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老いがいのクリスマス 全

                  老いがいのクリスマス 全

北摂近郊 とある山の中腹にある グループホーム「月光」
登場人物
 大塚遥夏 施設長   四十九歳
 上崎静雄 主任    五十二歳
 久保芳明 月光利用者 六十八歳
 吉岡花梨 新任介護士 二十五歳
 山本咲子 介護士   三十三歳
 堂本和雄 介護士   五十一歳
 安田浩二 介護士    二十歳
 真澄裕子 介護士   二十九歳
 舘川太一 介護士    六十歳
 野山和子 介護士   四十一歳
 福森望美 姉     三十三歳
 福森美香 妹     三十一歳
 福森愛(母)     五十五歳(新規利用者)
 神岡直子       三十六歳(音楽療法士)
 三岸結い       三十九歳(久保の長女)
 エキストラ 利用者達・地域の人達・ボランティアの人達

シーン① 「月光」神無月 初旬 午前九時『談判』

   施設長室
   登場人物:大塚・上崎

   ホーム長の大塚が、パソコンに向かって報告書を打ち込んでい
     る。上手より上崎が施設長室に向かって歩いて来る
           大きな音のノックが三度響いて、ドアを開けながら介護士の上崎
           が彼としては大きな声で・・・

上崎 ホーム長、久保さんを老健に追いやるって、ほんとうですか?

   手を止めて、睨むように上崎を見やり、少しため息をつい
   て・・・

大塚 誰から聞いたの?まだ決定事項ではありませんよ
上崎 もう、みんな知っていますよ。放送局の山本さんが得意げに話していますよ
大塚 しょうがないわね・・・山本さんたら・・・
上崎 ここの施設の理念は、住み慣れた地域で、普通の暮らしを、そし
   て看取りまで看ますって謳っていますよね
大塚 ええ、その通りよ
上崎 だったら、久保さんを邪魔者扱いして、追い出すんじゃなくて、
   最後迄面倒を看なくてはいけないでしょう
大塚 何事も、理想通りはいかないものよ、もう少し大人になりなさい
上崎 あのですね。利用者の久保さんの生き死にが掛かっている問題
   を、人ごとみたいな一般論を言って、あなたは、ほんとうにそれ
   でも責任者ですか?
大塚 ・・・・・
上崎 確かに久保さんは、変に理屈ぽぃ処がありますし、職人気質で頑
   固な処もありますが、それはみんな一つの個性として受容すると
   ころからケアは始まるのでしょう
   私達がそのことを出来ていないから、何かと問題を起こすことに
   なる。僕らはその厄介さにつき合ってなんぼの仕事でしょう 
   認知症の人の幸せは、自分が自分であっていいという確信がほし
   いのですよ・・・そのために、いろんな玉を投げるんですよ
大塚 みんな上崎さんみたいな考え方が出来るならいいんだけれど、
   スタッフの大半がもう久保さんは面倒見切れませんって言うのよ
   ね
上崎 それを説得するのがあなたの役目でしょうが・・・
大塚 ええ、その通りよ。でもね、直接理事長に直訴する人もいるし、
   この件を利用して私を追い出そうとする人もいるし、所詮、中間
   管理職なのよ。
  (暫く間をおいて)あなたが言うように、私は私でありたいわ
上崎 ちょっと待って下さい、少し被害妄想ぽくないですか?・・・
   それに問題の方向性が違って来てますけど・・・
大塚 ええ、その通りよ。 問題は久保さんではなく、私なの
   私が問題なの・・・すっきりした?
上崎 もしかして・・・もしかしてですか?

   大塚デスクの上に辞表と書いた封筒を投げやる

上崎 そりゃ駄目ですよ! 逃げちゃ駄目です。僕が出来るだけのこと
   をしますから頑張って下さい
大塚 ありがとう・・・でもね、もう限界なの楽にさせて
  (わっと叫びながら泣き伏す)
上崎(部屋を歩き回りながら)
   やれやれ、全く・・・何というか・・・・・二十年近いキャリア
   のあるあなたがそんな弱さをさらけ出すなんて、信じられない
   ほんとうにそれでいいのですか!

   大塚は泣くのを止めて、潤んだ目で上崎を見詰める 

大塚 あなたにとんだ醜態を見せてしまったわね。今のことは、なかっ
     たことにして・・・さて、どうしましょうかねぇ久保さん
上崎 何という立ち直りの早さ
大塚 はっはっはっ、まあそれが私の取り柄なの・・・0型だもの
   深い孔を掘るB型のあなたには絶対出来ないわ
上崎 おおっ言いますね。まあいいや。それでこそホーム長
   再来月は年間の最大イベント、クリスマス会ですよ。スタッフと
   利用者さんでするお芝居。一昨年は「貫一・お宮」昨年は「愛染
   かつら」受けましたね。地域の人も家族さんも歓んでいただきま
   したね
大塚 そうね。今年も演出は上崎さん頼むわ。あなたはみんなの力を引
   き出すのとても上手だわ
上崎 持ち上げても駄目ですよ。まずは久保さんの問題をきっちりとし
   て頂かなくては僕は何もしませんよ
大塚 ・・・わかったわ。こうしましょう。久保さんは来年の3月迄は
   なんとか面倒みましょ。その代わり久保さんを舞台に引っ張りだ
   して、彼を落ち着かせて、そうすればみんなも納得するかもしれ
   ないから
上崎 ・・・・わかりました。やってみます。じゃあ、例の件で市役所
   へ行って来ます。昼過ぎには帰れると思いますが、他に何か用事
   ありますか?
大塚 確か何かあったような気がしたけど帰ってきてからで良いはずだ
   わ
上崎 わかりました、行ってきます
 
   上崎上手に捌ける  暗転

シーン② 「月光」正午『お昼時』

   リビングルーム
   登場人物:久保・吉岡・山本・上崎
   利用者8人男女・スタッフ・ボランティア2人

   グループホーム月光のリビングが中央に、下手前方がキッチン・
   上手奥が静養室。利用者は、お昼ご飯を食べている。久保が大声
   を上げる。早出スタッフの吉岡はとまどいながら久保の席へと向
   かう遅出スタッフ山本と食器洗いで来ているボランティアの二人
   は久保と吉川を注視している

久保 一体、いつ迄待たすのかな?儂の昼飯は、犬のお預けか?堪忍袋
   の緒が切れるよ。早くさぁ持って来て下さい
吉岡 久保さんしっかりして下さい。先程腹減ったって言って、いの一
   番にぺろりと食べたじゃありませんか
久保 好い加減なことを言いますね。私は食べていませんよ。その証拠
   に私の前には膳がない
吉岡(少し言い淀んで)それは・・・久保さんが食べ終わったから私が
   お膳を下げたのよ
久保 いや、それはない。それなら私のお腹は満たされているはずだ
吉岡(ちょとつまって、振り切るように)久保さんは口が卑しいだけ
   よ
久保  何だと、お前赦さん!

   久保立ち上がって吉川の方へにじり寄る

吉岡 きゃぁ!

