いぞうさん

元脚本家、リタイアして熊本は菊池市に移住しました。菊池に惚れ込んで好き勝手始めました。絵を描き、地域おこしで地元の歴史物語を掘り起こし、地場の生産者さん応援のネットショップ始めるなど。田舎暮らし、楽しい!

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元脚本家、リタイアして熊本は菊池市に移住しました。菊池に惚れ込んで好き勝手始めました。絵を描き、地域おこしで地元の歴史物語を掘り起こし、地場の生産者さん応援のネットショップ始めるなど。田舎暮らし、楽しい!

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小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」65・最終回

第十二章    落日 一〇   陣営の自室へ引き上げてきた武光は、そこまでが体力の限界で、どっと崩れ落ちた。 胴丸を辛うじて脱ぎ捨てると、がっくりと力尽きた姿を見せる武光だった。 悪寒が走り、体が震えた。武光は自分の体の異常をいぶかしんだ。 口から血が滴っていた。手のひらを見ると青ざめて震えている。 朝が近いが、それまでもつのだろうかと思った。 そこへそっと人影が忍び入ってきた。 やえだった。 蒼白な顔で武光を見つめる。 「武光様、お薬をお持ちしました、これを欠かされては

    • 小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」64

      第十二章   落日 九、   菊池軍本営では遠く望見して武政や武安が驚いている。 「信じられんばいた」 「おいたちは本当にいかんでよかか⁉」 彼方の北朝勢の陣営で騒ぎが起きているのが見て取れる。 武光と懐良はわずかな手勢で不意を突き、今川了俊の本営を襲撃した。 「本気で自分たちだけでやり負わせるつもりか!?」 いつの間にか来て覗いている賀ヶ丸と良成親王。 そして背後からのっそりと中院義定が出てきてともに眺めやった。 「やっぱり、あんお方はいくさ神じゃな」 微笑んでぼそりと

      • 小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」63

        第十二章      落日 八、   高良山を北朝軍が囲んで静まり返っている。 陣営から見晴るかす限り大地を埋めた壮大な軍隊が展開していた。 日が重なり、圧倒されて見下ろす南朝側の番兵たちは次第に気圧されてくる。 その気分が情勢を左右することを武光も親王も知っている。 しかし、今打って出ても勝ち目はない。 方策がないのだ。   軍議を開く懐良や武政、武将たちは焦っているが、なすすべなく沈滞している。 菊池の守り神、いくさ神といわれた武光の憔悴は菊池陣営を消沈させていた。 「

        • 小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」62

          第十二章    落日 七、   吹き矢は武光の首筋に命中し、武光は瞬間的な痛みを感じた。 武光の手が掴んでいたやぐらを離れた。 武光は七、八メーターを落下して下の積み重ねられた武具の箱の上に落ちた。 「武光!」 叫びながら駆け寄ってきたのは懐良だった。 「武光、しっかりいたせ!」 吹き矢は落下の衝撃でどこかへ飛んで、懐良は気づかない。 「親王さま、なぜここに?」 驚いた武光が問うのに、懐良が笑って答えた。 「お前を残していけるか!お前が言ったのだ、二人の目的は二人で成し遂

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」61

          第十二章    落日 六 武光に今川了俊がすでに豊前に侵入していると報告があがったのは、一三七二年、文中元年、正月のことだった。 武光は武政の応援に駆け付け、共に豊後高崎城を攻めている最中だったが、その陣中へ猿谷坊からの報告が届いたのだ。 「今川了俊はすでに関門海峡を渡っており申す、それ以前に、中国筋の諸将がそれぞれの軍勢を率いて展開し、互いの連携を取りながら続々と九州入りしてきており」 「しもうた、間に合わなんだか」 正月三日、武光は高崎城の攻囲を解いて筑前松本城に進ん

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」61

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」60

          第十二章    落日 五、   今川了俊は九州入りの計画を前にして自らは安芸から動かず、最初の駒を動かした。 大友の配下でありながら南朝勢の勢いを警戒した国東半島に領地を持つ田原氏能(うじよし)から現地の情勢を聞き取り、準備を万端にしたうえで、計画通り、その田原氏能を案内に立て息子の義範を国東半島から九州入りさせた。浦部衆という水軍によって軍勢を海上輸送した。 都甲三郎四郎、木村頼直らの武将が従った。 そしてまず、国東郷に南朝方の平賀新左エ門を田原氏能を従えた今川義範が攻

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」60

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」59

          第十二章   落日 四、   今川了俊は西海道を攻め下るのに、十分な時間をかけている。 一年近い年月をかけて西海道の武士団を自分の哲学に巻き込み、報酬と圧力で自在に操れるよう仕向けた。そしてじっくりと作戦を練った。まず息子の義範(よしのり)に国東(くにさき)から来た九州北朝の将、田原氏能(うじよし)をつけ、豊前、豊後の兵を率いさせ、尾道の津から豊後高崎城へ向かわせようと考えた。そこから義範に大友勢と呼応させて太宰府の菊池勢を後方から襲わせる計画だった。さらに弟頼秦(よりや

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」59

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」58

          第十二章  落日 三、   「宮さま、遠乗りにでも参りませぬか」 武光は懐良親王を誘い出した。 馬を攻めて、海へでも出れば親王の気鬱晴らしに少しは役に立つのではないかと気遣った。懐良は気乗りのせぬ風を見せたが、あまりに武光が食い下がるので、やむなく承知した。 武光は颯天にまたがり、懐良は愛馬の白馬にまたがって征西府政庁を出た。 従うのは親王親衛隊士一〇数名。 春先の風は冷たいが、陽は照り付けて、次第に汗ばんだ。 「表へ出るのはよか気持ちでござりまっしょう」 武光は馬上から盛

