電波戦隊スイハンジャー#21

第三章・電波さんがゆく、グリーン正嗣の踏絵

みやこよりの使者

「それで七城先生。おめえさん、せっかくシルバーエンゼルと接触できたってぇのに、顔も名前も知らずに消えられたってぇ訳か…」

正嗣がグラン・クリュに戻ってきた安堵と、彼が重要情報をつかみ損ねた口惜しさから隆文ははあー、と大きなため息をついて彼を迎えた。

「はい…」濡れた服を作務衣に着替えた正嗣の手のひらには、ほんのりと光る銀の羽根。

悟がしかめ面してルーペで観察するも、未知の物体が植物学者の若僧なんぞに分かるはずもない。

「何てことだ、自ら発光する羽根なんて…!ああっ、もう!松五郎くんさえ逃げてなければ解析できるのに…」

ルーペを左ポケットにしまい、悟は軽く舌打ちした。

「とにかくみんな、心配したんですよぉ、気持ちは分かるけど」きららがちょっと冷たい目で空海を見る。

「え?せ、拙僧のせいだとでもいうのか?」

当たり前だ。ばかもの。

というような眼で、メンバー全員が空海を見た。

つい2か月前まで平凡な生活を送っていた若者たちが、プロデューサー女神Uの気まぐれと、松五郎筆頭に、空海、役小角などの「人間ではない奴ら」の強引なスカウトのせいで、日常をメチャクチャにされたのだから。

「結局、皆が集まる拠点にこの宿屋作ったのも、僕らの敵の情報を集めるために、このバー開いたのもぜーんぶ、『この僕が』資金出したんだぞっ!

松五郎くんが『おらとルリオのアドバイスで儲けたんだから、今こそおらたちに還元しろ』って言ってうちのおじい様まで丸め込んでねっ!僕が逆らえないと知ってねっ!」

悟がカウンターをばんばん叩きかねない勢いで両の掌を広げ、横にいる小角と、空海を睨み付けた。

「ええっ!経費は出るって最初に女神様言ってたぞ!それじゃあ、勝沼さんに会いに行く時くれたタブレットもクレジットカードも…」

「隆文君、カードで山梨行きの交通費、8千円弱しか使ってないのは偉いよね。そうだよ。スイハンジャー関係の出費は全部、この僕が『したまち@パッカーズ』っていう宿屋の形で会社立ち上げて、出来るだけ経費で落としてるんだ」

「松五郎たち、金づる得るために最初に勝沼さんに接触したんだな…

さらに情報と利益得るために外国人観光客向けの宿って形で会社立ち上げるなんて、勝沼さん、やり手すぎるべ…」

悟のもう一つの「顔」を隆文は思い出した。

清涼飲料水国内トップメーカー勝沼酒造の跡継ぎ候補で、都内一等地に6つのテナントビルを所有する不動産業の社長。

ただの植物オタクの射撃マニアの変態兄さんではない。

正嗣の手のひらの羽根の光が、とうとうはかなく消えた。

10時前に店に来て、縄文杉との会話、「木」のエレメントを授かったこと、シルバーエンゼルらしき青年との邂逅。話している間もすまなそうにうつむいて誰とも眼を合わせない。

「七城先生、占い師の仕事休んだくらいで責任感じすぎだって。だいたい『占い師МAО』なんて陰険勝沼マスターがぶっこいた企画モノなんだからさー」

琢磨が励ますつもりで正嗣の背中を強く叩いた。思わず咳き込んでしまいそうな勢いである。若いっていいなあ…正嗣は力ない笑顔を彼に向けてみせた。

「とにかく無事で良かったべ。誰も怒ってないから先生は帰って休んだら?」

なあ?と隆文はマスターである悟に問うた。

悟も珍しく心配して、気ぜわしく銀縁眼鏡をずらしたりしている。

「うん、是非そうするべきです。先生のメンタルヘルスのためには、ストレスの原因から遠ざけるのが一番…従って七城真魚こと空海阿闍梨、一定期間七城先生に接近禁止命令!」

「ボール」と言い放つ冷徹な主審のごとく、悟は空海を指さした。 「わ、我はストーカーではない!」

「何だ!?あの若僧は。いくら金と権力があるからって偉そうに!隆文、おぬしレッドならリーダーらしくせんかい!!」

夜中1時前。宿屋2階従業員休憩室「いなほの間」の布団の上で、空海が吠えた。

彼を挟むように、窓際に隆文、入口ふすま側にオッチーこと役小角が布団を敷いて寝支度に入っている。

ほかのメンバーはすでに帰宅している。

何だ、この修学旅行状態は?

