第11回 『なにせにせものハムレット伝』
4幕1場(その1)
今回登場する人物
ハムレット・・・・・・・・・・クマデン王国の王子
クローディアス・・・・・・・・クマデン王国国王、ハムレットの叔父
ガートルード・・・・・・・・・クマデン王国王妃、ハムレットの母
レアティーズ・・・・・・・・・オフィーリアの兄
ホレーシオ・・・・・・・・・・ハムレットの親友
墓堀A
墓堀B
労働者
森の妖精: オフィーリアの埋葬は、身内だけでひっそりとおこなわれることになったようです。やはり、世間体が気になるのでしょうか。でも、かわいそう。えーと、それから、風のうわさによると、われらがハムレットさまが、ひそかに帰国し、どこかに身をひそめているようです。案外、近くにいるかもしれませんよ~。はてさて、場面は、墓地です。お墓があるところですね。愉快な二人が、歌いながら墓穴を掘っています。
墓堀A: ♪ おれたち墓堀、天下の墓堀。
墓堀B: ♪ ほれ、ほれ、ほれ、ほれ。
(以下は、ダーク・ダックス「雪山讃歌」、あるいは童謡「茶摘み」のメロディで。)
墓堀A: ♪ 墓よ、墓場よ、ほとけーの宿り
墓堀B: ほれ、ほれ
墓堀A: ♪ おれたちゃー、
墓堀B: まだ、
墓堀A: 墓には住めないからに
墓堀B: まだ、まだ
墓堀A: ♪ 墓よ、墓場よ、ほとけーの宿り
墓堀B: ほれ、ほれ
墓堀A: ♪ おれたちぁー、
墓堀B: まだ、
墓堀A: 墓には住めないからに
墓堀B: まだ、ほれ
墓堀A: 親方、疲れました。いくら墓場だからっていったって、掘っても、掘っても、出てくるのは骨ばっかりじゃないですか。スコップじゃなくて手で放りだした方が早いくらいです。
墓堀B: でも、まあ、その骨を埋めたのも俺たちなんだから、文句も言えんだろう。だって、新しい墓を掘るときには、以前に墓があったところを掘り返すんだし、葬儀が終わったら、掘り返した骨をぜんぶ放り込んで、表面をささっと土でおおってすませているんだからな。でも、まあ、神様だって、きっと許してくださるさ。その理由が、おまえに分かるか。
墓堀A: そうだな、みんな一緒に埋めれば、さびしくないから? 死んだ者同士で、皆の骨がごちゃごちゃに絡み合うのも、ちょっと楽しそうだし。それに、出てきた骨を、こうやって、こうやって、こんな風に並べると、頭が2つ、手が6本、足が12本の人間ができあがる!ねえ、もっと増やすことだって出来ますよ! ほら、とっても楽しいでしょ!
墓堀B: まあ、なかなか面白い答えだが、残念ながら、はずれだ。いいか、よく考えてみろ。もし、死人が一人でる度に、墓を一つずつ増やしていったら、どうなる? 墓場の面積は広がる一方で、いつの日か、この王国全体がお墓でおおわれてしまうかもしれない。そうなったら、国民はいったいどこに住むのだ。てなわけで、人々が住む領土を守るのがおれたちの役目ってわけよ。まあ、国を守る軍隊のようなものだ。立派な仕事ではないか。
墓堀A: うん、まあ、確かに、理屈の上では、そうだけど。
墓堀B: それに、この仕事にだって、いつか終わりがくるさ。たとえば、人間がみーんな死んじまったら、おれたちゃ失業だろ。
墓堀A: 確かに、それも、そうかもしれないけど。
墓堀B: でも、まあ、おれは、そこまで生きたくはないね。考えてもみろ、もし、酒屋が全部死んでしまったら、酒も飲めないじゃないか。仕事が終わった後のビールは最高だろ。
墓堀A: その意見に関しては、賛成~!
