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第4回 『なにせにせものハムレット伝』


2幕1場

今回登場する人物

  ハムレット・・・・・・・・・・・・・クマデン王国の王子
  ホレーシオ・・・・・・・・・・・・・ハムレットの親友
  バーナード ・・・・・・・・・・・ ・  城の見張り担当の将校
  ハムレットの父の亡霊・・・・・・ ・   クマデン王国の先王
  衛兵A ・・・・・・・・・・・・・・・ 城の見張り番 
  衛兵B・・・・・・・・・・・・・・・  城の見張り番
  森の妖精・・・・・・・・・・・・・・ 語り手

森の妖精(語り手): 夜になりました。語り手の私が「夜」と言えば、だれが何と言おうと、夜になるのですから、おもしろいですね。ちなみに、私が「嵐」といえば、嵐となり、「スマップ」といえば…、それはちょっと無理のようですね。はてさて、お城では、あいかわらず、お祭りさわぎの宴会がつづいていますが、われらがハムレットさまは、約束どおり、城壁にいます。お父さんの亡霊は本当に現れるのでしょうか。あとは、ごらんになってのお楽しみ。(退場)

ハムレット: 夜になるとずいぶん冷えるな。もう秋の気配だ。それにしても、ここはとても静かで、落ちつくところだな。エルシナノ城にも、こんな風情のある場所があったのか。子どもの頃から暮らしていて、すみずみまで知りつくしたつもりでいたが、まだまだ、知らないことがあるようだな。ところで、もうそろそろ時間なのではないか。

衛兵B: そうですね。先ほどから、あのあたりが気になっています。ほら、あの大きなクヌギの大木の下です。あそこは、森のクマがよく、どんぐりの実を食べにくるところですが、どうもクマではないような気がするのです。ほら、大きな人影のようなものが見えませんか。

衛兵A: うーん、よく見えん。あ、そうだ、確かにそうだ。間違いありません、あそこです。今日は、あんな遠くにでたのですね。まさに神出鬼没しんしゅつきぼつです。

ハムレット: ああ、まさに父上のお姿そのものだ。こんな所でお会いすることができるとは。

バーナード: こちらに向かって、手招きをしているように見えますが。

ハムレット: あ、向こうに行ってしまう。父上!父上!待ってください。

バーナード:  殿下、落ちついてください。あのあたりは危険です。山のクマが、どんぐりの実を食べようと集まってくる場所なのです。この季節には、我々兵士ですら容易には近づけません。しっかり対策を立てて、明日の夜もういちど、挑戦することにしましょう。

ハムレット: いや、おれは、今行く。

ホレーシオ: もしかしたら、あれは、悪霊かもしれません。悪霊は人の心の弱みにつけ込んで、その魂をうばって地獄におとすのです。行ってはいけません。

ハムレット: いや、おれは絶対に行く。止める奴は斬る。その手を離せ。(押しとどめようとする手をふりほどいて、亡霊を追いかける。)おーい、まて、まつんだ。(亡霊を追ってハムレット退場)

ホレーシオ: ハムレット様ー、お戻りください。ああ、行ってしまわれた。仕方ありません。皆で、後を追いましょう。万一、殿下の身に何かがあったら一大事です。

衛兵B: (小声で)万一、殿下の身に何かがあったら、縛り首にされるかもしれない。(大きな声で)これは、一大事です。急いでさがしましょう(ハムレットを追って全員退場)。

(亡霊登場、その後を追ってハムレットが登場する。)

ハムレット: 亡霊よ、どこまで行くつもりなのだ。もうずいぶん宮殿から離れたではないか。何か言いたいことがあるのなら、話してくれてもいい頃なのではないか。

亡霊: (エコーがかかっている)息子よ、息子よ、息子よ、息子よ、息子よ、息子よ。よーく、よーく、よーく、よーく、聞くが、聞くが、聞くが、聞くが、良い、良い、良い、良い。お前に、お前に、お前に、伝えて、伝えて、伝えて、おかなければ、おかなければ、おかなければ、いけない、いけない、いけない、ことがある。ことがある。ことがある。ことがあるのだ、のだ、のだ。

ハムレット: ああ、やはり、父上だったのですね。再びお会いすることができて、本当にうれしゅうございます。

亡霊: 私も、私も、私も、おまえと、おまえと、おまえと、会うことが、会うことが、できて、できて、できて、本当に、本当に、本当に、うれしい、うれしい、うれしいのだ。

ハムレット: あの、父上、お会いして早々に、不満を言うようで、申し訳ないのですが、お声が反響して、お言葉が聞き取りにくうございます。

亡霊: そうか、そうか、分かった、分かった。(エコー消える)いや、重厚な雰囲気がないと、私の存在を信じてもらえないのではないかと思ってな。人間も中身だけでは勝負できない悲しいご時世となってしまったからな。だが、私の心配も、どうやら杞憂きゆうであったようだ。さて、息子よ、父の話を聞いてくれるか。

