わんこのうんこ
わが家に初めてきたわんこは、食糞をする子だった。つまり、うんこを食べちゃうのだ。
ぺろりんちょ、と。
生後たった3ヶ月で、ママやパパ、兄弟や飼い主さんとの楽しい生活から、怪しい男に誘拐され(怪しい男はわが夫なのだが)、何時間も電車に乗せられて、見知らぬ家での生活が始まったのだ。
私達にとっては、長年待ち望んだわんこ。
小学生の娘も、高校生の息子も大歓迎してくれたのだけれど、本人(本犬?)は不安で仕方がなかったのだと思う。
ブリーダーさんの家で生まれて、赤ちゃんの頃はママが排泄を促してくれ、出たものもママがペロペロ舐めて綺麗にしてくれていた。そんな懐かしさから、うんこを食べたのかもしれない。それとも、自分の排泄物は自分で処理しなければいけない、と思い込んでいたのだろうか。
ふわふわの毛にクリクリお目目、小さい頭で一生懸命色々考えてたんだろうな、と思うと愛おしい。
ポメラニアンの仔犬は「ポコちゃん」と、名付けられた。
ポコちゃんが排便をした時、人間が気づいて、すばやく処理すればいいのだけれど、一日中目を離さない訳にもいかず、なかなか難しいものがあった。
トイレは、最初はケージの中、慣れてきたら少しずつ離して、最終的に洗面所に置いた。
どこに置いても、食糞は治らなかった。
そこで私は考えた。
「うんこより美味しいものをあげればいいんじゃない?」って。そうすれば、きっとうんこなんて食べないはず。
ポコちゃんがトイレに向かったら、わんこのおやつを用意して、用を足した瞬間におやつをあげることにした。
「ポコちゃん、うんこ出たの?良かったね〜。おやつあげよう」
何度か繰り返すと、うんこは食べなくなってきた。よっしゃ。
「ポコちゃん、うんこ食べなかったの?偉いね」
思いっきり褒めて、なでなでして、おやつをあげる。
向こうで息子が「うんこ食べへんのは普通やけどな」と言う。
夫は「うんこ食べへんだけで、そんなに褒めてもらえて、いいなぁ」って。
「あなたもうんこ食べないから偉いよ」と言っておいた。
そのうち、ポコちゃんは私が気づいていない時にうんこをしても、私の周りをハフハフ言いながら行ったり来たりして、
「出たよー、出た出た。おやつちょうだい」
と伝えるようになった。
その度に
「出たの?教えてくれてありがとう。偉いねー」
とおやつをあげた。
ある日の午後、私はおやつにチーズケーキを食べていた。
「うーん。美味しい」
それを見たポコちゃんは、
「あたしにもそれちょうだい、ちょうだい」
と前足をシャカシャカしたり、クーンだの、ワンだのいってアピール全開。
「これはね、人間のおやつなの。あげないよ」
私がそう言うと、諦めたのか立ち去った。
しばらくして、洗面所にいた娘が言った。
「おかーさん、ポコちゃんうんちしたから、なんかあげてー」
ポコちゃんは、こっちに来てハフハフ言いながらご褒美を催促する。
「えー!チーズケーキ欲しいから出してきたってこと!?」
びっくりする私に、横にいた息子が笑いながら言った。
「そういうことやな。わんこの通貨はうんこ通貨ってことや。な、うまいこと言うやろ」
そして、ドヤ顔をした。