風早ハ兎文一茶両吟/門前やの巻
27
近き隣の宵々の月
厂かねに哀なる事思出し 兎文
名オ九句、歌仙はこれより大詰めにかかります。
〇
厂かねに かりがね。晩秋に飛来し、翌仲春ころに北帰する雁の鳴き声のこと。マガン・ヒシクイなど。
哀れなる事 あはれ。しみじみともの悲しく、はかなく、また、さびしく思われる事。
思出し 鳥の鳴く声に呼び起されたのでした。
〇
ちかきとなりの よひよひのつき
かりがねに あはれなることおもひだし
月に雁音のとりあわせ、しかも「哀れなる事」と云いつつその内容は示されることがない。これは、遣り句と謂うより、むしろ歌仙の運びを意識した兎文の<しかけ>の句だったのです。
〇
芭蕉七部集「阿羅野」に
深川の夜
雁がねもしづかに聞けばからびすや 越人
酒しひならふこの頃の月 芭蕉
藤ばかま誰窮窟にめでつらん 仝
以下、引用です。
「雁がね」は雁が音と読んでもよいが、雁かりがねでよい。「からぶ」は枯ぶ・乾ぶ、これを枯淡・枯寂の趣にとりなして表現美の一様式としたのは「新古今」時代あたりからで、建仁二年三月二十二日、和歌所において後鳥羽院以下七人がこころみた「三体和歌」に、「春・夏、此二はふとくおほきによむべし。秋・冬、此二はからびほそくよむべし。恋・旅、此二はことに艶によむべし」と六第の約束を定めたのが、文献初出だろう。
晩秋から日本内地に飛来し、翌年春ごろから北帰する雁の代表的なものは、マガンとヒシクイえある。マガンの声はやや細く高く、ヒシクイの方は太いだみ声だが、共に鳴き交しながら群飛する習性があり、けっこう騒がしくきこえる。「からぶ」という印象は必ずしも当らない。越人は、「秋・冬、此二はからびほそくよむべし」という約束をよく承知していて、少々外れた物に目をつけたのではないか。とすれば、句作りの工夫は中七文字にある、と要易にわかる。
安東次男「雁がねの巻」冒頭『続風狂始末 芭蕉連句新釈』筑摩書房
15.10.2023.Masafumi.
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