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脳・神経の病に立ち向かう医療
はじめまして、IYNAのホシノと言います。
今回は読者の皆さんに「脳・神経の病に立ち向かう医療」というテーマで情報をお伝えできればと思います。よろしくお願いいたします。
神経科学とは何か?
はじめにですが、皆さんは「神経科学」というものをどこまで深くご存じでしょうか?
きっとこの記事を読まれる方の中には、私などより神経科学に大変お詳しい方がおられると思いますので、本当は大変恐縮なのですが(笑)まずは「神経科学とは何か」をご説明させていただきます。
神経科学とは何か、という問いに対する回答はこのようになるでしょう。
「神経科学は、人間の『脳』や『神経』の仕組みや働きを研究する学問である。」
例えば、目の前から自転車が近づいてきたとき、ぶつからないように身を避けますよね。このような身体の動きや認知・判断が実現できるのは、神経がきちんと働いているおかげなんですよ。
そもそも神経とは何かというと、これは「神経細胞」という細胞の網を通じて、電気信号を送るシステムのことなのです。
先の例で言えば、目の前から自転車が近づいていることを知覚できるのは「感覚神経」を通じて、また筋肉を動かして身をかわすことができるのは「運動神経」を通じて、電気信号が脳に送られることで実現されるものです。
他にも、何かを考えたり(思考)、覚えていたり(記憶)、本の内容を理解したり(言語理解)といった高次脳機能(こうした機能をまとめて「認知機能」と呼ぶ場合があります)や、感覚情報と運動情報を統合して、より複雑な認知・判断に役立てる役割を持つ「連合野」という領野も存在します。他にもあらゆる行動や機能を、脳神経の複雑な相互作用が実現していると考えられています。
神経科学とは、人間の脳神経の仕組みを解明するだけでなく、「人間がどのように動いたり考えたり感じたりするのか」という問いに対し、「脳・神経の働き」という観点から回答を与えようとする学問と言えます。
医療における神経科学
しかし、脳神経が異常をきたすことも考えられます。以下はそんな「脳・神経の病」の例です。
脳梗塞
てんかん
アルツハイマー病
パーキンソン病
うつ病
こうした病を治療・症状を軽減するために日夜、医療現場で戦う職業の人がいます。実は「医師」や「看護師」だけではないんですよ!
以下では、主要な「脳・神経の病」また、医療現場にてこの「脳・神経の病」を治すべく奮闘する職業を紹介していきます。
主要な「脳・神経の病」
脳の病といってもさまざまな態様のものがあり、その機序(メカニズム)、症状などに応じて、扱われる診療科なども異なる場合があります。
※以下にあげる5つの分類は、ホシノが脳の病を紹介する為に例示的に区分したものであり、学術的に厳密な分類ではありません。例えば、神経変性疾患における「アルツハイマー病」は、高次脳機能障害の側面もあれば、生物学的な機序による脳疾患とも言えます。
1.生物学的な機序による脳疾患
極端に言えば、大半の脳疾患は「生物学的な機序」によると考えられるのですが、ここでは主に「直接的な、脳の生物的構造や血管、細胞の異常や損傷によって生じる病気」として紹介していきます。
・脳梗塞、脳出血
これらは脳の血管の異常が原因となり、さまざまな異常を呈する疾患です。
前者では脳の血管が詰まることで、血液が届かなくなり「半身麻痺」「失語症」といった症状を、後者では脳の血管が破れることで脳を圧迫し、「意識障害」「片側麻痺」「けいれん」といった症状を呈することになります。
なお、このように脳の血管が詰まったり破れたりすることで脳に血液が届かなくなり起こる疾患を「脳卒中」と総称します。脳梗塞や脳出血は、脳卒中の一種と言えますね。
・脳腫瘍
脳に腫瘍が発生し、血管など周囲の細胞組織を圧迫することで「頭痛」「視覚や運動の障害」「けいれん」といった症状を引き起こします。
ちなみに「腫瘍」とは、遺伝子の異常によって細胞が異常な増殖をした結果生まれる細胞の塊のことを言います。周囲の細胞に浸透するようにして広がっていく腫瘍を「悪性腫瘍(またの名を「がん」)」、周囲の細胞を押しのけるようにして広がっていく腫瘍を「良性腫瘍」と言います。
2.高次脳機能障害に類する諸症状
高次脳機能障害は、疾患(病気)というよりは、脳の異常に基づく「症状」の集まりというべきでしょう。脳の特定の領域が損傷を受けることで、記憶、言語、注意などの高次機能に障害が生じます。
・失語症
脳の言語中枢の損傷による、「話す」「聞く」「読む」「書く」などの言語能力の障害です。
・記憶障害
「新しい情報を覚えられない」「過去の記憶を思い出せない」状態のことであり、アルツハイマー病(後述)や脳外傷後に生じることがあります。
・注意障害
脳の主に前頭葉や頭頂葉の損傷による、「集中できない」「複数の作業が難しい」といった障害です。
3.精神疾患
精神疾患は、身体ではなく心の病と言えます。脳は心的機能とも密接な関連を持っているため、脳の異常が心の機能にも異常をきたすことになります。
