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いまがいちばん、いいときね

私は二歳の娘と、ATMの列に並んでいた。梅雨の合間で、初夏の日差しがすでに暑い。その日は平日昼間にしては待つ方で、かつ距離を保って並んでいるため、人の列は店外にもはみ出ていた。

手持ち無沙汰なオランウータンのように、私の手にぶら下がってふざける娘に、初老の上品なご婦人が声をかけてくれる。

「かわいいわねぇ、ママ暑い中大変ねぇ、でも。

 今が一番良いときね。がんばってくださいねぇ。」

ありがとうございますと挨拶して、空いたATMの方に向かう。通りすがりの方にそんな一声をかけて頂いて、気持ちが少し軽くなる。

・・・

以前、ロバート秋山さんの「私の願い~夢の風に乗って」というネタをyoutubeで見て一人で爆笑していた。荘厳なメロディーに合わせた壮大な祈り…ではなく、庶民の日々の些細な憧れと願いのオンパレード。畳み掛ける感なんかもう最高。

ここで突然だけど私の今月の目標、というか最近のささやかな願いも発表したい。

・食事は最初から最後まで、座って食べたい

・お風呂は約15分、湯船につかって温まりたい

・トイレは邪魔されず、鍵をかけて入りたい

…私のは正直、更にしょぼい。庶民の憧れどころか、人間としての最低限度の文化的生活。それを切望してしまう理由は一つ、可愛くも手がかかる我が子たちの存在だ。

・・・

私には小4男子、年中男子、2歳女子の三人の子供がいる。最初の子を産んでから、もうすぐ十年になる。私の住む街の地域性なのか、私の佇まいがいまだ新米母っぽく、ベテラン感を醸し出さないのか。小さな子供を連れて歩いていると、周りの皆様、人生の先輩方から本当によく声をかけられる。

以前は「今が一番可愛いわね、一番良いときね」なんて言われると、見知らぬ方の優しさや労りを感じる一方で、心のどこかで否定していた気もする。いや、そんな綺麗事じゃないんだわ!いつも夜泣きで起こされて、尽きぬワガママと有り余る体力に振り回されて、一生懸命作ったご飯もひっくり返されて、給料も休日も無いんだから、割に合わないんだわ!今が一番可愛いんじゃなくて、一番大変なんですってば!…なんて、心の中で悲鳴をあげた自分もいた…気がする。

この約十年、「いちばんいいとき」はいつだったのだろうか。思い返してみても、正直分からない。三人目出産後の一ヶ月なんて、正直記憶も無い。毎日毎晩目の前のことで精一杯で、自分のこともなりふり構わず、駆け抜けるように暮らしてきたから。

壮大なことも立派なことも、出来なくて良い。子供たちが心身元気に過ごせた一日だったなら、泣いたり怒ったりしても最後に笑えるような一日だったなら、それで良い。

そんな清々しい諦めのような、ささやかな祈りのような気持ちを抱えつつ、(適度に手抜き息抜きもしつつ、笑)手探りで過ごしてきた十年間だったから。

その間に子供達は、母の不安も心配も、不手際もオッチョコチョイもよそに、大きく逞しく育ってきた。私も少しは肝が据わり、ちょっとやそっとの発熱怪我には動じず、家事の手抜きも上手くなり、余計な情報は笑顔でスルーする技術も身につけた。

そして今日も、日常は続く。子供達のケンカする声が聞こえる。長男の宿題のチェック、次男の明日の荷物の準備、末っ子のイヤイヤ期の対応…。撮りためた連ドラはいつ全部見られるのだろう。子供が寝たかどうかを気にせず、夜遅くまで出かけられる日はいつだろう。

子供達がくだらない事で、楽しそうに笑い転げる。私が作ったご飯を「おいしーい!」とたいらげる。夜更けに3人同じ寝相で転がっている。

もう一度考える。37歳絶賛子育て中。やっぱり今が、一番大変。

そして一周まわって思う。でもねって。やっぱり今が、一番良いときねって。

本当は私も心の何処かで、十年間いつもそう気づいていたのかもしれない。

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