電波戦隊スイハンジャー#31
第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵
弘法大師の大秘術1
五円玉が消えた上空に、古代服を着たちび女神「ひこ」が出現した。
ひこは棒アイス「ブラックモンブラン」の最後の一口を食べたところだった。
「あ~ん、またハズレだにゃ…ん?これは『めがみしょーかん(女神召喚)!!』きららねたーん!」
ひこがきららホワイトを見つけ、飛んでくる。
「ひこちゃーん。アイテムちょーだいっ。グリーンとシルバーがピンチなの!」
「がってんしょーちのすけなのにゃ。はい」
ひこはホワイトに、「ハズレ」の棒を渡した。
「って、ふざけてんのか?ガキー!」
レッドは焦りすぎて悶絶しそーになった。
「待って、レッドさん。棒が…」
ブラックモンブランのハズレ棒が星のような銀色の光に包まれる…。
ホワイトの手の中で、ハズレ棒は一本の横笛と化した。笛には双葉の紋章がある。
「魔性の笛『葉二つ』(正倉院蔵)」と小さき女神は言った。
葉二つ。平安の昔、雅楽の天才であった源博雅が、朱雀門の魔性から授かったといういわれのある笛。
(きららはん、聞こえるか?)
(その声は…空海さん!)
(魔性が作った結界には、魔性の笛の力で対抗するんや!!京都からわしも吹くさかい調子合わせて!)
(はい!)
ホワイトの頭の中で、雅な旋律が響く。
ぴーやら、ぴーひょろぴーひゃらりー
ぴーひょろぴひゃひゃらりー
パクった国宝の笛で、ホワイトは京都の空海と合奏を始めた。ひこも笛に合わせて、言葉にならない唄を唄いだす。
…届いて!グリーンさんとシルバーさんに。
ちょっと前、僧侶泰範は、光彦の両親の夫婦げんかを前にただおろおろしまくっていた。
原因は、娘の愛恵が忽然と消えた事に、泰範が「七城先生の所に家出した」とテキトーな言い訳をしたためである。
「光彦だけじゃなくて愛恵も担任の先生に預けるなんて、絹美、お前どうかしてるぞ…警察だ、警察!」
近藤院長の端正な顔が、プライドを挫かれた怒りで蒼ざめている。
「保護者である私がそう頼んだんですっ。七城先生はお若いけど、あなたよりは遥かに立派な人ですっ!!」
「はん、たかがいち教師じゃないか。哲学修士『しか』持ってない人間を私は一人前とは認めない」
「あなた…やっぱり権威主義の最低の人間ですね。
結婚前に気づくべきでした。『大学院卒しか人間と認めない』ってセリフ、まともな人なら言わないわよね…カッコいいと思って聞いてた私は浅はかな娘でしたわ」
近藤絹美はチェーングラスを付けた眼鏡を取り外してきりり、ともうじき別れる夫を睨み付けた。
「だって現実じゃないか。今、社会は低所得者の吹き溜まりだ。エリートじゃなきゃ満足いく生活もできない。
最低でも医学博士。光彦と愛恵は私がそう教育する。保健師ていどのお前には渡さん」
ていど、ですって?必死で看護大学出て保健師資格取ったのに…この男の発言はもう許せない。
「…その『低所得者』さんたちから治療費貰って、あなたは有難いと思ったことはないの?
ないんでしょうね。ナースさんや患者の女性たちに次々と手を出すんだから。それが光彦がいじめを受ける原因になったのかもしれないのよ!」
「転校させれば済む話じゃないか。みんなすぐ忘れる。
出世して、軽蔑すれば復讐になる」
こともなげに近藤院長は言った。歪んだ考えだ、と絹美は思った。
この男は、心底そう思ってるのか?どんな育ち方をしてきたのか?
「忘れないわよ!子供が心に受けた傷はそう簡単に癒えないのよ。
あなたは患者の検査データばかり見て、人間の心が全然分からない。なんで医者やってるの?あんたおかしいわよ」
「きぬみ」
突然、近藤院長が絹美を抱きすくめようとした。
他人が見ている目の前なんだが。これがプレイボーイのやり口か、と泰範は妙なところで感心してしまった。
「やめて!」絹美が夫の手を振り払った。
勝手な持論を振りかざして次は懐柔?もうその手には乗らない。
「他の女に触りまくってきた手で私に触らないで!!子供たちは私が働いて育てます。あなたには決して触らせません!!」
「なんだと!?」
院長が妻を抱きすくめようとしたその手を振り上げ、殴ろうとした。
泰範が間に割って止めた。
「女性に暴力はアウトや、院長はん。絹美はんのゆう通りや。あんたに子供を育てる資格はあらへん」
泰範の眼鏡のレンズが蛍光灯の灯りで光った。
いい生活させてやってきた女房といい、
自分にいちいち逆らう息子といい、突然出て来たこの得体の知れない坊主といい…どいつもこいつも!!
