電波戦隊スイハンジャー#73

第4章・荒ぶる神、シルバー&ピンクの共闘

白拍子花子3

小人2人がしゅたっ、と床に飛び降りると侘助は柴犬特有ののほほんとした表情を一変させ、ばるるるる…と牙を剥き出しにした。


正嗣と同じで「凶悪なモノ」が見えているのだ。


「この侘助くんは近所に住む元銀行員、後小路さんの飼い犬でなあー」


どーうどうどう、と靫負が侘助の前脚を抑えた。


「ついでに言うと、後小路さんは京都連続通り魔事件、第一号被害者Aを鴨川沿いで発見した張本人。そん時この侘助くん連れて散歩しとった訳や。


つまり、侘助は被害者から通り魔の匂いをえろう嗅ぎ取った、いわゆる生き証人ならぬ、生き証犬!さあ侘助、犯人に飛びつけ!」



靫負が小さなお手手を離すとばうっ!侘助が吠え、服従から解き放たれた獣のスピードでミュラー夫妻と葉子、菜緒の方角に突進した。


「ぎゃん!!」


ぱあん!と急に伸びた黒い物質で侘助は鞭打された。やや小太りな柴犬の体が宙を舞う。



リビングの中央で放物線を描いて落下する柴犬の体を、瞬時に後ろに跳ねて聡介は受け止めた。


可哀想に侘助は、聡介の腕の中できゅーん、と震えて尻尾を腹側まで丸めてしまっている。


これは犬が「最大の恐怖」を覚えた時にとる行動である。


「いややわ。あなたは動物いじめる人やなかったのにどしたん?いや、あなた、『誰』なん?」



ミュラー夫人上條孝子は、脊椎を冷たい刃で切り裂かれるような恐怖に襲われながらも、勇気を振り絞って目の前で動物虐待した家族に声を掛けた。


まさか、まさか。まさか!大した信仰心の無い孝子もさすがにああ、神様!と叫びたい…


(…勘弁してくれないか?獣の噛み痕は結構深く残るんだ。せっかく手に入れた健康な肉体なんだ)



蕩けるように低く響きのよいの男の声が室内にいる全員の肚の底まで浸食する…榎本葉子が、侘助を鞭打した黒髪を丁寧にかき上げた。


瞳がルビーのように紅く光っている。長い黒髪を自在に操れるのだろう、重力に逆らってざわざわと蠢いている。これは葉子ではなく中にいる怨霊の業なのか。


「やっぱり君だったのか」他のメンバーが恐怖で後ずさる中、聡介はなぜか冷静でいられた。


なぜ「やっぱり」と断言出来るのか俺にも分からねえよ。


古来より予感というのは、厭なものばかり当たると相場が決まっているからだよ。


侘助がビンタされただけで体にダメージが無いのを確認すると聡介は侘助を丁寧に床に置いた。侘助はくーん、と聡介を心配するように鳴いて、玄関先まで後ずさる。


サンキュー、後は任せろ。と聡介はこの律儀な柴犬に心の中で礼を述べた。


「原島シェフ、あんたもう帰ってええで。時間やし」


妻と菜緒を庇いながら部屋の壁に背中を付けたミュラーが、リビングと繋がるアイランドキッチンにいる原島シェフに声を掛けた。


なんだなんだ、この座興は?原島シェフはリビングの様子を覗き見ていたが、これ以上ここに居ても楽しいことなんかない。


逃げろ!とシェフの調理着の下の脂汗と本能と料理人としての勘が、脳に強く指令している。


「後は楽しいお時間を、マエストロ」のロ、を言うか言わぬかのタイミングでシェフは邸宅の玄関から外に走り出し、駐車場に止めた軽ワゴン車に乗って逃げ去った。


あの世界的指揮者に失礼して嫌われてもいい、顧客が減ってもいい、それでも死ぬよりはマシだ!!


