薬喰い〜江戸の闇鍋〜
それは寛政の頃、ある年の冬至の夜に飯屋を営んでいた佐吉の店の裏口から、番屋の役人の見回りの目を掻い潜って来た四人の男達が寒さで鼻を赤くしながら持ち寄って来た食材を掲げ、これから始まる秘密の宴を前にへへへ、とだらし無く笑って火鉢で温まっていた時である。
店の戸口をこんこん、と叩く物音がし、店主の佐吉が「どなた様で」と声を硬くして尋ねると、
「南町奉行所同心、橋本伊織である」と紋切り型の答えが返って来た。
所属をぼやかしているが橋本伊織といえば火盗改で活躍する同心で彼が尋問した罪人は必ず口を割る事から、
閻魔の伊織。
という二つ名で江戸の闇社会から呼ばれている男である。
すわ、御用改めか?
と佐吉はじめ店内の男達は持ち寄って来た食材を懐に隠し、特に猟師の百助は食材に座布団を被せてさらに尻に敷いた。
店内の雰囲気などとうに察している伊織は、
「なあに、寒くてたまらぬので生姜の効いた葛湯でも一杯貰いたいと思って来たまで」とつとめて柔らかい声で続けたのでそりゃあ仕方ないな。と佐吉は戸を開けて伊織を中に迎え入れた。
…伊織は耳元に白髪が目立つ優しげな顔をした男であった。
閻魔とは程遠い美男が「おお、寒い寒い」と襟巻きを耳元まで上げながら身をすぼめるのを見るとつい可哀想になって葛湯どころかお新香でも粥でも付けて何でもしてあげたくなる。
そんな彼だから悪人でも口を割ってしまうのだろう。
人の噂ってえのは当てにならないな。
そう思いながら小鍋に湯を沸かし葛と砂糖を溶かして生姜を多めに絞った葛湯を差し出すとおお済まぬ。と言って椀の中のものを啜る同心に店内の男達は早く出ていってくれ!と祈った。
さて、と葛湯を半分まで啜った同心は腰の大小を座席に置いて寛いだ体を見せると、
「拙者、今宵は見回りではないしお主らの秘密の寄り合いも知っている。風邪気味なので薬を食いに来た」
と肉食禁止のこの時代肉料理を食いに来た。と言う意味の隠語である薬を食いに来た」と言ったので男達は驚いたのである。
実は店主の佐吉、老中松平定信のせいであれこれ取り締まりが厳しくなって仲間の薬屋(肉屋)がどんどん店じまいに追われている中信用できる客だけを相手に肉料理を提供する闇の薬屋を営んでいた。
これも囮ではあるまいな、と佐吉、店の外を見回してみたが見張りは一人も居ないようだし、まあ、肉を喰らっちまえばお侍も同罪だわな。と思い取り敢えず相手を信用する事にした。
「確かに当方、ご禁制の獣肉を鍋にして取り扱っております。お客さん、今宵は運がようござんすね、かしわ(鳥肉)、もみじ(鹿肉)、ぼたん(猪肉)が揃っております」
伊織の右側に座っていた猟師の百助は佐吉のきつい目配せで太った尻の下に敷いていた獲物を広げて見せた。
「あっしは親八、八百屋の丁稚…と言いたいところですが本当は若旦那で」と葱と春菊を包みに抱えた八百屋が白状し、
「私は豆腐屋の隠居、弥右衛門でござんすよ」と齢六十の豆腐屋が桶に入った絹ごし豆腐を掲げて見せ、
「味噌屋の手代、五郎一でございます」と三十代の味噌屋が手桶の蓋を取り中の味噌をさらけ出す。
「実はこの太った猟師も親はとある村の名主。所在は明かさぬのが決まりでして…こうして旦那衆に珍しい料理を食べて頂いて相場より少し多くお代を頂いております」
「解った!解ったからいちいい見せなくて良いし誰にも言わぬ」
と手をひらひらさせた伊織は日頃の見回りの疲れと火鉢の温もりのせいで佐吉が料理を仕込んでいる間居眠りをしていた…
「旨い…かしわとはこのように旨いものであったか!魚よりも身が締まっていてこの皮の旨みがたまらぬ!葱との相性も良い!」
と生まれて初めて獣肉を食べた同心は鶏鍋の一椀をたちまち喰らい、箸を持ったまま感激していた。