   逃げだす吉岡を久保が追いかけ回す巧みに逃げる吉岡
   そこに下手より上崎が止めに入る

上崎 落ち着いて下さい、久保さん、どうしました
久保 どうもこうもあるもんか! 儂に昼飯出さないんだ・・・この女
   は!
上崎 お腹減りましたね。もうとっくに十二時回っていますものね
   久保さんちょっと良い処行きましょう
久保 良いとこ?儂を騙すんじゃないんだろうなぁ
上崎 勿論、さあ行きましょう(久保の腕を優しく掴んで、舞台上手奥
   の休息室へ連れて行く)
久保 何だ、休息室じゃないか・・・あんた迄俺を馬鹿にするのか
上崎 そうじゃありません。お昼ご飯のことすみません。多分吉岡が忘
   れたんだと思います。彼女、此処へ来てまだ、日が浅くて他の現
   場経験も少ないんです。どうか赦してやって下さい
  (頭を下げる)
久保 ・・・・・そう言われると、こっちは何にも言えなくなるなあ
   ・・・
上崎 五分程待っていて下さい。すぐにお昼ご飯持ってきますから
久保 へぇー五分でね。良いでしょう。待ちましょ
 (早足で部屋を出てリビングの下手前方のキッチンに向かう上崎)
上崎 吉岡さん、こっち来て
  (冷蔵庫から卵二つと冷凍のご飯を取り出す)
吉岡(おずおずと近寄ってきて頭を下げながら)すみませんでした
上崎 前も言ったよね。久保さんは食べるのが早いから膳は一番後に下
   げるって。ちゃんとメモして覚えておいて下さいね。頼みますよ
   それから、一番大切なこと利用者さんの話を否定しない。
   まずちゃんと聴いてあげる。習ったでしょう。何処で資格取った
   の?Nじゃなかった。
   だったらもう少しちゃんとしないといけないね。
   はい、僕が今から出し巻き作りますから、冷凍のご飯をチンし
   て、中に梅干しと昆布のおむすび2個作って下さい
 (卵を割りだし巻き用のフライパンに油を引きだし巻きを作り出す)
吉岡 あっ、みそ汁少しだけ残っています
上崎 よし、それじゃ、あとみそ汁少し煮詰まっている筈だから少しお  
   酒と味醂とお湯を足して下さい。お結びは塩少なめで握って、一
   つは海苔巻いて、ひとつは胡麻まぶして・・・青いお皿出して
 (だし巻きを皿にのせ、吉川が握ったお結びを二つ別の皿にのせて)
   はい、だし巻き定食一丁上がり、すぐに熱いお茶を持ってきてね

   出来た食事を、お盆に載せて、リビングを横切り休息室へ運ぶ

   久保は、ベッドで横たわって、天井を見詰めている

上崎 お待ち同様です。お昼ご飯です
久保(ゆっくり起き上がって、しみじみとお盆を見詰める)
   ありがとうよ。あんたは優しいね。私がご飯を食べたのを知って
   いながらこうして作って来てくれる。いや、さっき迄はほんとう
   に食ってないと思っていたんだが、ベッドに横たわって天井を見
   ていると、不思議なことに思い出したんだよ・・・焼きそば食べ
   たなぁって、こんなことってあるんだね。いや申し訳ない、とは
   言っても小腹が空いてはいるんだが・・・
上崎 ああ、焼きそばは食べている時はお腹膨れるんですが、時間経つ
   とすぐに空腹覚えますよ。じゃぁ、二人で半分っこしましょう。
   お結びはどちらが良いですか?
久保 半分っこか・・・ふ~んいい響きだね。やっぱりなんだな海苔巻
   きの方を貰いましょう、いいかな
上崎 いいですよ。じゃ、僕は胡麻で、だし巻きは二つずつで、みそ汁
   はどうぞ飲んで下さい
久保 (味噌汁を一口にすすって)おお、こりゃ美味しい味噌汁だ
上崎 (久保の表情をじっと視て)一つお願いがあるんですけど、聞い
        てくれませんか?
久保 何だよ、薮から棒に・・・お願い?
上崎 クリスマス会、利用者さんとスタッフでお芝居するんです
久保(関係ないとばかりにお結びを頬ばる)・・・お芝居ねぇ。
   面白そうだけど
上崎 それで、是非出て頂きたいんですよ、久保さんに
久保(自分を指差して)俺?・・・俺が、お芝居に、からかっちゃいけ
   ないなあ。そんな柄じゃない、ない
上崎 いいえ、真面目な話ですよ
久保(小首をかしげて)真面目か・・・(考え込んでから)で何をすれ
   ばいいんだ
上崎 ええ、簡単です。自分の人生を振り返ってその中で一番楽しかっ
   た事。あるいはこれだけは話しておきたいみたいなことを、簡潔
   に話して下さればそれでいいのです
久保 俺の人生の中で一番楽しかった事を話せば良いってか?

  沈黙。そこに、お茶を持って吉岡がカーテンの先から声をかける

吉岡 遅くなってごめんなさい。久保さんお茶をどうぞ、先程は失礼し
   ました
久保(笑顔で)いやなに、こっちこそ迷惑かけたな、ごめんなさいはこ
   っちだ
吉岡(ほっとして)はい、いいえ、ではまた、レクの時によろしくお願
   いします
久保 おお、わかったよ。後でよろしくなぁ

吉岡 リビングに戻る

久保 少し時間をくれないか。自分の人生を、振り返る何て、想いもつ
   かないことだからなぁ
上崎 はい。じっくりお考え下さい。お返事待っています。いや、美味
   しいお結びでしたね。 吉岡が握ったんですよ
久保 全く。ほんとういうと、あの娘を少し買っているんだがね
   なんと言っても若い、明るい。心が晴れ晴れするよ(二人笑う)

    暗転

シーン③-1「月光」一四時 『福森家族の来所』

   施設長室・リビングルーム
   登場人物:大塚・上崎・吉川・山本・福森望美(姉)
        福森美香(妹)・福森愛(母)・利用者達

   福森姉妹がホーム長に母のことをお願いしている。母の愛は、
   リビングでみんなとレクには参加しているがしれっとしている

望美 ・・・という訳で、私たち二人はどちらも夫の家には母を引き取
   れないのです
美香 お姉さんは明石だし、私は泉佐野、何かあってもすぐ駆けつけら
   れないんです
大塚 はい、ご事情はよくわかりますが、いきなり騙し討ちのような形
   での入居は、「月光」では致しません。
   まず、体験半日、そして次にお泊まり、それからの入居となりま
   す。それに・・・
望美 そこをなんとかなりませんでしょうか? 何しろ小火騒ぎを起こ
   したもので、近隣の人々から強い叱責と転居を迫まれまして、致
   し方なくもう引っ越しの手続きを済ませてあるので、明日から過
   ごす家がありません
大塚 そのように言われましても困ります
美香 亡くなった父のお友達の寒川さんは月光の理事長と懇意でして
   ・・・月光ならなんとかしてくれるとお聞きしたのですけれど 
   も・・・確か空きがあるとか・・・
大塚 えっ、理事長の紹介ということですか?・・・それならそうと早
   く言って頂ければよかったのに・・・ほほほほ・・・致し方あり
   ません。一肌脱ぎますしょう
   で、お母様は今、どのような状態ですか?
望美 朝は五時起き、一時間ウォーキング。朝食は青汁とバナナとヨー
   グルトとフランスパンとコーヒー
美香 趣味は買い物と何故か時代劇の映画ファン。大友龍太郎って知り
   ませんよね?
望美 グルメです。特にコーヒーにうるさいです。プライドが少し高い
   のは、書道教室を主宰していたもので・・・はい
美香 だから、他の利用者さんとうまく折り合っていけるかが心配です
大塚 (思案する)・・・まあ少しずつ様子を見ながら、お母様のケア
   プランを、対応を考えさせて頂きます

