*同時刻 Ⅰ 夜
アナログの古い置き時計を弘法市で衝動買いをした。それからの毎日は何故か豊かな気持ちで日々を過ごすことが出来るようになった。
ほんとうに不思議だ・・・多分、時間が直線的に過ぎていくのではなくて・・・垂直的に螺旋状に渦巻く煙のようにというか・・・この今という今のこの一時に重ね合わされる同時刻に世界は様々な物語を用意している。そのように感じられるのが不思議だった。
▽同時刻:コンビニ書店の販売員田所はクレーマーの顧客の対応に腹の
中でルサンチマンをぶちまけていて、自分の顔が歪んでいな
いかとトイレで確認している。
▼同時刻:新幹線の清掃バイトの柏木はペアの木元と相性が悪い。
木元は手を抜く技を持っているが柏木はそれが出来ない。
羨望と嫉妬と訳のわからない怒りを隠して「次の車両、先に
行くよ」と小声で 伝えて操車所を歩く・・・・・・歩きな
がら外を視ると・・・煙が燻ることなく一直に空へ昇って
いく銭湯の煙突がモノリスのように屹立するのがとても美 し
く感じて相方のことを許そうと思った
▽同時刻:高速道路の路肩に車を止めて、女がげぇげぇと吐いていて、
車の中の男は顔を顰めて、何故かラジオから流れる古い歌謡
曲の詩に気を取られている。
その横を高速で走り去る車のテールランプの赤が鬱陶しい。
▼同時刻:とある真言宗の僧坊では眠りにつけぬ若輩の修行僧が、天井
の木目を視詰めて曼荼羅を独自に組み直せないかと思案して
いる。
▽同時刻:オールナイト興行「ゴダールの光と影」オープニングは勿論
「勝手にしやがれ」ワァンワァンワァンと響き渡る拍手とと
も にファーストシーンが映し出だされる。
ベルモンドの悪(わる)はオシャレで優しい。
光と闇の中で映し出される数々のイマージュが、現実のことのように生き返る観客は意味を求めるがそれをあざ笑うかのように逆しまなリアルの花が咲き誇りそのことを非意味として結晶化する。
▼同時刻:認知症ケアのグループホーム「憩いの街」の103号室の合
田さんが部屋から出てきて玄関に通じるドアをドンドンと
叩いている。
夜勤の山本さんは落ち着いて声かけをする
「合田さん、朝の散歩にはまだ早いわよ」
「おや、そうかい・・・だって外が明るいよ」
「ああ、ほんとうだ!」
「どうしたんだろうね?」
窓から外を眺める山本
「わかったわ。お隣の高層マンションの常夜灯が今日は消す
のを忘れている んだわ」
「なんだい、馬鹿にして・・・」
「怒らない、怒らない・・・さあもう一度寝ましょうね」
「はい、はい」
素直に部屋に戻り合田さんは畳の間の小さなベッドに
眠りに入る
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