小説「遠方」
その人は水切りだった。それだけが、それだけで好きだった。遠足で山に登って、沢があって、男の子たちが石を投げ込んでいるとき、とその人は、おもむろに立ち上がって石を水に投げた。見事に水面を走って向こう岸に届いた。あなたは事務員として雇われて、半年学校にいるだけの大人だった。あなたの水切りにみんなが沸いた。みんなあなたを真似て石をほおったけど、向こう岸に届いたのはいなかったっけ。あなたは何度も石を切って水を煌めて見せた。それだけ。本当にそれだけ。それだけが、一生消えない向こう岸になった。夏。
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