   施設長室の照明が絞られて、リビングルームの照明が明るくなる
   リビングで吉岡がレクのリーダーをしている

吉岡 さあ、身体もほぐれてきたので、今日のゲームです。
   今日のゲームは連想俳句ゲームです。皆さんの前に短冊の紙があ
   ります。その紙に私が言う言葉から連想した言葉を五文字あるい  
   は七文字で言葉を書いて下さい。
   たとえば、「紅葉狩り」は・・・はい何を思い浮かべますか?
   秋風を思い出して「風に舞い落ち」そうしたら続いて「川に
   流れて」・・・こんな感じで続けていきます。
   じゃぁいきますよ。まだ十月ですが、俳句や短歌は季節を先取り
   しますからね。来月は十一月。十一月は霜月と申します。
   そうですね「霜降りて」で始めますね。はい、では右回りで         
   ・・・はい、木村さんお願いします
木村 う~ん「寒い寒いぞ」はどうかな?
吉岡 いいですよ。とってもいい。では続いて森さん
森  「こたつ鍋」・・・・
吉岡 わぁ、森さんもいい。ではお隣の中津さん
中津 (思案して)・・・・・出てこんわ
吉岡 なんでもいいですよ。好きな言葉、こたつとくれば・・・
中津 おお、「猫忍び寄る」
吉岡 はい、では「猫忍び寄る」とします。では今日来られた福森さん
   もお願いします

   福森「鈴の音微か」とサラサラと書いた短冊を皆に見せる 
   一同、しばしその達筆に沈黙。そして「すごい」「きれい」の
   声が上がりその秀逸な文字に拍手する。福森、当然というよう 
   な顔しながらも笑みが溢れる

吉岡 わぁ達筆! では句をまとめて書く役を、今日は福森さんにお願
   いします
福森 いや、私は結構です。もうすぐに帰りますので・・・
吉岡 いや、このゲームが終われば、コーヒーとお菓子が出ます。それ
   からでも遅くはありませんよ
福森 コーヒーですか?・・・じゃコーヒー飲んでからにします。
   で何を書けばいいの

   隣に座っている山本が福森に説明をする

山本 いや、ほんとう綺麗わ。福森さんのファンになりました。この短
   冊に・・・ええそうです
福森 で・・・此処は、一体何をする処なの?
山本 此処は・・・此処はですね。(答えあぐねて)は~い皆さん此処
   はどんなとこ?

   利用者銘々が「三食昼寝付きで夜も面倒を看てくれる」
  「歌と散歩と将棋がさせる」「お風呂にも入れてもらえる」
  「毎日のレクがとても楽しい」「ゆっくり時間が流れる」

福森 わかりませんね、これでは・・・責任者の方はいらっしゃらない
   の?
山本 主任は、今来客中で、はい終わればすぐに来ますので、暫くお待
   ち下さい
福森 ああ、そうなの。まあ、まだ日も高いし、よござんしょ

   暗転

シーン③-2 「月光」一四時半 施設長室・リビングルーム

   リビングルームの照明が絞られて、施設長室の照明が明るくなる
   施設長室に上崎が入ってくる

大塚 ああ、主任お帰りなさい、市役所はどうだった。
上崎 (書類を渡しながら)只今、ええ、納得して頂きました。これで
   処遇改善の件一安心ですね。まあ、豆に研修していますからね。
   お客様ですか?

   上崎、姉妹にそれぞれに挨拶をする

大塚 ええ、今日からお世話する福森愛さんの娘さんで姉妹の姉の望美
   さんと妹の美香さんです
上崎 えっ! 今日からお世話する福森愛さん!そんな話聞いていませ
   んよ
大塚 そりゃそうよ。今決まったんだから
上崎 ホーム長!いいかげんにして下さい! 確かに内はいま空きがあ
   りますが、二名程順番待ちで次の会議でプログラムを決めるはず  
   だったでしょう

   大塚立ち上がり上崎を部屋の隅に呼ぶ

大塚 いいこと、理事長の紹介。私も最初は断ったわよ。でもね仕方な
   いでしょう。理事長のことは別にしても帰る家がないって言うん
   だもの。野宿させられないでしょう!

   まじまじと大塚の顔を見る上崎。そしてため息を大きくつく

上崎 今日の夜勤は誰でした?
大塚 堂本さんのはず・・・
上崎 堂本さんじゃ難しいな
   変に教育的だから・・・ああ、仕方ないなあ僕夜勤に入ります
   堂本さんには都合で明日にスライドと連絡をすぐに入れて下さ
   い
大塚 (ほっとして)はい、わかったわ
  (携帯ですぐに堂本に連絡を入れる)
上崎 で、お母さんは何処ですか?
大塚 リビングでレクに参加。吉岡さん日勤の山本さんに任せているん
   だけど・・・
上崎、それには返事せずに、姉妹に頭を下げてリビングに向かう
大塚 自宅は山之上病院の近くだって・・・(上崎の背に浴びせる)

   施設長室の照明が絞られて、リビングの照明が明るくなる
   リビング 福森短冊に言葉を書いている

上崎 (床に膝を着いて)
   こんにちは、福森さん。上崎と申しますよろしくお願いします
福森 (手を止めて)上崎さん?主任の?
上崎 はい、そうです
福森、立ち上がって、礼をしながら
福森 いいえ、こちらこそよろしくお願いします。ところで、ここは
       何処ですか?何をするとこですか?
上崎 ・・・う~ん、シェアーハウスみたいな処です
福森 シェアーハウス?なんか聞いたことあります。要するに皆さんと
        一緒に生活を共にするみたいな・・・
上崎 そう、その通りです。一緒に生活を共にする、良い言葉ですね
   その通りです
福森 ふ~ん、そうなんですか? まあ、見学させて頂いてありがとう
   ございました。コーヒーを飲んだら失礼致します
上崎 あ~あ、今日は、すでに福森さんの夕食も用意させて頂いており
   ますので、それからでは・・・・・
福森 それでは、うーんと遅くなりますわ。困ります
上崎 僕が、送って行きますのでご心配無く、確か山之上病院のお近く
   でしたね
福森 おや、よくご存知で・・・・・(少し思案する)わかりました。
   では厚かましいですが、夕食の後送って頂くということでよろし
   くお願いします
上崎 はい、わかりました

   暗転

シーン④ 「月光」二十時『長い夜』リビングルーム

   登場人物:福森・上崎・久保・他の利用者の声

   リビングの窓際で、立ちながら上崎に舌鋒激しく詰め寄っている
   福森

福森 夕食が済めば、車で送っていくと約束されたじゃありませんか!
   私を騙したのですね。娘達とぐるになって、私を騙したんですね
上崎 そうじゃありません。先ほどから説明している通り、うちの事業
   所は車が2台ありますが、一台は明日の朝一番理事長がこの地域
   の研修で、当番になっていて、それで乗って帰られました
福森 もう一台は・・・
上崎 予定していたもう一台は、スタッフ真澄さんの子供が三十九度の
   高熱を出して、 病院に連れて行くのに少し貸して欲しいという
   申し出がありました。十九時までに必ず返すということだったの
   ですが、様態が予想以上に悪く、一晩入院になったので、明日の
   朝になると先ほど連絡があったと・・・・・
福森 ・・・・ふぅう…一つ一つもっともなお話ですが、約束は約束で
   しょう。タクシーを呼んでくださいよ。ここなら北摂交通が来る
   でしょう
上崎 もうこの時間では、お送りすることができません。私夜勤でこの
   場を離れられないので・・・
福森 ご心配なく、私、一人で帰れますわ。タクシーも呼べないと言う
   なら、私歩いてでも帰らせて頂きます

   二人が言い合っている間を久保が少し笑いながら、わざわざ割っ
   て入って歩きながら・・・

久保 大変だね。今日は長い夜になりそうだ。主任頑張ってね。
   おやすみなさい
上崎 ああ、どうも、風邪ひかないようにしてくださいね。
   夜冷えますから
福森 (少し気が削がれて、窓に顔を向けて、ひとりごとのように呟
   く)娘たちにしてやられたかな・・・楽しい処があるからって
   ・・・嘘ばっかり・・・う~んどうしたものかな・・・