2ブロックほど車を走らせて信号停止して初めて、シェフは恐怖でがたがた震えだした。


後続の車からのクラクションを受けてやっと我に還ったのだった。



(大した胆力だね、流石は世界の巨匠とでも言うべきか…私は貴方が好きだよ、マエストロ)


怨霊に取り憑かれた葉子がうふふ、と少女らしからぬ高慢な笑みを浮かべた。


「ってゆーか、とっとと葉子の体から出て行かんかいこのスカタン!」


人外の化生への恐れよりも、孫娘の体を乗っ取られてなおかつ犯罪に利用されているという怒りと屈辱で全身の血が沸騰しそうになる。奥歯を噛みしめてミュラーは葉子の紅い目を睨めつけた。



「まかせろジジイ、俺達が何とかする。憑き物落とし担当の教師兼僧侶もいるし」


とにやにやしながら聡介が正嗣の背中を叩いた。


「え、私いつからそんな立ち位置に?大体憑き物落としだって檀家に頼まれて仕方なくやってたバイトですし」


それに、と正嗣はやっと緊張が解けて、葉子と、正嗣にしか見えないその背後の男の影(同じく髪の毛が逆立っている)を指さして言った。


「あれ、真言効くタイプじゃないですよ。強力で邪悪で…復讐心に満ちています。そう、特に私と野上先生にね。心当たりあるでしょう」


松五郎がブルーの薬カプセルに似た物体を戦隊の背後に控える光彦と、ミュラー夫妻と菜緒の2方向に投げた。


光彦とミュラーの額に当たる直前にカプセルが光って次の瞬間には光彦もミュラー達も半透明の膜に包まれていた。



「バリアー張ったべ、これで30分間はありとあらゆる衝撃から対象を保護できる。さあ戦隊たち、葉子ちゃんの体を守りながら…やっちまいなー!」


松五郎がどっかのバイオレンス映画を見すぎた人みたいなセリフで戦隊一堂に命じた。


「言われなくても分かってるわ!ピンク初参戦でーすっ!」


「よろしくねー☆」ときららが呼応する。


え?え?とバリアーの中で困惑するミュラーの前で起こった光景は…鮮烈で、スタイリッシュで、あまりにも馬鹿げていた。



「みんな、変身ー!」レッド隆文の合図で7人の若者がそれぞれ色の付いたミサンガ、バングルを巻いた右手を突き出すと、彼らの手の中に色の付いたしゃもじが現れたのだ。


もしかしてこの展開、日曜朝のアレ?これは現実?…ミュラーの背後で菜緒は、叔父が何をしようとしてるか気づいてしまった。と同時に物凄く呆れまくったため息をついた。


聡介、あんた何やってんのや?30過ぎて心が少年やのうー。


「変身、いただきまーす!!!」


七色の強烈な閃光が、四条鴨川沿いの川床付き屋敷の全ての窓からほとばしり出た。


艶やかな赤い生地に全身金色の稲穂の刺繍で彩られた


「コシヒカリレーッド!だべ」




瑠璃色の生地に全身葡萄と蔓草模様の刺繍の


「ササニシキブルー!よろしく」



緑色の生地に全身草と葉の模様の刺繍でオプションでい草のいい香りがする


「七城米グリーン!です…」


輝くような黄色の生地に全身太陽を模した東北の刺繍刺し子模様の(本人はデザイン変更希望)