墓堀B: それに、仕事の最中に飲むビールは、もっと最高だろう。
墓堀A: 大賛成~!(口で)パチ、パチ、パチ。
墓堀B: 酒のない人生なんて、なんの価値もない。てなわけで、おれは先に死ぬから、おれの墓穴はお前が掘ってくれ。代金は後払いだ! まあ、それも先の話しだ。さあ仕事、仕事。
(ダーク・ダックスの「雪山讃歌」、あるいは唱歌「茶摘み」のメロディで歌う)
墓堀A: ♪ 墓よ、墓場よ、ほとけーの宿り
墓堀B: ほれ、ほれ
墓堀A: ♪ おれたちゃー、
墓堀B: まだ、
墓堀A: 墓には住めないからに
墓堀B: まだ、まだ
墓堀A: ♪ おれたちぁー、
墓堀B: まだ、
墓堀A: 墓には住めないからに
墓堀B: まだ、ほれ
墓堀B: よ~し、休憩だ。 この金でビール買ってこい。
墓堀A: がってんだい!行ってきまーす。
(ハムレットとホレーシオが舞台奥に登場し墓堀たちの様子をながめている。)
ハムレット: (ホレーシオに向かって)ずいぶん陽気な連中だな。それほど愉快な仕事とも思えないのだが。ちょっと話しかけてみようか。(墓堀にむかって)おーい、君、随分楽しそうだね。墓堀って仕事はそんなに面白いのかい。
墓堀B: もちろん、おれはこの仕事で、お金を貯めて家を建てました。この墓穴よりちっちゃな家ですがね。それに、ちゃんと女房ももらいました。生きた女房でっせ!だから、世間が言うほど悪い仕事じゃありませんや。
ハムレット: なるほど、それはよかったな。ところで、その墓は一体誰のものなのだ。
墓堀B: え、あっしのですよ。当ったり前じゃないすか、あっしが掘ってんですから。
ハムレット: 確かに、今は、おまえのものかもしれない。けれども、私が聞いているのは、この墓に埋葬されるのは、どんな人間なのかということなのだ。
墓堀B: 人間? うーん、実は、ここに埋葬されるのは人間じゃないんですよ。
ハムレット: では、ペットの犬でも埋葬するのか、最近ではペットの葬儀屋も繁盛していると聞いているが。
墓堀B: 動物でもございませんな。だんな、良い教育受けたんでしょ。 頭つかわなきゃ。
ハムレット: 人間でも動物でもないのに、墓に葬られるとは、う~ん、分からない。
墓堀B: 降参ですかい!ちょっと前までは、生きていたので、人間だったんですがね。今は死人になっておりますので、正解は、元人間です。死人と人間はちがいますからね、へへへ。
ハムレット: わかた、わかった、で、一体それは、どんなヤツだったのだ。
墓堀B: 生きていた時は女性だったので、「ヤツ」という呼び名は、ちょっと違いますね!
ハムレット: あげ足とりがうまいな。
墓堀B: おほめにあずかり、光栄でございます! ちなみに、ここにある骸骨は、日曜の連続テレビドラマでおなじみの、織田信長のもでございます。あの、かんしゃくもちの信長ですよ。ほら、ここの部分の骨のゆがみが、短気な性格を示しています。
ハムレット: どれ、見せてくれ。(ハムレット、骸骨を受けとり、見つめる。)まさかな、うそだろう。
墓堀B: うそですよ。でもその可能性がまったくないとは言えないでしょう。このドクロは答えてくれませんしね。こんなふうに、あごを動かすと、カタカタと音はするんですがね。
ハムレット: たしかに、君のいうとおりかもしれないな。なあ、ホレーシオよ、人は死んでしまえば、皆こんなふうになってしまうのだろうか。魂が天国にいけたとしても、体はこのように朽ちはて、塵となって、この世をただよい続けるのであろうか。
ホレーシオ: 話がやや飛躍しているように思われますが。
(クローディアス、ガートルード、レアティーズ、司祭、棺をかついだ従者たちが登場する。)
ハムレット: まて、誰か来るぞ。棺を運んでいる。葬式だな。しかし、こんな夜中に埋葬するとは、どういうことなのだろう。人に見られたくない、やましい理由でもあるのだろう。隠れて見ていよう。