上崎 福森さん、ごめんなさい。中津さんに眠前のお薬を飲んで頂かな
   ければならないので、すぐに戻ってきますので少しお待ち下さい

   福森は仕方なしに頷き窓辺で佇む
   下手の方で、上崎と中津の会話が少し漏れ聞こえる
   暫く経って、上崎が珈琲とお菓子を持ってくる

上崎 まあ、椅子に腰掛けて、珈琲でもどうですか?お菓子もどうぞ
福森 (香りに釣られて、椅子に座り)あら、いい香りね。昼間の珈琲
   と違いますね
上崎 さすが福森さんですね。はい、これは私が家から持ってきたもの
   です。夜は長いので、これだけが楽しみなんです。後、脳に栄養
   補給ということで、ララのきなこクロワッサン、粒餡入りです。
   どうぞ召し上がって下さい
福森 私、夜は甘いものは控えているんですけれどね・・・今夜はせっ
   かくですから頂 きますわ
上崎 はい、どうぞお召し上がり下さい
福森 では、遠慮なく珈琲から、(一口啜って)おお、これは、これは
   ケニアの珈琲じゃございませんか?
上崎 すごい、よくわかりましたね
福森 私、主人と喫茶店を経営していたんですよ。二五歳の時から主人
   が先に逝く迄二 十五年間近くも・・・
上崎 ほう、それはすごい。というと店を開かれたのは万博の頃です
   か?
福森 そうですね。もう少し後です
上崎 場所は何処ですか?
福森 もう、今は新しいビルが建って、ご存知ないかもしれませんが、
   高槻市の警察署の近くに家具屋さんがあって、その地下で喫茶を
   やらせていただいておりました
上崎 と言うと、山下家具店でお店の名前は確か・・・
福森 「ムーランルージュ」です
上崎 多分、僕行ったことがあると思います。免許の切り替の時に入っ
   た記憶があります
福森 ええ、それは奇遇ですね
上崎 いやあ、縁ですね。お会いしているんだ
福森 ほんとうに、(と言いながらクロワッサンを一口味わって)これ
   も美味しい
上崎 つかぬ事をお聞きいたしますが、旦那さんは、どうしてお亡くな
   りになったんですか?
福森 ゴルフしか趣味のない人で、朝友人が迎えに来た車の中で脳梗塞
   になり、あっけなく・・・はい・・・・・・
上崎 お子さんは、その時何歳位でしたか?
福森 上は社会人一年生で、下が大学三年生でした
上崎 娘さん達とは良い関係ですか?
福森 良い?何処が良いもんですか。いくらでも近くに住めるのに、遠
   い遠い処に住んで、たまに孫を連れて来たら、百貨店へ行って孫
   の衣装ばかりか、ちゃっかり自分たちの洋服を買って、食事して
   毎回大散財ですわ
上崎 でも、お孫さんは可愛いでしょう?
福森 孫は天使ですわ

  ナースコールの音がする。上崎立ち上がりボードの音を止めに行く

シーン④-2「月光」二十三時『長い夜』リビングルーム

上崎 ごめんなさい。話の腰を折って、二時間おきに巡回をしなければ
   ならないので、十分程お時間下さい。ほんとうにすいません
福森 ああ、お気遣いなく、お待ちしていますから、どうぞ
上崎 では失礼します

   コールが鳴った部屋を含めて各部屋を見回り、利用者と小声で話
   をし、トイレの流す音が微かに聞こえる

福森 あれ?見知らぬ処で初対面の人とお茶して話し込んでいる私は   
   ・・・私は・・・ そう帰らなければいけないんだわ

   上崎席に戻り再び会話を始めようとすると

福森 すっかりお話に夢中になって、コーヒーとお菓子ありがとうござ
   いました。そろそろおいとましなければ・・・・
上崎 えぇ!いや、ほら外を見て下さい。真っ暗でしょう。車がないの
   で明日の朝一番にお送りするとお話をさせて頂きました。
   それで、今日はここで休みになって頂くという流れで・・・・・
   ええ、部屋もベッドも用意しております
福森 そうでしたか?(首を横に振って)いいえ、やっぱり帰ります
上崎 お部屋にご案内致します。どうぞこちらです
福森 だから、帰ると言っているじゃないですか
上崎 まあ、見るだけでも、すぐそこですから
福森 ・・・・・・じゃあ見るだけですよ
上崎 はい、行きましょう。(先に立って歩く)
福森 ・・・・・・(無言ながらついて行く)
上崎 (照明を点けて)はい、こちらです
福森 あっ、けっこう綺麗!
上崎 まあ、ホテル並みとは言いませんが、清潔に準備させて頂きまし 
   た。又着替え等も娘さんから預かっています
福森 用意周到ね。ここで一晩休めとどうしても仰る訳ですね・・・
  (深くため息をつく)
上崎 いつも何時頃お休みになるんですか?
福森 私、宵っ張りで、ラジオを聞いたりして、知らぬ間にうとうとし 
   て眠るというパターンで・・・一時頃かしら?
上崎 今、十一時前ですから、まだ宵の口ですね。珈琲もう一杯どうで
   すか?少し薄めにいれますから
福森 ありがとうございます。ではもう一杯
上崎 じゃあ、先程の席で待っていて下さい

   上崎キッチンへ
   福森席に戻り足を組み、考えている。立ち上がって窓から外の景
   色を眺め、リビングを思案下にゆっくりと歩き廻る
   程なく上崎テーブルに近づいてお盆の珈琲を机に置く

上崎 お待ち同様でした。どうぞ
福森 ありがとうございます。遠慮なく頂きます。これは、ストレート
   のモカですね。香りが甘い
上崎 まあ、寝る前ですから。え~と話が途中でしたね。それで、喫茶
   店の方は・・・
福森 娘達が三人でという話もありましたが、主人のいない店で働くの
   は辛くて・・・店を売りました。そして、私は小さい頃から叔母
   に書を学んでいましたから、書道の塾を自宅で、もう十年程にな
   りますかね
上崎 そうでしたか。大変でしたね
福森 いいえ、主人と二十五歳で結婚して、喫茶を始めた頃の苦労に比
   べればたいしたことありませんわ

   福森そっと両手を上崎の胸の前に差し出す

上崎 ・・・・・これは・・・どれだけ洗い物をしたらこのようになる
   のか想像もつきませんが、半端じゃなく頑張られたことはわかり
   ます。それにしても、この手はあんまりだ・・・

   上崎思わずその指に触れるが、福森はそのまま指を委ねる。
   光が二人の指に当たり、少しずつ光の輪が小さくなっていく、
   それに応じて・・・・

上崎 実は・・・僕も珈琲専門店で昔仕事をしていてことがあっ
   て・・・どれほど・・・・・・

   光は淡く閉じて・・・暫くして光の輪が次第に拡がっていく。
   リビングの窓が明るくなっていく。テーブルの上の珈琲カップが
   四つずつ並んでいる。

福森 ああ、朝になりましたね。朝の光は優しくて良いですね。一つお
   尋ねしたいことがあります。此処は、ほんとうにシェアハウス?
   お昼の時は、あなたがそう仰っていましたが、ほんとうは違うの
   でしょう?ほんとうのことを教えて下さい。此処は一体・・・
上崎 わかりました。ほんとうのことをお話いたします
   此処はリハビリセンターです。此処に居られる方は、少なからず
   心身の問題を抱えて居られます。そして、此処で共同生活を営む
   ことで、それぞれの個別の問題を、ある時は歌い、ある時は体操
   をしたり、散歩を楽しんだり、俳句を作ったり、絵を描いたり、
   料理をみんなで作ったりして、少しずつ問題を解決して行こうと
   いう訳です
福森 ふ~んそういうリハビリセンターなのね。他にもあるんですか?
   こんな処。でも、私は何の問題も抱えていませんよ
上崎 はい、それはよくわかっています。娘さん達は遠くに住まわれ
   て、お母様の日頃のことが心配なのです。それで、ここで書の講
   師として利用者さんのリハビリに寄与して頂き、その成果をより
   高める為に一緒に、此処で生活を共にして頂きたいという、そう
   いう願いから此処を探しあてられたのです
福森 望美と美香が、私のことを心配して、此処をさ・が・し・あ・ 
   て・た・・・そうでしたか
上崎 二人の娘さんの想いです
福森 (暫く考え込み)あの・・・
上崎 はい何か?
福森 さすがに眠たくなりましたので、お部屋に下がって休ませて頂き
   ます。よろしいでしょうか?
上崎 勿論ですとも。(立ち上がり再び部屋まで案内し)さあこちらで 
   す。ごゆっくり寝て下さいね。(お辞儀して扉を閉めながら)
   おやすみなさい

