父に憧れてメデックを目指した。一度は夢を封印したこともあったけど、皆の支えがあって再び目指すことができた。

 そして、今、父の徽章を胸につけている。
 この現実が、ただただ嬉しい――。

 最後にお世話になったUH-60Jの前で、記念写真を撮った。一枚学生だけで真面目に撮ったかと思うと、おもむろに教官たちも脱ぎはじめた。

「本当は、雪山の撮影のときから脱ぎたかったんだよね」
 正則がそういって脱ぐと、その鍛え上げられた肉体に勇登たちは「おお!」と歓声を上げた。 
 正則は得意顔になって一周回ってみせた。

 亜希央が、この日のために吉海が用意した一眼レフの高性能カメラを構えた。
 男どもは全神経を筋肉に集中させ、カメラのシャッターが落ちる瞬間を待った。

「……ここ、押すでいいんだっけ?」
 全員がガクッとなった。

「お前は、ほんとに整備員か!」
 正則のツッコミで全員が爆笑した。

「あ!」
 その瞬間、カメラのシャッターがおりた。

 亜希央のナイスな天然ボケで、最後の肉体成長記録写真には全員の笑顔が納められた。


 撮影が終わると、武造が勇登とジョンを見ていった。
「お前ら、こないだの相撲の勝負はついたのか?」
 二人は首を横に振った。

「そうか、じゃあ喜べ。俺がお前らのために最高の舞台を用意してやった」
 武造は楽しそうにいった。


 武造はプールサイドに、勇登とジョンを立たせた。面白そうだと教官の面々も集まった。
 ルールは簡単。相撲をして先にプールに落ちた方が負け。

 緊張の面持ちで二人は見合った。
 接戦の末、二人は同時にプールに落ちた。
 それを見た剣山、宗次、吉海は「救助」と叫び、飛び込んだ。
 そして、全員でここぞとばかりに陸の教官に水をかけた。

「俺の本当の怖さを思い知らせてやる」
 五郎が飛び込んだのをきっかけに、他の教官も飛び込んで、全員で大暴れした。

久しぶりに羽目を外した五郎は、自分の蒔いた種が発芽し、ちゃんと根をはっているのを確信した。

つづく
――――――――――――――――――――――――――――――――――
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは関係ありません。

いいなと思ったら応援しよう!