次の部屋 修行編 Ⅴ
だが、行く先は山ではなく湖の方だった。子供達に為すべき方策はもう既に出来ていたが・・・少し時間を置いた方がいいような気がしたし、何故か一人になりたかった。
湖を眺めながらゆっくりと歩いていると・・・海と同じように波が寄せて茜色のきらめきに波が反射して眼を打った。やがて、ゆっくりと陽が隠れ落ちていくのを見極めながら、浜を歩き続けた。
少し欠け始めた月が、その光を忍ぶように照らしだし始めた。こうして世界は、絶えぬ呼吸のように一日を終え、又一日を始める。私を照らし出す道が・・・白い道がある。
此の世の起こる様々な出来事が、すべて自身の想いの欠片から凝縮されカ・タ・チになるとすれば日々、こゝろ静かに種をまけば良いだけだが・・・・・・人は何か為す時に、誇りや信念を持って為す。するとそれはほとんど真実となり、一つの切実な現実が際立つ・・・だが、私には確信が、揺るぎない確信がもてない。
気がつくと、やはり山に向かって歩いていた。そしてドアノブを埋めた松の木の下を静かに掘り返していた。 しかし、掘っても掘ってもドアノブは見つからなかった。
「何故だ?何故・・・・・・」と、杖の音がして翁が微笑んで私を視つ
めて言った。
「捜し物はもうないぞ・・・に崖から谷川に棄てた。必ずや再び帰って
くると感じたからな」
私は恥ずかしさで、翁の前でひれ伏した。
「う~む、何処までも彷徨いたいか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが・・・」
「まあよい、よく帰ってきた。少し歩こうか」と翁は言って、今度は違
う獣道を足早に 歩き始めた。途中より用意した小さな松明に火をつ
けて、道なき道を一時ほど歩くと・・・
「さあ、ここでちょっと行をするとしようかのぅ」と厳しい眼で私を視
つめた。
「『行』・・・ですか?」「さよう、『行』じゃ。さあ、下を視なさ
れ・・・滝らしいもの が視えるじゃろう。」松明に照らし出された下の空間がはっきりと視えた。確かにそ れは御滝の行場のように視えたが・・・水は落ちてはいなかった。
「此の滝はのう、 滴の滝と言われておる。すなわち、水はほとんど落ちることがないが、ある時間を過 ぎると必ず一滴の滴が落ちる。その滴を天頂に受ける時・・・一つの悟りが得られる と言い伝えられているが・・・悟りが目的ではない。しばらくこの滝壺の底に立ち、心ゆくまで時を過ごすがよい。こゝろの奥底から・・・何かを感じ取って・・
・・・・もう いい・・・もう十分だと思えば上がればよろしい。
儂は、私の真の隠れ家にて、時を過ごす。終われば、此の笛を吹きなさい。それを聴いて儂は此処に戻ってくる。どうじゃ、受けてみるか」
「はい、此の『行』受けてみたいと存じます」
「よしよし、下るにはこの蔦を持って降りて行くのじゃ、立つ位置は自
ずとわかる。ではでは・・・・・・」
「ありがとうございます」
翁は闇の中に消えた。蔦を頼りにその滝壺へと降りていった。
次の部屋 Ⅵへ続く
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