   上崎席に戻って、日誌を書き出す。微笑みながら、何度も何度も
   頷く

   暗転

シーン⑤「月光」十八時半『ミーティング』

   面談室
   登場人物:大塚・上崎・吉岡・山本・堂本
        安田・真澄・野山・舘川

   スタッフが所在なさげに倦むでいる 誰かを待っている

安田 施設長はまだですかね?
上崎 渋滞かも?電話しますね。(携帯を胸ポケットから出して)お疲
          れ様です。はい、上崎です。渋滞に巻き込まれましたか?十九時
   過ぎには帰れそうですか?わかりました。個別カンファを後にし
   て、クリスマス会の企画を先に話しています。
   お気をつけて・・・・(携帯を胸ポケットに戻して、スタッフを
   見渡して)お聞きの通りです。クリスマス会の方からいきましょ
   う。では、会議始めましょう。今日の議事進行の当番は吉岡さん
   記録・書記は野山さんです。よろしくお願いいたします
吉岡 はいよろしくお願いいたします。
   では十月七日のミーティング始めます。最初には十二月二十五
   日・日曜日のクリスマ ス会の企画会議となります。
   クリスマス会のプログラムですが、三年前より利用者・スタッフ
   が揃ってお芝居を共同制作して、家族さん及び地域の人々にも楽
   しんで頂くという趣旨で行っていると聞いております。
   舘川さん一回目の担当でしたね。私も含めて始めての方もいられ
   るので概要をお願いできませんか?
舘川 はい、わかりました。初回は「寛一・お宮」をベタなコント仕立
   てで、ただ衣装とメーキャップには凝って、しかもお宮は金髪青
   年安田君の女装でやりました。
   衣装は真澄さんのお母さんにお借りし、みんなで作りました
吉岡 はい、ありがとうございます
   では、二回目は野山さん担当でしたね。お願いします
野山 はい、二回目は「愛染かつら」を少しミュージカル仕立てで行い
   ました。舞台の下手で紙芝居を無声映画の弁士が語るように進行
   して、いくつかのエピソードを舞台中央でスタッフと利用者が、
   身振り手振りでお芝居をすると言うカタチでした。
   後、参加して作り上げているということを感じて頂ければと小道
   具造りや背景の貼り絵制作など、利用者さんの映像をバックに流
   しました
吉岡 はい、ありがとうございます。さて、その流れを組ながらの第三
   回目なんですが ・・・何かアイデアある方挙手してください。
   じゃあ時計回りに順番に舘川さんから・・・どうぞ・・・
舘川 私は、去年のがすごく面白かったので、題材だけを吟味して、昨
   年の方式?を踏襲すればいいかなあと思っています
野山 私は、もっと芝居らしい芝居に挑戦してみたらと思います
真澄 仮面舞踏会風晩餐会(食レクを中心にしたものです。)
山本 私は、真澄案に賛成
堂本 朗読劇・・・やっぱり賢治?
安田 映画、映画はどうですか?映画を撮りたいですね。勿論ドキュメ
   ンタリーでね
吉岡 はあい、ありがとうございます。では上崎さんどうぞ
上崎 私の意見を申し上げます。テーマから言えば、今年は自分史で行
   きたいと思います
堂本 自分史?
安田 誰の?
舘川 そんなの劇になるの?
真澄 クリスマス会のテーマとしてはどうかしら?
野山 一人だけフォーカスするの?

上崎 はい、今から理由を説明致します。
   理由は、久保さんです。ご承知のように一週間前の深夜、吐血さ
   れて緊急搬送されました。先程、施設長から電話を頂き進行性
   の胃癌で、既に他にも転移されている可能性が高くて、もしそう
   ならば余命半年だということです
舘川 ええ・・・信じられません!
安田 嘘でしょう・・・だってあの日・・・
吉岡 少し食が細ってきたなあと・・・
山本 セカンドオピニオンが必要!
上崎 静かにして下さい。詳細は施設長が帰られたら、詳しい説明があ
   ると思います。久保さんは十二月で喜寿になられます。
   普段から好き勝手を生きて来たからいつ逝ってもいいんだ。
   そろそろだとも冗談で仰っていました。ただ一つ、心残りがある
   とすれば、娘に謝りたい「これだけは・・・でもなあ・・・」と

   駐車所に車の止まる音がする

吉岡 ああ、帰られましたね

   吉岡がドアに向かい、開けると両手に大きなビニール袋を提げて
   スタッフ全員を睥睨するような眼差しで見詰めて、すぐに笑って 
   ・・・・・・

大塚 はい、お待ち同様夜食です。
   お寿司・おにぎり・パン・お茶・珈琲適当につまんで下さい

   各々、椅子から立ち上がり中身を吟味しながら手に取り席に戻る

大塚 みんな、食べながら聞いてちょうだい
   久保さん。癌で余命半年の宣告を受けたけど、これはあくまで最
   悪の話で、療養や治療によってはまた違ってくるそうです。
   ホスピスという選択もあります。また在宅の看取り医と二十四時
   間の訪問看護によって「月光」で看取るという選択もあります。
   二十年近く音信不通の娘さんがいますが、居場所はわかってい
   て、明日、手紙を書きます。娘さんの意向を一番に考えますが
   ・・・しばらくは今までと同様に月光で過ごし面倒を看る予定
   です。来週の金曜日に一端退院されて帰ってこられますので、皆
   さん宜しくお願いいたします。
   でクリスマス会の方はどうなりましたか?

   書記の野山が筆記したノートを大塚に見せる

大塚 (素早く読み込み・・・)なるほど・・・・自分史ね?主任、話の途
   中だったわね。 続けて下さい
上崎 では、続けます。今、施設長からお話があった娘さんをクリスマ
   ス会にお呼びして、久保さんの思いを実現させてあげたいのです 
   娘さんも父が逝くと言う話となれば、耳を傾けて頂けると思いま
   す。でも、ただの赦しを得る場にしたくないのです。娘さんに父
   の生き様を想いをほんとうにわかって頂きたいと考えています
野山 具体的にどうするんですか?
上崎 それを今から皆さんと話し合って、詰めていきたいと思いますが
   ・・・今年の四月から六月にかけて回想法をベースにした茶話会
   をしたことを覚えていますか?
安田 あれ、結構面白かったですね。一人が思い出を語ると、それに吊
   られてその当時 の想い出が甦り、連鎖反応起こして不思議な一
   体感が出てきて良かったですね
山本 話を引き出すスキルが必要ですね
上崎 いや、スキルもさることながら信頼感だと思いますし・・・その
   場の雰囲気も・ ・・
吉岡 上崎さんのなかではもう、大体出来上がっているのでは・・・違
   いますか?
上崎 八割方は、でも基本即興的な部分も多いので、そう簡単ではない
   と考えています
舘川 回想法をベースにして、インタビューでテーマに誘導していくと
   いうことですよね。
上崎 人生屏風という手法があります

   上崎立ち上がって白板の前に立つ

上崎 では、白板に書いていきますね。
   まず一つは、人生屏風(三メートル四方の和紙)を用意します
   二つ、インタビュー形式でスタッフの一人が久保さんに尋ねて 
   いきます。三つ、インタビューのコアになるのは、誕生・仕事の
   関わりの事情・結婚・家族の誕生・家族の崩壊・傷病による仕事
   への断念・一人暮らしで認知症に。市政のソーシャルワーカーの
   世話によりグループホームへの入居・現在に至る。
   これらをすべてではありませんが、キィになる処をお話に沿って
   和紙に絵を描いていきます。書いて頂くのは福森さんです。
   幸い福森さんは書だけでなく、絵も描かれます水墨画ですがあの
   力量があれば心配いらないと思います
舘川 なるほど、少しずつ見えてきましたね
上崎 はい、細部の問題を今から皆さんと話し合って詰めていきたいと
   思いますが・・ ・よろしいですか?
全員 勿論!

