永遠の皇帝、令和を生きる
第一章:目覚めた皇帝
空気は湿っており、カビ臭さが鼻を突いた。静寂に包まれた地下の空間には、無数の古びた石造りの棺が並んでいる。その中の一つが、微かに揺れた。長い年月を経て、蓋に積もった埃が舞い上がり、薄明かりの中で細かな粒子となって漂う。
その棺の中で、男は目を覚ました。重い瞼をゆっくりと開け、光に慣れない目を細めながら呟く。
「……ここはどこだ……?」
男の顔は険しく、深い皺が額を刻んでいるが、その目には異様な力強さが宿っていた。彼の名は秦始皇帝。かつて中国を統一し、巨大な帝国を築いた男である。彼は不老不死の薬を求め、巫師たちの力を借りて服用した。そして、自らが眠りにつくこの墓を建設させた記憶が蘇る。
だが、目の前の光景は、彼の知るどの時代のものとも違っていた。棺の周囲には、苔むした石壁の間から光が漏れている。やがて、彼は重い身体を起こし、力を振り絞って棺から這い出した。
外に出ると、そこは広大な地下墓地ではなく、近代的な地下施設の一角だった。壁には見慣れない光を発するパネルが埋め込まれており、奇妙な記号が高速で流れている。彼は手を伸ばし、そのパネルを触ってみるが、指先が滑り何も反応しない。
「これは……何だ?術法か……?」
混乱しながらも、彼は足を進める。階段を上がり、重そうな鉄の扉を押し開けたその瞬間――眩しい光が彼を包み込んだ。
目の前に広がっていたのは、彼が想像もしなかった光景だった。高層ビル群が天に届きそうなほどそびえ立ち、そのガラスの壁が太陽の光を反射して輝いている。通りには無数の人々が歩いており、奇妙な箱のようなもの(車)が音を立てて通り過ぎる。
「これは一体……。我が国はどこに消えたのだ?」
彼の耳に飛び込んできたのは、人々が話す馴染みのあるはずの漢語だが、どこか異なっている。古代の彼の知る発音と大きく異なるため、言葉の一部しか理解できない。彼は近くに立つ若い男性に声をかけた。
「そなた、この場所は何というのだ?ここは秦国であろう?」
だが、男性は眉をひそめ、スマートフォンを見ながら早足で去っていく。
困惑したまま、彼は通りを歩き始めた。店の前には「QRコード決済OK」などと書かれた看板が立ち並び、電子広告が次々と切り替わる。秦始皇帝は立ち止まり、頭を抱えた。
「これは夢か……。あるいは……我が時代はすでに滅びたのか?」
そのとき、近くのタピオカミルクティーの店から若い女性が出てきた。彼女は奇妙な装いの秦始皇帝に気づき、驚いた顔で立ち止まる。
「え、コスプレ?何の撮影?」
秦始皇帝は真剣な表情で答える。
「我こそは、秦の始皇帝である。そなた、この地の統治者はどこにいる?案内せよ。」
女性は困惑したように笑い、携帯で彼の姿を撮り始めた。
「なんか面白いおじさんがいる……。ちょっと待って、動画撮るから!」
これが、秦始皇帝と現代社会の最初の出会いだった。