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長編小説 『蓮 月』 その十四

  再びニューヨーク三日目

 午前から十五時迄は、昨日と同じで、馴染みのギャラリー巡りと、新しく出来たギャラリーや個展などを見て回った。遅くなったお昼ご飯は、日本人が営む和食店で天ざる蕎麦定食を注文して、食べながら明日の清水滋郎氏を如何に説得するかの話になった。
 静一は、「プランは一本ですが、これで駄目なら切り口を変えて、その翌日にもう一度チャンスを頂きたいと考えていますが・・・本氏にまだお目にかかっていないので、彼の人となりを視て最上のプランを提案しますので、詳細は今お話し出来ません」と婉曲的な言い回しで百合を視た。百合は鋭い眼差しで静一を視つめ・・・「わかったわ、多分事前に私が知ると、私が的を外れたサポートをするかも知れないし、その方が今晩ぐっすり眠れていいわ・・・お任せするわ・・・でも、絶対に落としてね!」
静一は力強く「はい、大丈夫です」と言い切った。
「で、今日のスケージュルは後、ソーホーの老舗ギャラリーに行くだけよ・・・それが終わったらどうする?」「出立前は、芝居や映画や美術館をと想っていたのですが・・・部屋に帰って、もう一度プランを整理をしたいと考えています」「そうじゃ私は、美術館を視て周って帰るわ
。さあ、後一軒頑張りましょう!」

 そのギャラリーはアンディ・ウォーホルの回顧展を開催しており、シルクスクリーンの作品ではなく、ウォーホルの映画『チェルシーガールズ』を中心に彼の映画作品を様々な切り口で視覚化していたが、1日1回だけ午後一時から上映していた。三時間を超す作品なので、二人がギャラリーに着いた時には、ラスト前のシーンが映されていた。
ダブルスクリーンは静一に鮮烈な印象を与えた。この映画のように二人の夢をダブルスクリーンで視たらどうだろうか?と考えてしまった。
夢は思い出だけで再現されるが、細部のデーティルはいつも靄がかかっていて明確ではない。二人の夢に何か見落としがないか・・・などとあれこれ考え続ける静一だった。

 上映が終わり、オーナーとの歓談になった。オーナーは女性でかなり高齢と思われたが・・・『オール・アバウト・マイ・マザー』のウマにそっくりな女性で驚いた。
非常に繊細なオーナーで、ウォーホルを始め、様々なドキュメンタリー作家(フレデリック・ワイズマン監督やジガ・ヴェルトフ 監督)の話をされていたが、あまりにも専門的で、静一の語学力では荷が重すぎた。やっと映画から離れて現在のアートシーンに話が映り、百合はここでは色々と意見を述べていた。だが静一は、既に集中力が途切れて、とりとめのなくなり・・・再び唯と視た映画『パッション・プレイ』のラストシーンを思い浮かべちょっぴり涙ぐむ羽目になった。不意に「ミスター静一」と呼ばれ「私の話は退屈ですか?」と問われた。静一は咄嗟に映画の事を話すことにした「いや、あなたがあまりにも、『オール・アバウト・マイ・マザー』のウマによく似てらっしゃるので、映画のあるシーンを思い出していたんですよ」と応えた。オーナーは快活に大笑いをして「ミスターはなかなかユーモアのある人だ。だけど私はレズではありませんよ」と言われて三人で笑った。」

 百合は、やっぱりタイムズスクエアに行って、色々視たいと言ってタクシーに乗った。
静一は、それほどの距離でもないのでホテルまで歩くことにした。その途中、ビルの谷間に教会があった。セント・パトリック大聖堂は九千本のパイプオルガンで有名だったことを想いだし、それを視ながらバッハの小フーガーの演奏を頭に浮かべたくなった。手荷物検査を受けて中に入った。中程に進むと煌びやかなステンドグラスに釘付けになった。
キリストの降誕シーンだが、周りの人達が祝福しているその構図に・・
・・・・唯も多くの人達から祝福される結びであり誕生であらねばならないと深く決意した。なんとなく椅子に座り頭を垂れた。
四半時こゝろを無にして祈った。

