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夜のロボット

「知ってる?あれ 自衛隊のロボット工場なんだって」
グループの中で一番年かさの少年が、有刺鉄線の向こうに佇む古びた工場を指差した。
仲秋の枯れ野原で、少年達は防衛庁によって極秘裏に開発された何体もの人型兵器がその工場の中に格納されているという噂についてささやき合った。 

彼らより少し幼い雅人は、驚いた顔で年長者達の話を聞いていた。
それに気付いた少年は雅人に向かって話し始めた。
「夜中にウオオンウオオンて音聞こえるじゃん アレ、ロボット達が工場を抜け出して泣きながら夜の町をさまよってる声なんだぜ」
半信半疑の彼にとって、この話は決定的だった。
確かにこの界隈では、夜更けに大きな機械が駆動するモーター音のような甲高い金属音が響き渡ることがあるのだ。

雅人はいつも布団の中で、一体何の音だろうと怯えていた。
少年達の話にはロボットが夜中に泣く理由の説明が抜けていたが、その泣き声と言われてしまえば、確かにあの音はそれ以外の何物でもなかった。

それから雅人は夜中にその音を聞くととても寂しい気持ちになり、えも言われぬような不安にかられてしまうようになった。


二十年後、大人になった雅人は神経を病んでいた。
自分が大人のフリをして、いつまで経っても馴染めないこの社会をすり抜けるように生きているような心持ちでいた。

彼は幼い自分があの姿のまま、あの意味の分からない不安を抱えたままで、今でも心の奥底に閉じ込められているような気がしていた。

深夜のアパートの一室に、近所の小田急線の工事現場で線路から鉄材を持ち上げるクレーンワイヤーの軋むような巻取り音が、悲しく鳴り響いていた。

暗い部屋の中で、彼は目を閉じ、それをロボットの泣き声だと思って聞いた。

夜中に時々思い出す、夜の町を泣きながら徘徊するロボット達のイメージは、より詳しい設定を加えられて、今でも彼の心を追い詰め続けていた。

ロボットの知能は元々生きていた人間の脳からサンプリングされたデータで、同時に取り込まれてしまったオリジナルの幼い頃の人格が夜中になるとよみがえり、ロボットは自分の家を探して泣きながら町を徘徊するのだ。

気の毒なロボットは母親の待つ家を探し住宅街を歩き続けるが、目に映るのは何処まで行っても似た様な建物ばかりが並ぶ21世紀の見慣れぬ光景だ。

悲しみがあふれ、大声で泣き続けるのだが、喉から出るのは無機質な機械音ばかりだ。

公園のベンチにぐったりと座り込んだ金属の迷子は「もう家には帰れないのかも知れない」という受け入れ難い事実と、我が身の行く末を思い途方に暮れる。

ボクハコレカラドウナッテシマウノ
ドコデミチヲマチガエタノカナ
モウナニモオモイダセナイ
キガツイタラコンナトコニキテタ

水銀灯が足元に落とす自分の影が、とても自分の物とは思えなかった。

雅人は空想を中断した。
キッチンに行き、蛇口からグラスに水を注いで、3錠のデパスと一緒にゆっくりと飲み込んだ。

強い塩素の臭いが胃に流れ込むのが心地よかった。
が、次の瞬間こみ上げてきた胃液と共に、それをシンクに吐いてしまった。

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