シーン⑥-1「月光」師走・二十五日・十五時『クリスマス会』

   登場人物
大塚遥夏 施設長 四十九歳
上崎静雄 主任 五十二歳
久保芳明 月光利用者 七十六歳
吉岡花梨 新任介護士 二十五歳
山本咲子 介護士 三十三歳
堂本和雄 介護士 五十一歳
安田浩二 介護士 二十歳
真澄裕子 介護士二十九歳
舘川太一 介護士六十歳
野山和子 介護士 四十一歳
福森望美 三十三歳・美香 三十一歳
福森愛(母)五十五歳(新規利用者)
神岡直子(音楽療法士)三十六歳
三岸結い 三十九歳
エキストラ 利用者達・地域の人達・ボランティアの人達

   月光のリビングルーム(いつものテーブルは外に出されて三分の
   一が客席となり利用者やその家族及び地域の人達が着席している
   中央には柊模様の赤と緑のカーテンが引かれている
   そのカーテンの前に施設長の大塚が下手よりと登場する

大塚 皆様お待たせしました。それでは本日のクリスマス会の最終プロ
   グラムです
  「久保芳明 我が人生を振りさけみれば・・・」です

   大塚一礼をして拍手をしながら、下手に消える。同時にカーテン
   が開くと、中央に小さな丸い白のテーブルと肘掛けのあるゆった
   りした椅子とオブジェ的な大木の椅子がある。上手に三メートル
   四方の和紙にスッポトライトがあたり、その横に福森が白足袋紋
   付き袴を穿いて控えている。その横に上崎が黒子の衣装で福森と
   吉岡にサインとポイントを教えられる体勢で身を潜めている。
   野山は観客最前列の利用者さん七人の見守りの為に同列の端で
   待機している
   下手にも三メートル足らず小さな空間が確保されている
   インタビュー役の吉岡が下手から、久保が杖をつきながら上手よ
   り現れる。二人それぞれの席に着く

吉岡 皆さんこんにちは。久保さんよろしくお願いいたします。
   体調は如何ですか?
久保 ああ、はいおかげさまで・・・大分楽になりました。今日は宜し
   くお願いします(軽くお辞儀をする)
吉岡 今日は久保さんに、久保さんの人生そのものを誕生から今日まで
   を色々とお聞き し辿りながら、それを一つの絵図として描き、
   またエピソードの幾つかは即興で演じるという枠組みで進めてい
   きます。
   初めての試みの上、まだ半年にも満たない私がインタビュー役を
   仰せつかって、緊張しています。ほんとうによろしくお願いいた
   します。
   では、進めて参りますね。最初にお生まれは何処ですか?
久保 儂は、いや私の田舎は三重県、伊勢市。明星という処で生まれま
   した。家は農家 で三人兄妹の長男でした。野良仕事が嫌だと言
   ったら親父が「それも、いいだろう」と言って中学校を卒業した
   ら、すぐに奉公に出されました。遠い親戚が宮大工で、手に職を 
           つければ一生困らんぞと・・・嫌もこうもなく連れていかれまし
   た
吉岡 それは大変でしたね。まだ十六歳ですよね。宮大工の奉公なん
   て・・・でも頑張って宮大工になられたんですね
久保 いや、そうはいかなかったんだな。修行はね、十年間は一緒に共
   同生活で学ぶと言うカタチで、私にはそれが馴染めなかった。
   たった三年で尻をわってしまった。
   しかも、当時一番よく面倒をみて貰った兄弟子の婚約者と出来て
   しまう
吉岡 ええ!それは・・・一寸・・・略奪婚あるいは駆け落ち?

   上崎より相手の話に批評的コメントを入れないとサインがでる

吉岡 ごめんなさい。余計なことを言ってしまって・・・
久保 (右手を振って、笑って)縁だよ。成り行きだよ若かっただけの
   ことだ。女房もね
吉岡 はい、それでどうされたんですか?

   中央の淡い光がゆっくり消えて下手に、燿子役真澄・久保役安田
   がもつれるよう にして登場する

シーン⑥-2「月光」師走・二十五日・十五時『クリスマス会』

   回想劇Ⅰ 妻燿子と駆け落ちの段

燿子 痛い、手を離して! 何処へ連れて行く気?
久保 (手を離して)何処って、此処にはもう二人はおれないだろう?
燿子 ・・・ふっう・・・それはそうね。どうしちまったんだろうね私
   達・・・あんたは宮大工の職を棒に振り、私は・・・ただの賄い
   だから・・・でも私は・・・私達はなんだろうね?
久保 縁だよ・・・縁・・・縁。兄さんには悪いことをしてしまった。
   でも、一言も俺を責めなかった。その方が倍辛いけどなあ
燿子 そういう人よ。ほんとうにいい人よ。きっとあんたより
久保 俺はさ、二十歳になったんだ・・・あの日。なんか祭りのあの日
   輝きたかったんだ。朝から花火が夏空に弾けていた。そしてお前
  も俺が初めて会った時からずっと俺が思っていたことを感じていた
  んだろう。だから・・・だから・・・
燿子 あの人は生真面目一本、あのまま一生と考えると、私は相応しく
   ないと思っていたの、あんたも真面目だけど、あんたは不器用だ
   からさあ・・・
久保 当座のお金は幾らかある。西の大阪か、東の名古屋か決めてくれ
   ないか?
燿子 私が決めるの? 
  
   間   

耀子 駅に着いたら一番に出発する電車に乗りましょう
久保 なるほどそれはいい・・・それはいい。じゃあ急ごう
久保、燿子の手を軽く握り、二人は下手に捌ける

   光が再び中央の二人に

久保(感慨深げに、頷きながら)電車は大阪行きだった。棟梁にはお
   詫びの置き手紙を残していった。何か言われる前にそこを去り
   たかった。二人で大阪へ。先は見えなくても、心は歓びで満ち
   ていた・・・
吉岡 お二人の物語の始まりはそこからですね
久保 大阪へ着いて、三月程で唐木工芸の小さな会社に落着いた。
   そして三年長女結いが生まれて家族三人の生活が始まる・・・
   私の人生で一番良い季節だった
吉岡 お子さんは、お一人だけでしたね。
久保 難産で、もう二人目は無理みたいに医者は言っていたな・・・男
   の子が欲しかったが、生まれたら、そんなことはどうでも良くな
   った
吉岡 娘さんはどんなお子さんでしたか?
久保 人見知りがひどくて家の中で遊ぶことが多かったが。お母さんと
   一緒で負けず嫌いでね。絵を描くのが好きでね。画用紙に色鉛筆
   に水彩絵の具やすぐに無くなってしまって往生したよ。やがて、
   高校を卒業するとデザイン学校に行くのだがね・・・ ・・・
吉岡 楽しみでしたね。お子さんがどんな風に成長して、何を目指す
   か・・・
久保 ・・・・・(少し考えて)吉岡さんよ、あんたさ、大役を仰せつ
   かってずっと緊張して、ずっと差し障りのない相槌打ってさ、そ
   れでいいのかい。こんな何処にでもある三文劇の物語、聴いてい
   る皆さんだって退屈だと思うがなぁ何か企んでいるんだろう。
   みんなで組んで・・・
吉岡 企むなんて・・・何もありませんよ。クリスマス会の恒例のお芝
   居のひとつです。先程の燿子さんとの駆け落ちの段、よく出来て
   いたでしょう。これからもっと盛り上がります。久保さんの話の
   加減は関係なしです。ほら、後ろを振り返って下さい。
   久保さんの人生を福森さんが見事な人生屏風として書いていて下
   さっています。