  唯 新潟港に着く・・・そして金沢へ
 タクシーでJRの新潟駅まで行き、京都へ帰る電車を探したがいずれも時間が掛かりすぎるので止む無く駅前のホテルに泊まり、朝一の新幹線で帰ろうと予定を組んだ。そのホテルのロビーで、金沢の白山神社で禊ぎ体験が出来るというチラシが様々なイベントチラシに紛れて眼についた。金沢か?金沢と言えば、昔芸子見習いでやって来た瑶子のことを思い出した。二年間だけだったが一緒に初音の指導で、日本舞踊を習っていた。帰り道だし、急に瑶子に会いたくなった唯は朝一の電車で金沢に行くことに決めた。
 瑶子とは賀状の挨拶だけで・・・此処数年は会っていない。それに彼女は現在は占いで、生計を立てていると聞き及んでいる。それで瑶子の意見が聞きたくなった。連絡を入れると瑶子はすごく喜んで是非是非と、場所を指定した。
八時半過ぎの新幹線に乗ってお昼前に金沢に着いた。駅の指定された待ち合わせ場所に、瑶子が、夏の名残を感じさせる少し濃いめのターコイズ色の服に身を包んで待っていてくれた。
「まぁ、ほんまにお久しゅうございますなぁ」と瑶子は少し戯けて挨拶をした。唯は笑いながら「ほんまに、お久しゅう」二人は軽くハグをして並んで歩き始めた。
「それにしても、どないしはったんですか?」「なんとのう、瑶子の顔が視たなったんや」「ふ~ん、嘘はあきまへんなぁ」「まぁ、占いのお師匠さんに師事して十年足らず位の私が、手におえるような問題やなさそうやけど・・・会えて嬉しいわ」「私の家に泊まる?それともゆっくり落ち着く和風旅館に泊まる?」「迷惑やなかったら泊めて欲しい、ゆっくりお話したいから・・・」「わかったわ、それやったら家に泊まり・・・七時過ぎに子供が帰ってくるから、それまで、落ち着いた処でお話ししましょう」
 瑶子は一八歳で京都に来て、芸子見習いを始めたが、霊感の強い家系に生まれたのが災い?して、京都で神社巡りをするうちに、ある占い師と出会い、その占い師の薦めで、二年であっさりと芸子の道を断念して、占い師に師事すること十年、三つ年下の板前さんと結婚して、金沢に戻った。昼間は口コミで紹介された人だけを占い、夜は旦那の割烹居酒屋を時々手伝っているという生活だった。
 落ち着くからとタクシーに十分程乗って『雨庵 金沢』という和モダンなホテルに入った。「ハレの間」のレストランで珈琲とサンドイッチを注文して、とりとめの無い雑談を終えて・・・二人は暫し見つめ合った。結婚式以来だから六年近く季節の便りを交わすだけだったが・・・瑶子は、ほんとうに一段と逞しくなっていて、その明るさに輝いていた。
「で、どんな話なの?」「うん、ゆっくり話すね」唯は静一との出会いから夢の話・・・そして、もうすぐニューヨークから帰阪するけど、結ばれるというその日までどう向き合ったらいいのかを瑶子に話した。
「夢の話は真実(まこと)の話?私は処女受胎の運命なの?」
「まぁまぁ、そう急かないで・・・何事にも順序があるからね」
「あっ、ごめんなさい・・・堂々巡りして、頭が真っ白かも?」
「じゃぁ、まず私が学んだ占術は紫微斗数(しびとすう)言って、中国古代の占星術の一つで、約一千三百年前頃に生まれたと言われているの・・・紫微斗数の基本は、十二の宮とそれぞれの宮に配置される星々を基に、人の性格や運命、才能、人生の方向性などを視るの・・・この占術は陰陽五行思想に基づいていて、現在の運勢だけでなく、将来の運勢や人生の方向性も知ることが出来ると言われているの・・・ここまでは良いかな?」「はい、大丈夫」「それでね、読み解くには、個人の出生情報(生年月日と出生時間)を基本に、星の位置や配置を解析して<命盤>と呼ばれる図を作成して、その人の運勢や特徴を視るの・・・この<命盤>作りが少し時間が掛かるの・・・では、二人の出生情報を教えて」唯は澱むことなく二人の情報を話した。
「一回り違いの同じ辰年、同じ誕生日・・・それはすごい、しかも今月の誕生日が迫っているのね。九月十八日か・・・むぅん~、普通は二十分程で<命盤>が出来るけれど、それからそれを読み解くにも時間が掛かってね・・・三十分程ホテルのギャラーリーでも視て時間を潰して貰えるかな・・・」「うん、わかったわ、じゃぁ一時半に戻って来ます。よろしくね」「はいはい、任せて下さい」唯はギャラリーに向かった。

