電波戦隊スイハンジャー#134
第七章 東京、笑って!きららホワイト
花言葉は復讐5
しこたま酒飲んで寝ているツクヨミはてんで役に立たないので、薬物解析は松五郎と大天使ラファエルが行うこととなった。
「まあ一時間足らずで結果出せましから…」と緑色の髪と目をした青年天使はちら、と聡介を見た。
「俺が手伝うことないから寝ろ。ってこと?」
ラファエルはこくんとうなずくと、聡介に背中を向けて作業を開始した。
こいつがこうなったらもうどう話しかけても無駄だ。
こいつらがこのラボで「ヒトがまだ追いついてない技術」を使う時は俺にも見せないのだ。
「じゃあ任せた」と小人と天使の解析コンビに声をかけると聡介は自室に戻って自分でも驚くほどの眠気に襲われベッドに倒れ込んだ。
組織につながる証拠を発見 今夜9時 ラボに来たい人は来られたし
シルバー
と翌日戦隊メンバー全員にメールが来た時はお昼の1時過ぎだった。きららもスマホでその報を知ったが…
「気が向かんのなら行かんでもええんちゃう?」
とダージリン紅茶のカップを両手で包んで言ったのは、榎本葉子だった。
あ、この子は人の心も読めちゃうんだ。ときららは先月戦った筈の少女の顔を改めて見た。
13才にしては整い過ぎた顔だちの美少女である。初めて会った時より少し背が伸びた。ときららは思った。
ふさふさの睫毛に覆われた緑色の瞳がじっ、ときららを捉える…
きららは上野のキャンパス内で、榎本葉子とその祖父の指揮者ミュラーに偶然再会した。
午前中で講義を終えたきららはさてどこで昼食を食べようか、と思いながらぶらぶら歩いていると
「もしかして、キラキラネームのおっぱい姉ちゃん?」
といきなり失礼極まりない呼ばれかたをしたので半ギレの顔で
「キラキラじゃなくてきららですう!」
と言い返して相手を見ると灰色のセーラー服姿でバイオリンケースを背負った榎本葉子と、紺色の背広を着た指揮者ミュラーがそこに居た。
「こら葉子、人様にそんな呼び方するんやない!」とミュラーが葉子に頭を下げさせるときららの顔を見て、
「ホワイトやったお嬢さん…あんたはここの学生やったんかい?」と指さして非常に驚いた顔をした。
「ミュラー先生がどうしてここに?」
「まあいろいろな用事でな…」と頭を掻くミュラーに葉子が「お腹空いた」と訴え、何か耳打ちをした。
心得た、という顔をしたミュラーは
「近くに行きつけの喫茶店があるから一緒にお昼せえへんか?」ときららを誘ったのだ。
上野キャンパスから出て歩いて5分ぐらいのビルの2階に、木目と煉瓦で内装された昭和レトロな雰囲気の喫茶店には他に客は居なかった。
一番奥のテーブル席にきらら。向かいにミュラーと葉子が並んで座った。ランチメニューに3人ともホットサンドイッチを注文し、ウェイターが去るとすぐに
「最初に会った時は溌剌とした印象だったのに…驚いたで。今のきららちゃんは萎んだ朝顔みたいや。何があった?」
とミュラーがずばりときららの沈んだ気持ちを言い当てたのは、さすが長年多くの演奏家を育ててきたマエストロと言うべきか。
「東京のばかやろう、って顔に書いてあるで」と葉子がきららの今の心を代弁した。
はああ…やっぱりこの子にはお見通しなのか。
きっかけになった痴漢目撃事件からのあらましから、今の学生とヒーローの両立の悩みまできららはミュラーと葉子に話した。
花龍(ファロン)がらみの事件は隠したかったけど、どうせ葉子にはバレてしまうのである。
葉子は食後のチョコパフェをつつきながら「なんでそういうこと戦隊の人達に相談せんの?同じ秘密持ってる仲間やんか」と問うた。
「あたし一人女子だし、他のメンバーとは年が離れてるし…」
「甘えたら嫌われると思ってるやろ?だからいっつもにこにこして愛されキャラ演じて、痛々しいわ。
お姉ちゃんには自分の意志ってもんが薄い。真っ白で、空っぽや。自分の満たされなさを東京のせいにすんな」
葉子はそう言い切ると紙ナプキンにボールペンで落書きを始めた。気まずすぎる沈黙が3者の間に流れた…
確かにそうだ、フィギュアスケートやってたのも、音大行こうと思ったのも、秋葉原でスカウトされるままコスプレモデルになったのも…
頑張ってるね、と誉めてもらいたかったから。可愛がられたかったからだ。
だって今の時代、頑張ってる姿見せないと見向きもされないし、嫌われ貶されるじゃないか。
「でも雅楽の方は叔父さんに弟子入りして頑張って頑張って、こうして藝大に通ってる訳やから大したもんやで…
わしに邦楽の世界のコネがなくてすまんな、きららちゃん」
孫娘のキツい指摘にこの子は泣いてしまうんじゃないか?と思ったミュラーは慌ててきららをなだめた。