司祭: まずは、棺をお納めください。
(従者たちが、ロープをつかって、棺を墓穴のなかにおろしてゆく。)
労働者1: ゆっくりと、下ろしてくださーい。オーライ、オーライ、おっと、ストップ。止めてください。
レアティーズ: おいおい、ていねいにやってくれよ。
労働者1: (レアティーズに向かって)もちろんですよ。普段は土建の現場で働いてますが、今日はことのほか慎重にやってます。(仲間に向かって)棺が穴の中心にくるように置いてれよ。そう、まっすぐにね、オッケー、任務完了!撤収!イッチニ、イッチニ。
(労働者たち退場。)
司祭: それでは、葬儀の儀式を始めましょう。祈祷書の365と66ページをお開きください。34行目から52行目まで黙読しましょう。なお、都合により、43行目は省略します。皆さん、黙読ねがいます。(間)以上、黙読が完了しました。これをもちまして、祈りの儀式を終了させていただきます。どうぞ、棺に花を捧げ、故人に最後のお別れをなさってください。
レアティーズ: おい、もう終わりなのか。もっと他に儀式はないのか。レクイエムとか、朗読とか、音楽とか、何か他にもっとあるはずだ。
司祭: 残念ながら、無理です。死因に不審な点があり、これ以上は許されません。なんといっても、わが宗教が、かたく禁じている自殺の可能性がありますので。国王陛下じきじきのご要請でしたので、私たちとしても、できる限り、好意的な解釈をいたしました。どのように考えたのかと申しますと、つまり、オフィーリアさまは水に落ちたのではなく、川の水の方が、なぜか、こ~自然に、盛り上がってきて、オフィーリアさまを飲み込んでしまった結果として起こった、事故であったと解釈したのです。
ハムレット: え、なんだと、あのオフィーリアが亡くなった!ああ、オフィーリア、愛しのオフィーリア・・・。
レアティーズ: なにを言うか、このくそ坊主め!よく憶えておけ。オフィーリアは天国に行って、天使となるのだ。かれんな天使にな。おまえの魂など、地獄におちて、永遠に呪われつづけるのだ。
ガートルード: 落ちついてちょうだい、レアティーズ。さあ、オフィーリアのためにも、皆で棺にお花を捧げましょう。(棺のなかをのぞきこんで)それにしてもオフィーリア、まだ生きていようだわ。あなたにはハムレットと結婚して、幸せになってほしかったわ。
クローディアス: さて、最後に、皆で天国での幸せを願って祈ろうではないか。
レアティーズ: 愛しい妹よ、これでお別れだ。さらば・・・。 (墓堀に向かって)そこの者、さあ、棺に土をかけてくれ。
墓堀A: へい、かしこまりましたぁ~。
(墓堀たち、棺の蓋を閉じ、土をかけはじめる)
レアティーズ: いや、まて、もう一度だ。もう一度、その顔を見せてくれ。(レアティーズ、ふたたび棺のふたを開ける。)ああ、妹よ、最愛の妹よ、おまえを一人だけで、逝かせることなど、とてもできはしない。おれも、ここで死のう。一緒に死ぬのだ。おい、そこの墓堀、棺とともに、おれも 一緒に埋めてくれ。すぐにだ。
墓堀B: いや~、そう言われましても・・・。
レアティーズ: おれはここで死ぬのだ。妹とともに死ぬのだ!さっさと土をかけろ。
(ハムレット、物陰からでてくる。)
ハムレット: レアティーズよ、ずいぶん大仰に嘆いているではないか。 皆の者、よく聞くがよい、おれは、この国の王子ハムレットだ。
森の妖精: あれれれ、ハムレットさま、わりとあっさり再登場してきちゃいましたね!でも、どうやって帰ってきたのでしょうか。それが明かされるのは、もうちょっと先のことになりそうです。今回は、場面の途中で、時間切となってしまいました。後半は、次回のお楽しみ!
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