ギャラリーでは、金沢出身の若手アーティストの作品やWasi あさくらの和紙で創作された様々なアイテムが展示、そして一部は販売されていた
 。唯は染め和紙の色合いが、とても自分の作品と合うような気がして、個展の作品の敷紙に使うべく何種類かを吟味して買い、自宅に送って貰えるようにお願いして、ハレの間に戻った。
瑶子は、難しい顔して腕組みをしていた。唯に気づいて「あぁ、お帰り」「ギャラリーはどうっだった?」「うん、御陰さまで個展に使う敷紙が見つかってよかったわ。ありがとう」「で、どんな感じ?」「正直に言うね」瑶子は唯を視つめながら「二人は太陽と月の関係ね、でもどちらも二つの属性を持ち合わせていて、それぞれの場面で関係性で同化したり、対極の関係になったりするの・・・」沈黙する唯。

「少し抽象的に、詩的に表現すると、日は燃えあがる情熱の象徴、昼の空を黄金色に染め上げ、全てを包み込み、世界を目覚めさせる。
 かたや月は静寂の中で優雅に佇み、夜の帳を銀色に照らし、心に安らぎをもたらし光は柔らかく魂を癒す。
 二人は決して同じ空に並ぶことは出来ないけれど、その存在は互いに欠かせない
 太陽が沈み、月が引き継ぎ、夜空を優しく照らす。そして、月が消え、太陽が再び昇り、 新たな一日が始まる 互いに引き寄せ合いながらも、決して完全に交わることのない存在 それでも、二人は互いの存在を感じ、影響し合いながら、共に宇宙の一部として存在し続け、二人は光と影の関係性で永遠に続く愛の物語を紡ぎ出す・・・」

唯は最後の言葉を噛みしめた。<永遠に続く愛の物語を紡ぎ出す>
又、初音が初めて静一に会った時<う~ん良いときはこの上なく良いが、ひょいと背中合わせになると・・・>のフレーズが甦った。でも互いが両極を持っている限り、私達は二人で生きていける筈。
「ありがとう、何だか瑶子の詩的な表現で救われたわ・・・ほんまおおきに・・・何時から詩を書くようになったん?」「仕事柄、あまり直接的な表現をするのが憚られる時は、少し抽象的に・詩的に話しなさいと師匠に言われて勉強したの」
「なるほど・・・」

「ここから白山まではどうして行ったらいいの?」「ええ! 白山へ行くの・・・さては、禊ぎに行くのでは?」「なんでもお見通しやな・・・禊ぎをして<素>の自分に戻りたいだけや・・・彼が帰って来るまで時間があるさかい・・・一緒に行こう」「う~ん行きたいけれど、子供がいるから急には無理やわ・・・でも、白山神社の宮司とは知り合いやから・・・今連絡して聞いてあげるわ、一寸待ちや」瑶子は席を離れて、電話をしてもいい場所を探しあて連絡した。ほどなく席に帰り「神社から近い旅館でも三十分は掛かるから、特別に参集殿に泊まり、早朝の禊ぎをしてあげると言われたわ・・・あんたは、ほんまに運の強い子やな」唯は瑶子に会ってほんとうに良かったと感謝した。 

                         その十五に続く

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