小説「ぴったりな夕焼け」
隣村に住んでいる(はず。詳細は知らない。何せ電話も無いし手紙が届いた事もない、あらゆる事がいい加減なのだ)しゅうとめがよくアジの南蛮漬けを持ってくる。誰にって夫に。「あの子はこれが好きだけえ」と言って持ってくる。ちなみに夫は辛いものと酸っぱいものと青魚が食べられない。どれをとっても匂いが嫌いなのだそうだ。あのおばあさんはどちらの方?そして、そちらさんはどこのお子さんに食事を作っていたの?何か、得たいの知れない行き違いがあるようで、とんでもないところに引っ越しちゃったなあと、思った。子どもの頃クリスマスの夜は、父が外国製のレコードを何枚も掛けてくれて、それに合わせて姉とふたりで飛んだり跳ねたりして、まあ、踊って居るたと、母親がケーキを切ってくれて皆で食べる。そう話したら、夫は「何のこと?」と言った。何がってクリスマスだけど、と言っても腑に落ちない顔をしている。詳しく聞いたら、彼はクリスマスを知らなかった。サンタクロースの意義や使命を知らなかった。クリスマスツリーも枕元に置いておく手紙も、朝になると見つかる贈り物の事も、何も知らなかった。ただ、ただ、「何それ?」遠い国の変わった風習なのだった。結婚するために一緒に暮らし始めて、私はガラスで出来た20センチくらいのツリーを買った。台所のテーブルに置いたら、寝室の窓を経由して紫の落日が突き刺さった。きれいに反映して、世界にひとつのツリーが出来た。私たちは違う時空間からやって来たのかもしれない。でも本の少しの光と時間が噛み合えば、単純な奇跡くらい起こる。この、すみれに白いツリーみたいに。物事は正しく簡単なのだと思った。
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