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ウクライナ情勢めぐる米ロ対立で思った「アメリカン・ニューシネマ」の源流

 ここ数日、ロシアによるウクライナ侵攻への懸念が増している。米ロ首脳は電話会談を行ってはいるが、打開策は見出せず、むしろ、両国の対立は激化するばかりだ。そんな中、先日、BSで見た映画『卒業』について語りたい。この作品はマイク・ニコルズ監督によるダスティン・ホフマンのデビュー作で、「アメリカン・ニューシネマ」と言われるものの代表作でもある。なぜ、ウクライナ情勢をめぐる米ロ対立から『卒業』の話題になるのか、と首を傾げるだろう。ここからが本論だと考えてほしい。

 1917年のロシア革命前後に「ロシア・アバンギャルド」と呼ばれる芸術革命が始まった。この潮流の中で後の演劇・映画の世界に計り知れない影響を与えたのが演出家コンスタンチン・スタニスラフスキーの演劇理論「スタニスラフスキー・システム(メソッド演技)」である。心理主義的リアリズムとも呼ばれ、感情を解放してコンセントレーション(集中)することで、俳優の精神は劇中で設定された環境に置かれていく。例えば、「膝が蚊に刺されて痒い」という設定において俳優は、まず「膝に蚊がとまった」と想像し、さらには「蚊に刺された」ことに意識を集中させていく。そうした状態の中での演技は、もはや実際に「蚊に刺された」ことと同じものになる。ジークムント・フロイトの精神分析理論の影響を受けたとされる、この心理主義的リアリズムは、現在のハンガリー出身のユダヤ系移民としてアメリカに渡った演出家リー・ストラスバーグによってニューヨークでも一大センセーションを巻き起こした。
 ストラスバーグが主宰した俳優養成学校「アクターズ・スタジオ」で、数多くの俳優が、この演劇理論を「メソッド演技」として学び、1960年代後半から70年代にかけて巻き起こったアメリカン・ニューシネマと呼ばれるムーブメントの原動力となった。社会の中で悩み苦しみながら揺れ動く若者たちの心の姿を卒業生であるジェームス・ディーン、アル・パシーノ、ロバート・デニーロ、ダスティン・ホフマンなどが映画や舞台で演じ、人々の心をとらえた。かつては米ソ冷戦と言われた時代があったが、芸術革命「ロシア・アバンギャルド」で花開いた演劇理論においては、国家体制やイデオロギーを超え、固く結ばれていた。

 さて、話題はウクライナ情勢に戻る。ゼレンスキー大統領はもともとは俳優でコメディアンだった。彼はウクライナ大統領を演じたドラマ『国民の僕』が大ヒットして人気を博し、大統領選で勝利した。国連のグテーレス事務総長は「外交に勝るものはない」と発言しているが、米ロの首脳もそうだが、演劇がはるか国境を越えて大きな力になった歴史を今こそ知ってほしい。


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