28にもなって6畳1間に男3人川の字なんて、むさい事この上ない。

真ん中は見た目25歳の美坊主で、端っこは見た目35歳の日焼けしたロン毛サーファー野郎である。

「んだけどおら、レッドだからってリーダー自覚したこともねえし、ブルーの勝沼さんは金と権力持ってたら十分『偉い人』なんじゃねぇべか?それに今は雇い主で上司だからなぁ…」

Tシャツにトランクス姿の隆文は、うるさそうに寝返りを打った。

「おぬし、無欲だのう…野心というものがないのか?」

空海は情けない目で隆文を見やる。

「あのなぁ、正義のヒーロー戦隊同志で野心や競争意識もってどうすんだべ?
おらを契約社員で雇った時は勝沼さん、金にシビアだなあって思ったけど、経営者なら今のご時世そうでねえと。
それに状況によっては太っ腹だし、今夜は七城先生の事一番心配してたし、根はけっこういい人だべ」

「真魚、隆文の言う通りだぜ」

紫のタンクトップに白いステテコ姿のオッチーが、空海のつんつるてんの頭を撫でた。それによ、と隆文は2人に背中を向けたまま続けた。

「心配なのは七城先生だ。あの人は物識りで礼儀正しいいい人だけど、心は強くねえ。これからわけのわかんねえ敵と戦っていくのに、おら達と一緒にやっていけるんだべか…」

空海の浴衣の寝姿ごしに、オッチーは感心して隆文の逞しい背中を見た。

「隆文、おれお前の事を物事深く考えない『孫悟空野郎』だと思っていたけど、仲間のことを一番客観的に見てるじゃねえか。今の発言、リーダーらしかったぜ」

「…それ、ヨイショのつもりか?」タオルケットの下で隆文はあごを掻いた。
なんか褒められたべ、てへへ。

ごそごそ。

(おい真魚、おまえ白い浴衣姿に白い肌…綺麗だな…)

(ええっ!?せんぱい、今夜私を食べる気ですか!?)

(顔も女みたいだしよ、夏目雅子より美人だぜ…体も華奢だし…)

(せんぱい、手に触らないで下さい!千二百年以上の付き合いだけど、せんぱいにそんな趣味があるなんて…)

(ばか…同性と聖職者は、食わねえよ…)

(あんた聖職者でしょうが!)

「うるさいっ!ボーイズラブネタは同じ部屋でやめてけれ。こんの破戒行者に生臭坊主!あーもう考えんのめんどくさいっ、寝るっ!」

タオルケットをかぶって10秒と経たぬ間に隆文は寝息を立てていた。

こんの…孫悟空野郎がっ。

オッチーと空海は、二人同時に腹の中で毒づいた。

とにかくあなたは、空海阿闍梨に出会う前のただの中学教師、七條正嗣に戻ることが必要だと思うのです。

そうはいってもなあ…自宅、泰安寺に着いた正嗣は、悟の「ヒーロー休業アドバイス」に戸惑っていた。

元々、強引に選ばされた道ではあるが…
仲間から外された感じでなんか寂しいものもある。

「おう泰若たいじゃくよ、お前にお客様だぞ」父住職は起きて待っていた。

夜中過ぎなのに、客人?

講堂にはご本尊の不動明王像が鎮座しているその前で一人の僧が「般若心経」を唱えていた。

羯諦、羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶 般若心経…

ご本尊に一礼した僧はゆっくりとこちらを振り返った。見た目が20代くらいだろうか。随分若い。細い眉は形凛々しく、縁なし眼鏡の奥の目は怜悧そうな光をたたえている。

袈裟を整えた客人の僧は正嗣に向き直り、合掌したまま一礼した。

「夜分遅く失礼いたす。拙僧、泰範たいはんと申します」

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