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」58

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」57

          第十二章 落日 二、   太宰府の武光(四二)の館を美夜受(みよず・四一)が訪ねてきた。 「和尚が亡くなったと?」 尼僧姿の美夜受が形見として常用していた酒の椀を差し出した。 その椀を手に取り、武光は大方元恢(たいほうげんかい)の死を思った。 大酒を食らい、酒で事は足りると豪語し、飯を食わず、眠らずに座禅をしていた。 頑丈な体のわりに頭は白くなり、長くは生きまいという予感はあった。 「遺言がござります」 美夜受は、大方元恢の臨済宗の僧としての遺偈を武光に伝えたと思われるが、

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」57

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)・敗れざる者」56

          十二章 落日   一、   東征の失敗は九州武士団のコントロール失敗につながっていった。 南朝による皇統統一はかなりに困難である、との認識が九州全域に広がっている。 大友にせよ、島津にせよ、様子見しておとなしくしていた豪族たちは未だ明白な反旗を翻してはいないけれど、きっかけがあれば再び反抗ののろしを上げかねない。 味方となっていた豪族たちも離反していく空気感が醸成されていた。 武政や武安たち若手は実質的に征西府の実権を握り、諸豪族にしきりに征西府への忠誠を呼び掛けていた。す

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)・敗れざる者」56

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」55

          第十一章    太宰府 三、   大宰府征西府御殿内大広間において懐良が突然命じた軍議が開かれた。 急遽太宰府へ登った島津他の主力豪族たちが列席している。 さらに九州武士段以外にも、忽那義範(くつなよしのり)、河野通直(こうのみちなお)、村上義弘(むらかみよしひろ)の海賊大将たちも列座している。 忽那義範は西下した懐良親王を助け参らせ、自領に匿って庇護した時から南朝に誠を尽くしてきた忽那水軍の総裁だ。親王を薩摩に送り届けた時も、後に肥後宇土の津までお送りした時も忽那水軍が動

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」55

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」54

          第十一章    太宰府 二、   武光の館で菊池一族の宴が開かれている。 菊池の武光の館で夜ごと開かれた宴会は今もこの大宰府で続けられていた。 赤星武貫の乱暴狼藉も、緒方太郎太夫の天然ボケもないが、武政、武安ら若い侍たちはそれぞれに元気がいい。この酒の席での好き勝手な意見が一族内をまとめ、菊池一族のみならず、征西府の未来をどう切り開くか、新たな活力をはぐくむ場だと武光は認識している。 その片隅には猿谷坊の姿もあり、猿谷坊はじっと黙って控えている。 そんな場で、今日は「九州

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」54

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」53

          第十一章 大宰府   一、   宝満山(ほうまんざん)に有智山城(うちやまじょう)を視察に来ている武光(四一)だった。同行しているのは城隆顕で、頼尚の三男少弐頼澄(しょうによりすみ)が城を案内している。頼澄は少弐一族だが、父に反発し、徹底的に南朝側を支持しており、早くから征西府の立場で行動している。征西府の政務も饗庭道哲と共に担っている。 古代より神が降り立つ山といわれた宝満山は霊山として崇められてきたが、その中腹にある竈門(かまど)神社は大宰府政庁の鬼門を守ってきた。 そ

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」53

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」52

          第一〇章   豪雨災害 四、   博多は武光にとってかつては悪夢の町だった。 苦い記憶に苛まれてきた。炎に包まれた戦火の町。武時が挟み撃ちにあって猛り狂った。 それでも北条鎮西探題に討ち入っていき、それを見やりながら少弐貞経が悪魔のように笑った。武光は金吾、太郎と逃げた。逃げまどって西福寺へたどり着いた。 あの日から武光は戦いの人生に駆け込んでいった。 それから長い年月をいくさ場で過ごしてきた。 そして今、菊池から帰った足で息子武政や郎党を従えて歩いている。ここはもはや悪夢

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」52

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」51

          第一〇章    豪雨災害 三、   翌日もその翌日も、武光たちは領内を歩き回り、被害を見ては心を痛め、何も思案が浮かばぬままにもろ肌を脱いだ。力いっぱい復興作業を手伝い、民人には涙を流して拝まれもしたが、かえってうろたえてそっぽを向いた。 美夜受に突き付けられた言葉に動揺させられ、考えがまとまらず、武光は虚ろだった。 その夜は正観寺の山門に一人入り込んで座禅をした。 武政と太郎は武光の館に帰した。   武政は隈府の屋敷に戻り、太郎を泊めてやった。 迫間川に面した奥の部屋で差

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」51

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」50

          第一〇章  豪雨災害 二、   とてつもない集中豪雨であったという。 菊池川一帯に大きな被害が出ているとの報告は受けていた。 災害被害が気になって、武光と武政、緒方太郎太夫は高瀬の津を見てから船で菊池川を遡上する予定だ。高瀬の津は聞きしに勝る被害を受けていた。 「これは」 武政が驚いて見回した。衝撃を受けている。 武政は物事に動揺しすぎると、武光は見ている。 それだけに武光は武政の力量を測りかねていた。いくさではまずまずの成績を上げているが、全権をゆだねていいのか。いずれは

          小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者」50