ハムレット:もちろんです。一言たりとものがさぬよう、全身全霊でお聞きします。

亡霊: しかし、そのためには大きな覚悟が必要なのだ。ひとたび私の話を聞いたなら、おまえは、大きな苦難を背負うことになる。もう一度聞くが、本当に、心の準備はできておるのか。

ハムレット: どんな試練であろうとも、受け入れる覚悟でおります。

亡霊: よかろう。ところで、おまえは、私の死の原因をどのように聞いておる。庭で昼寝をしている最中に、毒蛇に噛まれたためだと聞かされているであろう。

ハムレット: おっしゃるとおりです。

亡霊: それは、全くの嘘なのだ。偽り、虚偽、欺瞞、フェイクニュースなのだ。

ハムレット: やはり、そうだったのか。

亡霊: 真実を知りたいか。

ハムレット: もちろんです。父上、ぜひ、お話しください。

亡霊: いいか、衝撃の真実をきくがよい。実は、私は殺されたのだ。しかも、きわめて卑劣な手段で殺されたのだ。あの日、私は昼食のあと、いつものように、庭で紅茶を飲みながら、うたた寝をしていた。そして、ここちよい眠りのなかで、ふと、耳のあたりに何か生ぬるいものを感じたのだ。わけが分からぬまま、目を覚ますと、私の耳に何か液体を流し込んでいる男の姿が目に入った。そいつは、あわてた様子で足早に逃げていったが、その後、私は激しい痛みのなかで悶絶しながら息絶えたのだ。

ハムレット: 予感は当たっていた。それで、その男とは、一体誰なのですか?

亡霊: いいか、息子よ、落ち着いて聞くのだ。それは我が弟のクローディアスだったのだ。

ハムレット: やはり、そうか。父上の王位と命を奪い、母までをも汚すとは、許しがたい悪人だ。

亡霊: よくぞ言った。おまえに私と同じハムレットという名前を与えたのは、間違いではなかったようだ。そう、あれは今から30年ほど前のこと。おまえが生まれたとき、あまりの嬉しさに、自分と同じ名をつけてしまったのだ。だが、期待どおり立派に育ってくれて、私は本当に満足している。

ハムレット: 同じ名前をいただき、幼少の頃には混乱したこともありましたが、今となっては、無上の喜びです。

亡霊: そうか。では、父ハムレットが、息子ハムレットに命じる。我が分身となり、罪深いクローディアスに復讐するのだ。

ハムレット: この命にかえても、かならず復讐を果たします。

亡霊: 今の言葉、しかと受け止めた。決して忘れるでないぞ。 ああ、東の空が白んできた。もうすぐ夜明けだ。私は行かねばならぬ。それでは息子よ、さらばだ。父を忘れるでないぞ。最後に、もう一度、我が魂の叫びを聞くがよい。

(どこからともなく、狂言のお囃子が聞こえてくる)

♬ おぞましやー、あ、おぞましや!
♬ おぞましやー、あ、おぞましや!
♬ おぞましやー、あ、おぞましや!
♬ おぞましやー、あ、おぞましや!
 私の昼寝の最中に、耳に毒を注ぐ悪い奴
♬ おぞましやー、あ、おぞましや!
♬ 悪徳非道の犯人は、悪徳非道の犯人は、
  ハラグロ、黒、黒、クローディアス    
♬ おぞましやー、あ、おぞましや!
あいつは、まんまと王様に、おれは、毎日炎で焼かれてる
♬ おぞましやー、あ、おぞましや!
  何たる非道!不公平! 懺悔ざんげの暇なくころされた
♬ 許すまじー、あ、許すまじ!
そのうえ、 あいつは毎日、イチャイチャ、べたべた、
♬ ふざげんなー、あ、ふざげんなー
そこに登場、我が息子、頼りにしてるぞ、ハムレット
♬ 復讐だあー、あ、復讐だあ!
♬ 分かったかあ、あ、分かったか。

  (亡霊退場)

ハムレット: しかと心得ました、父上。かならず、ご期待にお応えします。ああ、それにしても、このクマデン王国が、伏魔殿ふくまでんと化すとは。極悪非道のクローディアスめ、成敗せいばいせねば。

(バーナード、ホレーシオ、衛兵A、衛兵B登場。)

衛兵B: ハムレットさまー。どこにおられるのでしょうか。聞こえたらお返事をおねがいします。ハムレットさまー。

ハムレット: ああ、皆がやってくる。今あったことを、ありのまま話してしまったら、彼らを巻き込んで、危険にさらすことになってしまう。それだけは避けなくてはいけない。正直な連中だけに、なおのこと心配だ。それに、これは私一人で成しとげるべきことなのだ。うまくごまかしてしまわねば。嘘はきらいだが、方便ということもある。(大きな声で)おーい、ここにいるぞ。ここだ。

