小説「木ノ下病み」
最後の木の下で僕は死んでくことになりそうである。地球で最後の一本になった裏庭の、よく知らない青い花の木の下で、僕は呼吸をしている。人間が病気になるように、植物も病気になる。“伝染性のガン”とよく分からない病名が出されたけど、出した本人もなんだかよく分かっていなかっただろう。とにかく、10年ほど前から植物の部類に入るものに突然黒いあざが出来て一斉に枯れるという現象が起き始め、それも世界中のあらゆる場所で起こったものだから、減っていく食料、減っていく酸素が人間を(ほかの動物もそうだっただろうけど)恐怖の極みに叩き込まなかったはずがない。あっという間に戦争のセオリーが偉い人を支配して、自分で自分の首を絞めることになった。当然だけど残った樹木を意図的に減らすことにもつながって、さらに当たり前のことだけど、人もたくさん死んだ。僕の友達も食糧配給による栄養失調でたくさん死んだ。配給だけで生きていけるほど、僕たちは健康ではなかった。飲んで食べて騒いで吐いて、そんな風にしなくては生きていかなかったのだった。工場が開発された。フルオートで空調と温度と栄養を管理して、レタスやトマトを作ろうとした。人類が生き残るための、一筋の光が差したように思われた。違った。工場の野菜にも黒あざガン病が広まって、やはりみんな枯れてしまった。そうして、僕の家の裏庭の名前も分からない木だけが残ったというわけだ。その花も、一枚いちまい散っていく。僕はこの場所に寝転んで、空気に病んで死んでいく。