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長編小説 『蓮 月』 その二十一

 静一は、自宅に帰って、引き継ぎが必要なクライアントに仕事上・人間的付き合いが一番相性が合いそうな組み合わせを、地理的なことも、各企画・デザイン事務所の得意な分野なども考慮して、割り当て表?を創り、十月以降京都を中心にした仕事を行う予定なのでそれを機に、京都に事務所を移転するのでという理由で挨拶状を書いた。
そうして、先ずは各事務所の承諾を得て、その上で電話ではなんなので、菓子折を持って事情を説明して、引き受け先用意の事務所の案内をさせて頂いた。
一つ返事で、縁が切れる訳じゃなければそれでも結構と快諾を頂いたクライアントもあれば、頑なに「其れは困る」と言って、時間が掛かったクライアントもあったが、概ね、紹介した事務所のスタンスと実績が優れていたので、数社はほどなくこの話を受け入れて頂いたので、ほっとした。

 一段落して、改めて<禊ぎ>そのものの本質を考えた。
小林宮司は、最後にこのような言葉を残してくれた、
『繰り返しになるが今まで夢で告げられていたものはすべて二人のこゝろの隙間に<魔>が入り込んで、二人の魂を生け贄として喰らわんとする邪悪で狡猾な<魔>の計略に、まんまと嵌められてしもうたぁ・・・それは二人があまりにも霊的に敏感であるからであるが、それだけでもない・・・過去生の因果を昇華するには、日々の行いと感謝がすべてじゃ。幸いお二人はこゝろ根が清い、禊ぎにて浄められれば<魔>は消えてなくなる筈じゃ』その言葉を噛みしめながら・・・果たして行為と感謝それだけでほんとうに良いのだろうか?という気持ちも浮かんだが、宮司に対する畏敬の念と禊ぎの力が確実に通奏低音としてこゝろ根に響いていて・・・其れは次第に消えていった。自分の言葉で世界を捉え、世界に対峙しなければならない。あくまで、宮司の言葉は水先案内の言葉だと思い・・・もっと自分自身の生き様に根ざした言葉で生きなければならない。其れには日々精進・・・これからの唯との結びでさらに精神を磨こうと決意した。

 唯は、造形の終わった作品を車に積んで信楽に着いたた。個展を視に来てくれてファンになってもらって、信楽焼の陶芸品を創っていますという上田知美と一緒に野焼きの準備で一緒に野山に分け入り、よく乾燥した枯れ木、枯れ草、薪などを集めた。今回でまだ三回目だが、野焼きはその手順や手間が一つ一つ楽しくて、三メートル四方に敷き詰めた煉瓦の上に、囲いをつけた空間に、作品を程よい間隔を空けて置いていった。その上に藁をまず置き、枯れ草、枯れ木、薪などを隙間も考慮して積み上げ、小さな火を付ける・・・そして、焼成温度を測りながら進めていく。焚き火みたいに最初は感じた唯だが、焔はとっても強く数百度以上の熱さをもって作品に息吹を与えるのが、とても物語的で、その叙情を自然のなかでなりゆく様が、とても好きになったのだった。
焼成した作品は、荒々しさと、自然が織りなす文様と何故か縄文土器のような風合いをもたらして出来上がる。それぞれの焼き上がりに、釉薬との対比を考えながら創ってゆく、その過程が、唯をいつも夢中にさせるのだった。丸一日を置いて、釉薬を塗り、翌々日に塗った作品を再度焼成するのだが、上田家は信楽焼を創って販売しているので、大きな連房式の登窯があった。その一室を借りて一緒に焼いて頂くのだった。自宅の電気釜では絶対に得られない風合いと紋様をもって作品が出来上がった。