ホレーシオ: ハムレットさま。やっと見つけました。やぶに視界をさえぎられて、お姿を見うしない、あちこち探しまわっておりました。ご無事でなによりです。

衛兵B: (衛兵Aに向かって、小声で)ああ、ご無事で本当によかった。これで私の命も無事だ。

衛兵A: (衛兵Bに向かって、小声で)たしかに、ちょと肝をひやしたな。

バーナード: お怪我はございませんでしょうか。

ハムレット: 大丈夫だ。心配ない。ありがとう。(間)ああ、そうだ、皆に伝えておかなければいけないことがある。残念ながら、あれは父の亡霊ではなかった。だが、皆の親切には本当に感謝している。

バーナード: では、一体、何だったのでしょうか。先王のお姿そっくりそのままのように見えましたが。

ハムレット: たしかに、そっくりではあった。すごく似ていた。それは否定しない。だが、まあ、何というか、とんだ、そっくりさんだったのだ。父の生前の姿をまねたコスプレとでも言うべきだろう。

ホレーシオ: え、本当ですか。

ハムレット: つい先ほど、あの亡霊本人から聞いたのだから間違いない。どうやら、この世では、とても真面目な人間だったらしい。しかし、余りに四角四面な生き方をしたため、笑いやユーモアといったものを一度も経験することなく死んでしまい、それが心残りとなって、いまだに成仏することができないでいるそうなのだ。

衛兵B: (衛兵Aに向かって小声で) 笑いもユーモアもない人生なんて、本当に暗いですね。成仏できないのも、分かる気がしますね。

ハムレット: まあ、いろいろと、努力はしたらしい。「生前の悩みを克服するための自助グループ」に参加したり、むこうの通信教育で「霊体セルフコントロール術」を学ぶなどしたが、まったく効果がなく、いつのまにか夜のコスプレを楽しむようになっていたというのだ。ある日、ユーモアのつもりで父の姿をまねてみたら、結構リアクションが良かったので、有頂天となり、つい続けてしまったというのだ。出来すぎた話に聞こえるかもしれないが、口からでまかせの作り話ではないぞ、信じてくれたまえ。

バーナード: もちろんです。ハムレット様が作り話をされる訳がありませんから。

ハムレット: そうまで言われると、ちょっと肩身がせまいのだが・・・。しかし、まあ、これで一件落着だ。皆の親切には本当に感謝している。この恩は決して忘れない。

バーナード: それにしても、人騒がせな亡霊ですね。

ハムレット: それほどまでに、我が父を慕っていたのだろう。今後は、十分注意すると言っていた。それに、もうずいぶん満足した様子であったから、遠からず成仏するだろう。まあ、許してやろうじゃないか。

衛兵A: (衛兵Bに向かって、小声で) 見張り番の割り増しボーナスはこれでおしまいのようですね。

衛兵B: (衛兵Aに向かって、小声で) でも、まあ、解決してよかったじゃないか。おれたちの出番もこれでおしまいだな。家に帰って寝よう。

ハムレット: 皆、今日はずいぶん疲れただろう。先に戻って、ゆっくり休んでくれ。私はここで、もう少し頭を冷やしてから帰るよ。大丈夫だ、ここまで来れば、城はもうすぐそこだ。すぐ行くから心配ない。

ホレーシオ: 分かりました。殿下もどうぞお早めにお帰りください。

(ハムレットを残して退場。) 

ハムレット: さて、と、皆、行ったか。それにしてもクローディアスめ、すぐにでも殺してやりたい。しかし、興奮は禁物だ。判断をあやまってしまうかなら。落ち着いて考えるのだ。一体、何から始めたら良いのだろうか。そうだ、まずは、愛しいオフィーリアを遠ざけてしまわねば。彼女を危険に巻き込むわけにはいかない。だが、どうやって。うーん、そうだ、最近、私は頭がおかしくなったと思われている。だったら、徹底的に滅茶苦茶めちゃくちゃに振る舞ってやろうではないか。なかなか面白そうだし、おかしな振る舞いをつづけていれば、黙っていても、皆、勝手に遠ざかってゆくことだろう。クローディアスを油断させることもできる。とりあえず、この線でいってみよう。何とかなりそうだ。落ちついて、実行あるのみだ。(ハムレット退場)

森の妖精: 衝撃の事実が発覚しましたね。ま、まさか、クローディアスが先王殺しの犯人だったとは。ガートルードは、その事実を知らずに、夫殺しの犯人と再婚してしまったのですね。ドロドロです。この欲望うずまくドス黒い海を泳ぐハムレット。この後、どうなるのでしょうか。溺れてしまわなければいいのですが。次もぜひ読んでくださいな。まったねー。

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