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けいちゃんの話

数年前、当時勤めていたプレスクールで、3歳のけいちゃんという男の子を受け持った。
けいちゃんは、大きな声でよく喋るエネルギッシュな子で、天真爛漫という言葉がピッタリの子だった。
でも、はじめて来た頃は、座っているのが難しい子だった。

虫が大好きな子だったので、
「塗り絵、どれにする?」
と聞くと、カブトムシかクワガタムシかでいつも悩み、その後1匹だけの大きなカブトムシの絵か、木に3匹でいる絵かで悩んでいた。
そして、「これ!」と決めると、その塗り絵用紙をひったくるように取って、虫のことを色々しゃべりながら熱中して塗っていた。
その姿はとても愛らしかった。

ただ、いつも紙を勢いよく取るので、ある日、
「そんな風に塗り絵の紙を取っちゃうと、先生の手が切れちゃうかもしれないから、そうっと取ってね」
と言うと
「手、切れちゃうの?」
と心配そうに言う。
「そうそう。ほら、紙が手にシャッ、となったら切れちゃうのよ」
「あー、けいちゃんも前になったことあった。
ごめんなさい」
と言って、次からは、気をつけてそうっと取るようになった。

昼食の時も、最初は立ったり歩いたりしていたけれど、「座って食べてね」と根気強く言い聞かせると、だんだん座って食べられるようになってきた。
おしゃべりが多すぎて、食べ終わるのは、いつも一番最後だったけれど。

手洗いやトイレ、お着替えなど、ひとつひとつ上手にできるようになった。

参観日の日、お母さんが来て
「けいちゃんが座ってる」
と、驚いて、涙ぐんでいた。

お友達と遊ぶのも、初めの頃は、自分の思う通りに出来なくて、怒ったりしていた。
でも、
「そのおもちゃは、今お友達が使ってるから、無理に取るんじゃなくて、一緒に遊ぼ、って言ってごらん」
状況に応じてひとつひとつ説明していった。

「いっしょにあそぼ」
「このおもちゃ、つかっていいから、そのおもちゃ、かして」
「おねがい」
「ありがとう」

やりとりも、うまくなっていき、けいちゃんも周りの子達も楽しそうだった。

お迎えが遅い時は、私が家から持ってきた虫のおもちゃを出してあげた。
ハチ、てんとう虫、ちょうちょ、青虫、ムカデ、クワガタ、カブトムシ…
ひとつひとつ名前を言いながらよく遊んだ。
「大きくなったら、虫の博士になるんだ」と言っていた。

シャボン玉、水遊び、公園でのセミ取り、落ち葉での制作、ハロウィンの仮装、クリスマスパーティー、雪だるまのクラフト…

そうこうしている間に、あっという間に春が来た。

けいちゃんは、4月から幼稚園に行くことになり、私は少し寂しかった。

また暑い夏が来て、セミが鳴くようになった頃、けいちゃんは遊びに来てくれた。
「幼稚園、楽しい?」
と聞くと、
「楽しいよー!でも、今、夏休みだけどね」
と言って幼稚園の話をたくさんしてくれた。

「塗り絵、する?」
と聞くと
「うん。やるやる!」

けいちゃんは、前のようにずっと喋りながら熱中して塗っていた。
その姿が懐かしく、微笑ましくて、多分にこにこして見ていたんだと思う。
けいちゃんは
「先生、なんで笑ってるの?」
と、言う。
「けいちゃんは、やっぱりけいちゃんだな、って思って」
そう答えると、けいちゃんはびっくりしたような顔で
「えっ? けいちゃんはずっとけいちゃんだよ。
これからもずっとけいちゃんだよ。先生、知らなかったの?」
って。

なんだか、はっ、とした。

「そうだよね。けいちゃんはずっとけいちゃんだよね」
「そうだよー」


何年経っても、けいちゃんは、ずっとそのままのけいちゃんでいてほしいな、と心から思った。

そしていつか、虫博士になったけいちゃんに会いたいな、って。

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いずみてぃー
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