 一週間が経っていた。唯は良い作品が出来上がり、こゝろが落ち着いたので、静一に電話掛けたくなり、上田家の客間から二十一時に連絡した。まるで、待っていたかのように直ぐに静一の声がした。「やぁ、お疲れ様・・・一段落しましたか?」「はい、作品出来上がりましたよ。自分で言うのもなんだけど、素晴らしい出来映えです!」「其れは、何より、有頂天だね?」「ほんま、そうどすわ、あんさんの仕事の方はどうですか?」「うん、ほぼうまく行けています」「お互い、良かったね」「はい・・・・・・」「・・・・・・・」間があいた。
「十八日だけど・・・」「はい・・・」「知っていると思うけど、この月の満月は「ハーヴェストムーン」と言って、つまり収穫月と言われていてね・・・また前日は中秋の名月を迎えていて、正しくムーンディ何だけど・・・何かしたいことある?」
「そうどすなぁ、禊ぎの前は、朝に日輪観をしたので、もう一つの泉で月輪観をとも考えていたのですけど、禊ぎの後では、しない方がいいように感じて・・・他に何か月を愛でることを考えてほしいと思っておりますんや」「そうか、わかった、十分後にこちらから掛けるから、時間を頂戴」「ええ、たった十分でですか?さては、なんか考えたはったっんとちゃいますか?」「いや、白紙だよ・・・多分」唯は思いっきり笑った「ほんなら、その多分をお待ちします。では切りますね」

十分後、静一から電話を掛けた。「前から、聞こうと思っていたんだけど・・・」「何でしょう?」「『蓮 月』という雅号はどうして選んだの?」「時々、聞かれますけど、蓮が好きで月も好きで、それでだけですと煙に巻いていたんやけど・・・静一さんにはちゃんと話しますね」「ありがとう、ゆっくりでいいからね」「はい、小さい頃、父に連れられて、朝早く蓮の海と言っていいくらい大きな蓮池に行ったの・・・蓮の華が次々に花開いていくのがとても美しくて感激したの。そしてその日の夜、満月ではなく弓張月という口承がぴったりの夜に、仄かな月の光であるにも関わらず、私は真っ白な蓮が月の光に照らされてゆっくりと華開き桃紅色に輝く華弁が現れるという夢を視たの・・・その時の印象が深くて、雅号は迷うことなく『蓮 月』にしたの・・・初めての作品が十八歳の初夏だったと思う」「ふ~ん、唯はそんな小さい頃から夢を視ていたんだ。しかも覚えている・・・すごいよ」
「どうだか? でもあなたと一緒で夢は良く視るわ」
「改めて二人の出逢いを考えると・・・僕達は夢のキャッチボールをしながら絆を深めて来たんだ。そして、その絆を純粋化するために、二人は迷子になっていた。そして唯が水平線から昇る光を受けて、言葉にならぬ神璽を受けて、縁が禊ぎを呼び寄せて、僕は、初音さんの後押しで、白山まで行くことになり、禊ぎという恩恵を受けた。しかも迷い無く唯を愛するという結びが出来た。ほんとうは、唯の夢の力の御陰かも知れないね」「そこまで言われると・・・叶わんわ」「肝心な処を京都弁で誤魔化すのはずるい」「阿呆やな、誤魔化してるんとちゃう・・・恥ずかしいからや」「あぁ、それは御免なさい」二人は同時に笑った。笑いが収まり、静一が提案した。「十八日の過ごし方だけど・・・いいかな「どうぞ、お願いします」「唯の体験した夢を一つの絵として共作しないかい?」「共作?」「確か、唯は日本画も少し習っていたはず・・・だから、大判の越前和紙に唯が蓮を描き、僕が弓張り月を描く・・・それを月が映る二階の露台の硝子窓に天井から吊り下げる。
そうすると、望月の光が和紙を透いて月と蓮に降り注ぐ。その只中で唯と結ばれたい」
「おおきに、おおきに・・・とてもわくわくします。楽しみどすなぁ」「じゃぁ、和紙は和紙問屋に注文をかけて、前日必着で手配するので・・・」「はい、筆と顔彩他は私に任せて下さい、用意します」
「じゃぁ、十八日お昼のお弁当と錦市場で旬のものを調達してお持ちします」「そしたら、北山駅のターミナルに車でお迎えに行きます」
「ありがとう、助かります」「じゃぁ、今夜はこれで、細かいことに気がついたら後はメールでやり取りしましょう」「では、お休みなさい」「はい、お休みなさい」
                         最終章に続く

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