「ヒノヒカリイエロー!イェーイ」


眩しいくらい真っ白で、全身に雪の結晶と、およそ戦闘に必要ないスワロフスキービーズと、遊び心でラベンダーの小花模様をあしらったボディラインくっきりの


「きららホワーイト!きゃは☆」



そして、銀色に輝く生地に全身鳥の羽根模様のなんか初代宇宙刑事っぽい


「シルバーエンゼル!!あー恥ずかしっ」


とうとう戦隊デビュー!ショッキングピンクの生地に全身蝶の刺繍、ケバさを抑えるために薄い黒レースで表面をラッピングしてみました


「ピンクバタフラーイ!…って、なんでみんな笑ってんのよー!?」


目の前の敵は空海とタイマン張れる位の強力な怨霊、しかも未知数の超能力を持つ榎本葉子に憑依している。


葉子を傷つけず、怨霊に支配されている彼女を救い出さねばならない。非常に難しいミッションである。


決して、笑ってはいけない。


だのに何故、人は緊張が飽和状態を超えると笑ってしまうのだろうか?戦隊の仲間はじめ、特にシルバーは指さしてゲラゲラと、グリーンは失礼のないように口元を抑えて。


ミュラー夫妻と菜緒、光彦も、傍観者なだけについピンクのスーツ姿に吹き出してしまったのだ。


ピンクはまさに、穴があったら入りたい。恥ずかしさでもー死んじゃいたい心持ちであった。あのヤロー、スーツ作ったピンク頭の大天使を今だったら袋叩きに出来る。


それが、彼の闘争心に繋がった。


「スイハンジャー推参!!」全員の声が揃った。


自分の叔父が巷で噂の銀色DQN戦士だ、と知った菜緒も、恥ずかしさで三日三晩天の岩戸に引きこもりたい…と思った。


ひとり笑っていないのは榎本葉子だけ。


(で?)


と葉子は傲慢に戦隊たちを見上げながら、足を組んでどっかと布張りのソファーに体を埋めた。


(我が娘、サキュパスの仇の緑と銀色の戦士よ、お前たちだけは生かしておけないよ)


「他はどーすると言うんだべ?」レッドが問うと葉子がふふん、と鼻で笑った。


(私の傀儡にするんだよ。このようにね)


葉子の両眼から紅い閃光が放たれ、戦隊たちに注がれた。


「あかーん、アクティブ・テレパス。人を操作するテレパシー能力や!まさか、人間で使える奴がおったなんて」


光彦を包むバリアーの中で靫負が歯ぎしりをした。


「アクティブ・テレパスを靫負さんは使えるの?」


うちは動物にだけや、と靫負は答えた。


「せやけどうちも獣ときちんと話し合って許可得て協力させてもろとるだけや。…あの子の力は強制的な精神支配や!」


「いかん、戦隊たちのゴーグルに精神操作バリア機能はねぇっ!」松五郎が絶望的に叫んだ。


(む…?)


葉子が訝しげに戦隊たちを見た。滅すべきグリーンの前に、完璧な虹色の障壁が張られていた。精神操作の波を防ぎきっている。


この人間…!葉子が激しく舌打ちをした。


「私も、弘法大師空海の直弟子であるプライドを見せますよ…私にマインドコントロールは効きません」


グリーンは、すぐ両隣にいたピンクとシルバーを守り切った。


たった数か月の訓練で、正嗣の精神的超能力は格段に進化していたのだ。


「グリーンでかした!反撃だべ」松五郎の激励にグリーンは肩を落としている。何でだべ?


「すいません…急な攻撃でピンクとシルバーしか守れませんでした…」


「と、ゆーことは…げっ!」


レッド、ブルー、イエロー、ホワイトが前屈みの姿勢からゆっくりと上体を起こした。葉子のアクティブ・テレパスをまともに喰らったのだ。


戦隊VS戦隊!?最悪…光彦が思わず口を覆った。


(さて、座興を見せてもらおうか?)葉子が斜に構えて戦隊たちを眺めやった。


4色の戦隊が、残り3色の戦士たちに襲いかかる。


「危険なブルーとイエローは俺が相手する!グリーンはホワイト、蓮ちゃん…ピンクはレッド相手に!」


「ラジャー!」


シルバーの指示にグリーンとピンクが応じた。


「来いやあああっ!!」


シルバーの叫びと共に精神操作された戦隊どもが飛びかかる!

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