   久保ゆっくりと後ろを振り返る。それに合わせて、人生屏風は
   灯りで映える

   人生屏風 その一

芳明の誕生~野良仕事を手伝っている少年~手ぬぐいで鉢巻きをして鉋で木を剥く姿~朝焼けの電車に乗っている二人~燿子に抱かれ結いが産着に包まれている~絵を夢中に描いている幼い結い~三人で海辺でのショット~屏風絵は、話の進展とともにコアなエピソードを添えて描かれていく

   上崎が久保に頭を縦に振る

久保 これは失礼した・・・じゃ続けようか・・・
吉岡 はい、続きをお願いします

   ゆっくりと中央の光が消えて、下手に灯りが広がる

シーン⑥-3「月光」師走・二十五日・十五時『クリスマス会』

   回想劇Ⅱ 結い六歳の誕生日前夜
   久保役(堂本)燿子役(山本)

   丸い卓袱台と座布団の上に座って二人がにこやかにしている

燿子 明日は結いの六歳の誕生日ですね
久保 ああ、そうだ。もう六年が過ぎたんだなぁ
燿子 季節の過ぎるのが早すぎるって感じません
久保 確かに、それはあるなぁ。でも子供が元気に育っていくのはとて
   もいい。そう想わないかい?
燿子 はい想います、ところで結いのプレゼント何か考えていますの?
久保 それなんだがね・・・実は最近、仕入れ先のオルゴール屋さんと
   懇意になってね 唐木の切り落とした端材をアクセントにして埋
   め込んだオルゴール箱を、寄木細工の新しい形で作れないかとい
   う依頼があったんだ
燿子 へぇ、それは楽しそうじゃない
久保 そうなんだ。それで、試作品第一号なんだが・・・
   これどうだろう?ちょっと待ってくれ

   久保箪笥から緑と赤の鮮やかな布に包んだモノを燿子に渡す

燿子 (包みを解く)あっ、結いの文字が埋め込んである。

   蓋を開けると「四季の歌」のメロディーが流れる。
   ほぼ同時に、客席の最前列の月光の利用者達が立ち上がる。
   下手に音楽療法士の神岡直子が指揮を執り、舞台の袖には手話通
   訳者が歌詞を伝える。野山のオルガン演奏に合わせて「四季の
   歌」をみんなで合唱する。
   やがて演奏がゆっくりフェイドアウトする。
   利用者着席して再び中央に光。オルゴールはまだメロディーを奏
   でている

燿子 この曲は・・・
久保 そう、俺達が初めて大阪に着いた時、喫茶店で流れていた曲だ
燿子 私達にとってはとっても良いけど、子供の結いにはどうかな?
久保 うん、そこなんだが・・・子供はどんどん大きくなる大きくなっ
   ても聴ける曲でいいんじゃないかと思うんだけど・・・
燿子 なるほどそうね、それになんと言っても二人の想い出の曲だか
   ら・・・
久保 これでいいだろう。結いへのプレゼントはこれで・・・
燿子 ええ、ご苦労様。この歌、歌詞が良いわね。私も好き。この曲を
   聴きながらどん な子に育っていき、どんな人生を送るんだろう
   ね。私達みたいなことは無しね
久保 まだこだわっているのか?だがそんなにひどいことかな?
   俺はただお前を愛しただけだ。一緒になれてほんとうに良かった
   今は、生きていることにすべて感謝が出来る
燿子 あんたは変に宗教ぽぃ処があるわ
久保 宮大工ってのは、言ってみりゃ神に仕える仕事なんだ。そういう
   想いを持つのが 自然じゃないか?
燿子 でも、その契りを私が・・・・・・
久保 ・・・・・お前に初めて会った時、俺は感じたんだ。生涯の伴侶
   はお前だと、お前しかいないと確信した。だから、もうこのこと
   は話題にしないと約束してくれ・・ ・お願いだ
燿子 私が言いたいことはそうじゃなく・・・・・・そうじゃなくて 
   ・・・でもわかったわ、もう決して言いません。私も幸せよ

   オルゴールの音色が終わり、再び下手 暗転

   中央に灯り

吉岡 燿子さんは、最初だけで後は働きに出なくても大丈夫だったんで
   しょう?
久保 ああ、最初の十年程はなぁ
吉岡 じゃあ、三十二~三歳に何かあったんですか?
久保 唐木家具の品物は重くてなぁ、或日運搬中の事故で左手を痛めて
   しまった。ほっておいたら、腕が肩より上がらなくなるわ、指先
   が震えるわで・・・いきなり使いモノにならなくなってしまった
   つまり、今までの半分しか稼げなくなった。それで、十年楽させ
   て貰ったんだから、今度は私が働くわ・・・てねぇ、南の飲食店
   で働くようになったんだ
吉岡 とてもよく出来た奥さんですね
久保 燿子の稼ぎ、と内職の寄木細工とでなんとか凌いでいたんだがね
吉岡 結いちゃんは何歳に・・・
久保 結いが十九歳の夏、燿子にとっては悪夢のような一日が待ち受け
   ていたんだなぁ
   話はこうだ・・・燿子の勤める飲食店は南のターミナルの駅に近
   い処で、結構繁盛していて忙しい店なんだが、そこにひょっこり
   と昔の同僚の谷口って婆さんが客として来たんだよ
吉岡 恐喝でもされたんですか?
久保 金で済むなら安いことだが・・・そうじゃなく兄弟子の誠二さん
   のことを聞かされた
吉岡 誠二さんはどうされたんですか?
久保 兄貴は、独り身を通して生きていたんだ
吉岡 ・・・・・・
久保 燿子も俺も他のいい人と幸せになっていると勝手に思い込んでい
   たんだが、誠二さんは、やっぱり傷ついていたんだなぁ
   燿子はそれを知って深い罪の意識を持ってしまったんだ。因果応
   報、禍福は糾える縄のごとし・・・だったけ・・・何を言っても  
   始まらないが・・・
   最初は自分を責めた。次には俺を責めた。そしてまた自分を責め
   る頃には、精神を病むでしまった。結いはもうすぐ二十歳で多感
   な難しい季節にいる。働くこともままならない、毎日毎日燿子の
   愚痴を非難を聞いてあげてはいたんだが・・・ついに一線を超え
   てしまうことになる
吉岡 一線を越える?
久保 自傷行為に走るようになった。あれは止まらないんだなぁ。
   もう、家で看るのは無理だと想った。でも結いは違っていた。
   私達家族が支えなきゃいけないでしょう・・・赤の他人がわかる
   もんですかってな・・・確かに一理ある、結いの気持ちもよくわ
   かる・・・だがもう儂の心が限界だった
吉岡 決断されたんですね。仕方なく・・・
久保 その通りだ。病院に入れた・・・・・・しかし間違いだった。
   悔やんでも悔やみきれぬ
吉岡 何があったんです。病院で?
久保 信じられない形で燿子が逝った。
   儂はほんとうに呆けてしまったよよよ。そして、結い迄が家を出
   て行くと・・・(水を飲んで一息入れる)もう、いいだろう。
   この話はこれ以上したくない。(頭を抱え込んで)勝手に想像し
   て頂いて結構だ
吉岡 ごめんなさい。お疲れになりましたね。少し休みましょうか?
久保 ああ、少し休ませてくれ
吉岡 はい、それでは、只今から十分程休息と致します