どけ!と院長は泰範さえも殴ろうとした。泰範は静かに目をつぶった。
「院長、アウトー!!」
バリトンボイスの男の声とともに、物凄い思念波が3人を襲ったが、修行を積んだ泰範には通じない。
たちまち近藤夫妻は意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。
近藤家のリビングの革ソファーに、3人の僧侶が腰掛けている。いや、真ん中の背の高い僧侶はふんぞり返っていた。
「真如…!」
「強制的に眠らせました。今はそれどころじゃないから。兄弟子泰範よ、あなたは優しすぎる。それは美点なれど欠点でもありますぞ」
桓武天皇の孫、高岳親王こと僧侶真如は立ち上がった。
優しげなお公家さん顔だが、目つきだけは油断なく鋭い。
両脇に小柄な僧侶、実恵と智泉、(どちらも空海の親戚である)を従えて。
「来る途中、四国で修行してた智泉阿闍梨を拾ってきた。智泉はんは弟子ん中で法力ナンバー1やから」
お遍路さんの恰好をした智泉は、空海似の中性的なきれいな顔で照れ笑いした。
「お大師様のまーくんがピンチなんだ。魔性の結界に閉じ込められてる。
俺たち4人は、菊池、山鹿の上空500メートル上空、四方に飛ぶぜ」
「上空から結界を破るのですね?私たちの法力で」
「いや、それじゃ足んねぇかもしれん。お大師様も京都から法力を送る」
「え、京都からどうやって…」
「泰範はん、今日は何の日か忘れたんでっか?」
いつも無口な実恵が初めて口を開いた。彼も空海に似ている。
7月16日は、あ…お大師様はなんて事を…なんというお人や!
「今夜は大仕事ですよ。弘法大師様の大秘術…つまりは大風呂敷!行くぜ!」
真如の号令と共に、はっ、と他3人の空海の弟子は近藤医院を出て空中に飛び、菊池市、山鹿市を見下ろす上空四方に散った。
真如が「戌亥!」(北西)。
実恵が「未申」(南西)。
智泉が「辰巳」(南東)。
そして、泰範が「丑寅!!」(北東)
と叫び、手で印を結ぶ。
四人の手から稲妻のような光がほとばしり、ちょうど中央で衝突した。あまりのエネルギーに空間に裂けめが起きる。
4人は同時に唱えた。「秘術、音霊転送!!」
サキュパスの髪の毛で出来た触手がシルバーの手首にからみつく。
シルバーは力任せに引きちぎった。鎌を弾き返すにも、力が要る。
俺が息が上がるなんて…、もう何千本、何万本切ったのだ?体力が限界に近い事をシルバーは認めざるを得なかった…。
「グリーン、生きてるか?」
だるい声でシルバーが尋ねた。理性は保ててるかい?という意味だ。
理性を崩したら、すぐにサキュパスの思念波に乗っ取られる。そうなれば自分は相方のグリーンも、人質の子供たちも殺してしまうだろう。
「生きてます。あなたとちがっておっさんじゃない」
グリーンも、疲れてはいるが明瞭な声で答えた。
「こら、誰がおっさんだ?おまえすごいな。俺が出会ってきた中で2番目に精神力が強い」
おっさん呼ばわりされてシルバーはいらっとした。おかげで少し疲労が吹き飛んだ。
「1番目は誰なんですか?」
「俺に武術を教えたくれた師匠だよ、っと」
グリーンをかばってシルバーはサキュパスの鎌をマイ武器の杖「喧嘩上等」で弾いた。
「うふふふふふ、じわじわ疲れてきたようじゃないですか」
サキュパスが青く長い舌を出して嬉しそうに舌なめずりした。
「シルバーさん、決して心を乗っ取られないで下さい。奴は私たちを使って次に他の仲間を利用し、スイハンジャーを殺戮部隊にするつもりなんだ」
「なんて悪辣な奴め!!くらえっ!」
シルバーが指を弾いて、真空波の輪をサキュパスに切りつけた。
敵はバリアーで弾き返す、が、真空波はバリアーを裂いて、敵の手のひらに切り傷をつけることが出来た。
「やるじゃないですか!シルバーさん」
「敵さんも疲労してる証拠だ…くそっ、人質さえいなければ思いっきりチャクラム飛ばせるのに!!」
「思いっきりって…あなたはまだ全力出していない!?」
「当たり前だ!俺が全力出したら、お前も人質の子供たちも切り裂かれてしまうんだっ!!」
なんという男だ。シルバーの「本気」とは一体?
サキュパスは自分の右手の傷を悔しそうに見つめた。この自分が、他者に傷つけられるなんて、許さん…
紅い瞳が光った。先に理性を失ったのは、サキュパスの方であった。
「戯れが過ぎましたね。そろそろ食事にしましょうか?」
サキュパスが思いっきり首を振り下ろす。残りの髪の毛の全てで攻撃してきたのだ!!
いかん、とても対処できる量じゃない!!グリーンとシルバーの両手首に髪の毛が変じた植物の蔓がからみつく…
ふん!!サキュパスが首を左右に振る。お互いを庇っていた二人が引きはがされた。
グリーンにはサキュパスの意図が読み取れた。こいつ、私たちをあちこちにぶつけて撲殺する気だ!!
蔓が、シルバーの指に絡みついて動きを封じている。
「ちくしょー!」ぶんぶん振り回されながら、シルバーが叫んだ。
どん!!!
雷鳴なのか。それとも太鼓の音なのか。
サキュパスが掘った穴の結界ごと、ものすごい振動が襲った。
同時に、絡みついていた蔓が切れた。反動でグリーンとシルバーの体が宙に飛んだ。
サキュパスが上空を見て明らかにうろたえている。穴を塞ぐ結界に、ひびが入っているのだ。
ぴーやら、ぴーひょろぴーひゃらりー
ぴーひょろぴひゃひゃらりー
「聞こえるか?グリーン」
受け身を取って着地した二人は、お互いのマスクを見合わせた。
「笛の音です。上でホワイトさんが頑張ってるんだ」
「ちがう。もう一つの音だ!!あの音は…?」
こんちきちき、こんちきち…こんちきちき、こんちきち
こんちきちき、こんちきち…
上空の結界に、ひびが広がる。