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月夜のごりら
ステンドグラスのような三日月が輝く夜更け
一頭の若いごりらが目を覚ました
森を抜ける風音の中
遠くから聞いた事のない不思議な音の連なりが微かに聞こえていた
ごりらは音に吸い寄せられるように森を抜け
河沿いを下って人里に降りたった
ひと気のない村の大きな屋根の家屋からそれは聞こえていた
ごりらが窓の端から覗くと 中では小さな楽団が演奏をしていた
楽団は夜更けに倉庫に集まり 祭りに向けて練習していたのだった
ごりらは目を閉じ 壁にそっと耳を寄せた
生まれて始めて音楽を耳にしたごりらはこの不思議な音の流れに何とも言えない心地よさを覚え 目覚めながら夢を見ているような心持ちに包まれた
バラフォン奏者が呼吸を合わせようと顔を上げた時 窓の外から恐ろしい獣がこちらを伺っていることに気がついた
彼は叫び声を上げ 美しい音の流線型は突然ばらばらと崩れるように消滅し 屋内は大騒ぎになった
驚いたごりらは一散に森に逃げ帰った
それから30年後
ごりらはひととき大きな群れのボスとして君臨した後 その座を追われ
やがて年老いて 今最期の時を迎えていた
波乱のある生涯をあの夜たった一度だけ聞く事が出来た「音楽」の印象を胸の内に大切にしまって生き抜いて来た
ごりらは出来る事なら 今度は人間に生まれ変わりたいと思った
人間はひどい事もするし喜ばしい事もする
もしも今度 神が本当に私を人間に生まれ変わらせてくれたなら
私はきっと沢山の音楽を聴いて 沢山の喜ばしい事をしよう
そして そんな恵まれた一生を心をこめて大切に過ごそう
そんなことを考えながら ごりらはゆっくりと目を閉じた
ステンドグラスのような三日月が夜空に昇っていた