「いえ、クラシックよりも狭い世界だとさんざん言い聞かされて入学した訳ですから…
だから教員資格取って、若い人達に雅楽を広めるのが夢なんです」
「なんや。雅楽は『自分が好きだから』やっとることやないか」
と葉子が紙ナプキンをはい、ときららに差し出した。ボールペンで書かれた正立方体の落書き…
「たぶんツクヨミはんやカヤちゃんが言ってる東京での『大凶』の正体はこれや。
この四角いやつを見つけないと、東京はどえらい事になる」
「どえらい事って…例えばテロとか?」
真剣な眼差しで葉子はうなずいた。
「どうしてあの二人ははっきりと私たちに伝えないんだろ?」
「どうせ現世の者やあらへんからや。ツクヨミはんの住処は月だし、カヤちゃんは人間でもあらへん。
所詮、人間が撒いた種は人間に刈らせるしかない。と思っている。
でもうちはまだ13才で、これから嫌でも現世で生きて行かなきゃならない『人間』や。
薄情な神様仏様とは違ってお節介や…わざとキツいこと言うてごめんな」
葉子が頭を下げて謝ると、つられてぴょこん、と2本の長い触角のようなくせ毛が跳ねる。
その様子がアニメのヒロインみたいできららはなんだか可笑しくなった。
「それにしても、葉子ちゃんは勝沼杯の東京本選まで勝ち抜くなんて凄いねえー。…中一って最年少なんじゃない?」
「将来ソリスト目指すんやったら。と経験積ませるために一応出場させたけど、まさか東京本選まで行くとは思わなんだ。
今日わしらが上野キャンパスにいたんは弟子がそこでバイオリンの教授やっとってな、葉子の進路相談に来たって訳や」
「中一で本格的に大学探しですか…」邦楽の学生のきららからしてみればクラシックの世界は競争が激しい茨の道だ。
ソリスト(独奏者)という天上を目指して、一本の蜘蛛の糸を争って登ろうとする演奏家の卵たちの図をきららは想像した。
「うちは10才の時に孝子さんに『あなたは将来ソリストになるの?ならないの?今決めなさい!』ってすごい剣幕で迫られて
『なります!』って泣きながら宣言したから」
ミュラー夫人、上條孝子は葉子の義理の祖母で、3才の頃からのバイオリンの師匠であるがその指導方針は「めっちゃ厳しい」とクラシック業界でも評判である。
「た、大変だね…」
「ほんまや、音楽以外では優しい人なんだけど」
それも仕方がない。好きでやってる事だから。と葉子は小さくはにかむ。
10才で音楽で生きる覚悟をした子がいるというのにあたしったら…
別れ際葉子は「なんで黄色い兄ちゃんにもっと甘えへんの?」と余計なことを言ってきららを赤面させた。
アパートに帰ると「きららねたんお帰りなさーい」とちび女神ひこがエアコンの冷房を28度に設定して待っていてくれた。
あたしを戦隊のホワイトに仕立てたのはこの子を追って来た霧島の神様ニニギさん。
その人は、実は聡介先生のひいおじいさんで異星人で、3000年以上も生きてるややこしい人で、大学のカリキュラムとバイトをこなすのにいっぱいいっぱいだったあたしの人生を相当ややこしくした。
小さい頃から地元北海道でコロポックル様と言われる小人さんが見えたし、お喋りもできた。
霧島を旅行したら、ひこちゃんがいつの間にかあたしについて来ていた。
七城先生は、あたしのことを「純粋な人だから目に見えない存在に好かれやすい」と言ったけど…
帆布のバッグが重みで肩から床の上にずり落ちた。散らばったテキストの上にぽたぽたと涙が落ちる。
あれ?泣くのは何年ぶりだろう…ひこが心配そうに「どっかいたいの?」と背中をさすってくれるのに甘えてきららは声を引きつらせて、泣いた。
「あたし全然純粋なんかじゃないよ、七城先生、琢磨さん…」
みんなに好かれたくて嫌われたくなくていつも笑ってたけど、結局本当の友達は出来なかった。
戦隊の仲間に出会うまでは、みんなも自分も、大嫌いでした。
泣くだけ泣いて冷蔵庫で冷やしたペットボトルのお茶を飲むと少しは心が軽くなった。
七城先生から貰ったデコポンゼリーがあったのでひこと一緒に食べた。
ひこは不思議な子だ。自分が大学にいる時は自分から気を利かせて姿を消しているが、こうして一人で居て辛い時は傍にいてくれる。
どうしてあたしを選んで傍にいるのか、戦隊たちと自分にしか見えないのか、よく分からない。
テーブルの上に置いていた紙ナプキンにひこが気づいて「このしかく(四角)、なあに?」と葉子の描いた落書きを指さした。
とにかく、自分は今夜のミーティングに行って、これを見せなきゃいけない。
やるべきこと。倒すべき敵。
この子はそれを見せてくれる「道標」だ。
そう思うことにしよう。
後記
葉子の「嫌でも生きていかなきゃならん、神様仏様は割と薄情」は書いている人の世情に対する本音。