   人生屏風 その二(一より続く)
   六歳の誕生日~事故で腕を負傷~燿子働きに出る~運命の悪戯~
   燿子心を病む~久保の葛藤~家族はバラバラになる

   この間、上崎は久保を落ちつかせる為に話をする

   野山・真澄・堂本は利用者のトイレ誘導などをする
   十分後再開、中央の淡い灯りがゆっくり消えて下手に灯り

シーン⑥-4「月光」師走・二十五日・十五時『クリスマス会』

回想劇Ⅲ 父一人となる・結いの旅立ち
     父(舘川)結い(吉岡)

   リュックと旅行鞄に身の回りの物を詰め込んでいる結い
   それをなすすべもなくジッと視ている久保

久保 どうしても行くのか?
結い ・・・・・・
久保 確かに儂が間違っていた。だが、だがな・・・・・
結い ちゃんとお母さんのこと、お父さんは私に教えてくれなかった。
   でも、大体わかるの・・・二人が言い合っていたのを聞いたし、
   お母さんの夜ごとの独語でね・・・ わかるのよ。
   お母さんが何に苦しんでいたのか
久保 そうだったのか
結い お父さんはよく頑張っていたと思う。でもね・・・
   一番助けてあげなきゃいけない時に、あなたはよりよって一番安
   易な選択をしたのよ 最低な選択をね
久保 見捨てた訳じゃない。一時的に預けないと共倒れになると言われ
   て・・・それも ありかなと・・・疲れ切った心が囁いたんだ。
  「もう、いいよ」って
結い (呆れた顔をして)「もう、いいよ」か、良い言葉ね。
   その言葉頂くわ、お父さん、長い間ありがとうございました。
   ほんとうにありがとう。でも「もう、いいよ」
   私、一人で生きてみる。どうなるかわからないけど・・・お父さ
   んが決断した歳に、私もなったのよ。
  「ワタシは、二十歳だ。でもそれが人生で一番美しい歳だなんてワ 
   タシは誰にも言わせない」って確かある小説の言葉だけど・・・
   躰の不自由あなたを残していく私も薄情な娘だけど・・・ああ、
   いつかお父さんを許せたら戻るかもしれないけれど・・・躰大事
   にねじゃぁ・・・(深々と頭を垂れて去って行く結い)
久保 (何度も頷きながら)自分で巻いた種だ・・・だから仕方ないよ
   なぁ・・・

  久保も下手に去り再び中央に灯り。
  少し間をおいて吉岡インタビュー席に戻り久保本人に尋ねる

吉岡 それから色々あって、この「月光」に来られたのですね
久保 そうだ。気がついたら此処に居る・・・此処が儂の居場所。
   此処だけが儂の・・ ・
吉岡 久保さん、どうですか、最後の劇はご自身で演じてみませんか?
久保 どういうことだ?
吉岡 お相手役をお連れしました。(客席に向かって合図をする吉岡)
   結いさん、どうぞこちらへ 

   小箱を抱えて客席から結いが立ち上がりゆっくりと父の方に向か
   って歩く 途中より小箱の蓋を開ける・・・オルゴールの音色
   「四季の歌」が鳴り響く中、結いと父が向かい合う

久保 (少し狼狽えて)結い、結いだと・・・(結いに背中を向ける)
結い (その背中に駆け寄って)お父さん、随分痩せてしまって・・・
   御免なさい
久保 お前の顔をちゃんと視るのが辛いから後ろを向いて話すことを許
   してくれ。それで、お前は立派に生きて来たか?
結い 立派かどうかはわかりませんが・・・人様に迷惑はかけてはいま
   せん。
   私は、看護師になり病院ではなくケアハウスで働いています
久保 そうか、看護師か・・・儂はてっきり・・・お母さんのことを引
   きずってか?
結い それも少しはあるわ、でも私はやはり人の為に何かをしたいんで
   す
久保 ・・・それは又・・・
結い このことはね、言葉で語ると全部嘘になるの。だから人の為に何
   か・・・これだ けで充分だと思うんだ
久保 うん、そうだな。その言葉にお前の生き様のすべてがかかってい
   るなら、それが一番良いということだ。儂はお前に赦しを得たい
   という想いでずっと苦しんでいた・・・お父さんはなんだ、呆け
   てしまった上に、どうも癌らしい
結い お父さん・・・
久保 今日、こうして自分の生き様を話して、劇にして、絵にして頂き
   自分がどんな想いで生きて来たのかがよくわかった。こんな生き
           方しかできなかったが・・・これより他の人生を選べたかと言え
           ば・・・いいやこれで良かった・・・お母さんのことも含めてこ
          れで・・・な  この人生で出会った皆さんに感謝
結い お父さん、こっちを向いて・・・お願い

   久保ゆっくり振り向き結いを見詰めて、二人抱き合う

   中央灯りがほのかとなり、上手の人生屏風に灯りが集中する
   藤森が懸命になって筆を動かしている

人生屏風 その三
   燿子の死~結いの旅立ち~父は流れ流れて「月光」へ~
   クリスマス会~結いとの再会そして和解

   どこからともなく拍手が湧き上がり、次第に大きくなる
   それを潮に大塚が下手より登場

大塚 はい、みなさんありがとうございます。「久保芳明 我が人生を
   振りさけみれば・・・」は ご満足して頂けたと存じます。
   改めて右側をご覧下さい。人生屏風の完成です。
   この劇の最初から人生屏風を一人で書き上げて頂いた福森愛さん
   に皆さん拍手をお願いします

   再び、拍手の渦鳴り止まず。それを遮るように大塚両手を広げて
   止めて・・・

大塚 福森さん一言お願いします
福森 はい、無我夢中、力一杯やらせて頂きました。お二人のお役に立
   てたなら幸せです。こういう場を提供していただいて、ほんとう
   にありがとうございました
大塚 それでは、ファイナルプログラム恒例の「歓びの歌」をみなさん
   と一緒に歌って クリスマス会を幕にしたいと思います。
   神岡先生そして野山さんオルガン演奏を宜しくお願いします
神岡 はい、わかりました。皆さんお配りした歌詞ノートを見てついて
   きて下さいね
   では、いきますよ!

   神岡の指揮に合わせてオルガンが鳴り響き全員で歓びの歌を合唱

「フロイデ、シェーナー、ゲッターフンケン
トホター アウス エリージウム
ヴィアー ベトレーテン フォイアートゥルンケン
ヒンムリッシェ ダイン ハイリッヒトゥム
ダイネ ツァウバー ビンデン ヴィーダー
ヴァス ディー モーデ ストレング ゲタイルト
アッレ メンシェン ヴェァデン ブリュダー
ヴォー ダイン ザンフター フリューゲル ヴァイルト
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歌が続いていく中、しだいに舞台全体の灯りが細くなりフェイドアウト
      
              幕

※1「よろこびの歌」
晴れたる青空 ただよう雲よ
小鳥は歌えり 林に森に
こころはほがらか よろこびみちて
見かわす われらの明るき笑顔
花さく丘べに いこえる友よ
吹く風さわやか みなぎるひざし
こころは楽しく しあわせあふれ
ひびくは われらのよろこびの歌
※岩佐東一郎作詞・ベートーベン作曲 文部省唱歌

※2「四季の歌」

一 春を愛する人は 心清き人
 すみれの花のような ぼくの友だち

二 夏を愛する人は 心強き人
  岩をくだく波のような ぼくの父親

三 秋を愛する人は 心深き人
  愛を語るハイネのような ぼくの恋人

四 冬を愛する人は 心広き人
  根雪をとかす大地のような ぼくの母親

   昭和五十一年  荒木とよひさ作詞・作曲

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