「おっと旦那、次は割下でぼたん鍋ですぜ」宴はまだまだ、と佐吉は得意げに笑って見せた。
「味噌との相性が最高だな!このぼたんというものはこのように甘いぼたんを拙者は食した事がない!」
「でしょう?この播州屋の味噌は鍋料理の汁に一番、と言われてましてね」
と五郎一が自慢した所で「氏素性を明かすな!」と豆腐屋の御隠居が扇子で五郎八の頭をはたいた。
最後は生姜に白葱、春菊と薬味を効かせた鹿肉のもみじ鍋。
「獣臭いかと思ったら薬味のおかげでさっぱりとした味わい!最後にもみじを持って来た訳が解る!」
これが人生最後の食事かと言うくらい一口一口丁寧に咀嚼してから飲み込む伊織の姿に、俺ぁ危険を冒して薬屋続けて本当に良かった…と佐吉は目に涙を滲ませた。
鹿肉は傷みやすいのでこの店に届く事は滅多にないのに、今日狩って処理したの新鮮な鹿肉を食せるとはこの同心、本当に運がいいな。と周りの旦那衆は身分問わず同じ鍋をつつきながら思った。
鹿鍋の椀を空にした伊織は「ご馳走様でした」と丁寧に合掌した。
それは、本当に人間の欲によって狩られた命を頂きました。とでも言うような美しい合掌の形だった。
閻魔の伊織といえば謹厳実直で有名。今宵、御法度である獣肉喰いを何故行ったのであろうか?
と皆が心では思っていたことを察したかのように伊織は話しはじめた。
「…実は今日が亡き妻の四十九日でしてな。精進落とし(潔斎明けに魚や酒を口にすること)と思うて兼ねてより薬屋だと知っていたこの店に馳走を頂きに来た」
何と、この店は既に奉行所からお目こぼしを頂いていたのか。
慎重に商売していたつもりの佐吉が脱力するのも構わず伊織は語り続ける。
「同心といっても薄給で家計はいつも苦しかった。
魚といえば干物か目刺し、豆腐、納豆、香の物と白米しか作れぬ食生活の中、妻は肺を病んで逝った。
きっと拙者と倅には食べさせ自分は我慢したのであろう。故に妻の魂を我に取り憑かせて最期に思い切り滋養のあるものを食わせてやりたいという拙者の勝手な償いの仕方だ…許せ、お広」
と言ったきり伊織は黙り込み、そのままはらはらと涙を流した。
ひとしきり涙を流した後伊織は懐から銭袋を取り出し、
「香典を頂いたのでこの店の相場で払える。勘定を頼む」
「要りません」即座に断った店主に伊織は呆気に取られ、「なれど、それでは筋が」と喰らった分の勘定の銭を取り出したが(ここで相場まで知られていたのか、と佐吉は知る)卓上でやんわりと押し戻した。
「お侍さん、勘違いなさってはいけません。これは奢りではなく香典と思って奥様と共にお帰り下さいまし」
と深々と頭を下げた。
「そうだそうだ、薬屋ならぬ闇鍋屋が珍しく善事を行おうとしているのだから従うべきだ。お侍さんはこれからが大変でしょう?」
と店内の旦那衆の言う事に従って涙を拭いた伊織は「実に、有り難し…」と潔いお辞儀をして薬屋から退出した。
泣いた閻魔、伊織が食べた分は旦那衆で折半して支払った。
翌年の寛政四年(1792年)、老中松平定信が失脚し、将軍家斉が規制を緩和したお陰で再び町民が生きやすい世になった。
二年後、十八になった息子に家督を譲った伊織は隠居し、さらに三年後、孫の誕生を見届けてから四十五で卒中で逝った。
彼の葬儀には大店の旦那衆が参列し、
「伊織どのには江戸の治安を守っていただき有難う御座いました」
とめいめい香典を仏前に供えた。
それは、こんなに貰ってしまっては賊に狙われるのではないか?と息子夫婦が心配するほどの多額だった。
旦那衆のほとんどが佐吉の薬屋の常連客だったのは言うまでも無い話である。
後記
落語の「二番煎じ」を人情時代劇にアレンジしてみました。