立ち姿が美しい人
今日は朝からお昼過ぎまで日差しの厳しい夏日だった。
月に一度の内科受診の帰り、
(高血圧と喘息。橋本病の経過観察)
「血圧が高いから減塩頑張りましょう」
と先生に注意されてもうすぐ切れる醤油を減塩のやつにしなきゃな…
しかし減塩食生活ってどうやりゃいいんだろ?
と多少凹んで帰りのバスを待っていた時、同じバス停で待ち合わせていた年の頃70代位の白髪をおかっぱにしたご婦人が手で額を覆って何か痛そうな様子だったので…
「大丈夫ですか?」
とご婦人を自分の日傘に入れる形で隣に立ち、声を掛けた。
日傘の影の下でご婦人はやっとかざしていた手を下ろして、
「ああ、すいません。出先で日傘を置き忘れてしまって今日家を出てから立ち寄った所を全部思い出そうとしてたら頭が痛くなりまして…」
「今日は日傘差さないとしんどいですねえ。私だってうっかりもの忘れしちゃいますよ」
「一旦戻ってS病院ではない事は確認したんですけど、やはりA病院か?と立ち寄った所あまり思い出せないんですよ。やっぱり年ねえ」
「いえいえ、まだまだお若い。背筋真っ直ぐに立ってらっしゃるじゃないですか」
「私、今年90よ」
そこで私は本気で驚いた。私の知ってる高齢者は80後半で車椅子か寝たきりになり、
存命中の数少ない親族である母方の祖母は今年93だけれど70過ぎて認知症が進んで10年前から寝たきりである。
頭頂部から首筋、薄紫色のブラウスの背中にかけてぴん!と真っ直ぐ伸びて
ローヒールのパンプスの両足でしっかり立っている90代の人に出会えて、私は畏敬と感激の入り混じった気持ちになった。
「傘忘れる所は大体病院かコンビニか乗り物の中なんでA病院の可能性高くないですか?電話してみては?」
いえいえ、とご婦人は遠慮がちに首を振り、
「時間が経ったから戻って来る事はないでしょう。それより私は早く家に帰って休みたいです」
と言い、それからすぐにバスが来てご婦人はバスに乗り込み、振り返りざま、
「傘に入れてくれてありがとね」
と声を掛けてくれた。
どう見てもあの人75にしか見えなかったぞ。
どういう風に一日一日を過ごしたらあんな美しい立ち方の出来る90代になれるのだろうか…
猫背気味の私は取り敢えず骨盤を真っ直ぐに立て、姿勢を正して直立しながら、
残りの人生出来るだけ立ち姿を意識していよう。
と決めたのである。