・うつ病:「気分の落ち込み」「意欲の低下」「睡眠障害」を伴う。
・統合失調症:「幻覚」「妄想」「感情の平坦化」などが現れる。
・不安障害:過剰な不安や緊張の持続により「パニック発作」「回避行動」などの諸症状を引き起こす。
こうした精神疾患の正確な原因はほとんどの場合明らかになっていませんが、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンといった「神経伝達物質」の異常が症状を呈しているとする仮説は強力と言えます(モノアミン仮説)。
※神経伝達物質とは:神経細胞の電気信号をコントロールする化学物質のこと。この神経伝達物質が受容されることで電気信号が生じたり、抑制されたりする。
4.神経変性疾患
神経が徐々に機能を失っていく進行性の病気です。外傷などと異なり、はじめのうちは潜伏性でゆるやかに症状が生じてくるという特徴があります。
・アルツハイマー病
脳神経細胞の変性によって、「記憶障害」「判断力低下」「日常生活の困難」が進行します。いわゆる認知症の6-7割がアルツハイマー病を原因とする「アルツハイマー型認知症」です。
・パーキンソン病
ドーパミンを作る神経細胞が減少し、「震え」「筋肉のこわばり」「動作の遅れ」が生じます。
・ALS(筋萎縮性側索硬化症)
運動神経が徐々に壊れることで「筋力低下」に続き、「呼吸困難」等の症状が生じます。
5.免疫等の異常に関連する疾患
ここでは、ウイルスや細菌、免疫系の異常によって生じる病気を紹介します。
・髄膜炎
髄膜(脳や脊髄を包む膜)が感染で炎症を起こし、「高熱」「頭痛」「意識障害」といった症状を生じます。
なお、炎症とは身体の免疫機能が原因となり、血管の拡張などが起こることです。軽度であっても痛みや発熱を伴うことがあります。
・脳炎
髄膜が炎症を起こす髄膜炎に対して、脳そのものがウィルス感染によって炎症を起こし、「けいれん」「記憶障害」「意識混濁」を引き起こします。
・多発性硬化症(MS)
「視力障害」「運動障害」「しびれ(感覚の障害)」など多様な症状が現れます。正確な原因は不明ですが、免疫系が髄鞘および内部の神経線維を損傷させることによると考えられています。
※髄鞘・神経線維とは:神経細胞から長く伸びている突起のことを神経線維と言い、この神経線維を断続的に包み込んでいる、脂質を主成分とする膜構造のことを髄鞘と言います。
以上、主要な脳・神経の病についてみていきました。ところどころで用語の解説を挟んだりしているので、流し読みでも見ていただければ知識が増えると思います。
神経の病に立ち向かうさまざまな職業
それではここから、神経の病に立ち向かう職業について見ていきます。
脳神経外科/内科医
外科医は、手術を通じて治療を行う医師です。それに対して、薬を使って治療を行う医師のことを内科医と言います。
脳梗塞やてんかん発作においては外科的な脳手術、パーキンソン病やアルツハイマー病等においては内科的な薬物治療が主に用いられます。
リハビリ専門医
皆さんは「リハビリテーション科専門医」の存在をご存じでしたか?外科や内科は有名ですが、このリハビリ専門医をご存じの方は多くないように思います。
医師である以上、障害の診断・評価・治療はもちろん行うことができます。その他には、リハビリテーションゴール(リハビリを通じて「いつまでに」「どうなるか」を示した目標のこと)の設定をはじめとするリハビリ計画の策定、リハビリそのものの提供、義肢や装具の処方といった幅広い業務を担います
※「処方箋」というと、薬剤の処方箋のイメージが一般的かもしれませんが、リハビリの義肢・装具の製作においても医師の「処方箋」が必要になります。処方箋を製作所に発行し、医師のチェックを経て納品、必要に応じた提供が為されることになります。
リハビリの専門家
先に紹介したリハビリは、医師に限らず、以下のような専門家も行うことができます。いずれも国家資格であり、いわば日本の三大リハビリ資格と言えるでしょう。
・理学療法士、作業療法士
両者ともリハビリの専門家ですが、リハビリの目的に応じて、どちらの専門家が活躍するかが異なります。
一言でいうならば、理学療法士は「基本動作」の専門家であり、作業療法士は生活への復帰を目指す専門家です。
理学療法での「基本動作」とは、立つ・座る・歩くといった、身体を大きく使った基本的な動作のことです。それに対して作業療法では、身体だけでなく精神上の症状にも着目し、より包括的に「生活」に復帰するためのさまざまなリハビリプログラムを実施します。また、着替えや入浴といった「応用動作」のリハビリを行うことも理学療法と異なるポイントです。
・言語聴覚士
言語聴覚士は、主に「コミュニケーション」と「嚥下」の困難を対象にリハビリを行います。
嚥下とは、咀嚼して飲み込み、胃に送るまでの一連の動作のことを指します。言語聴覚士はこうした摂食・嚥下障害を持つ方や、先に登場した失語症、記憶障害、アルツハイマー病の方に対してコミュニケーションのリハビリを行います。
上記のようなリハビリ治療は、主に高次脳機能障害の治療に選ばれています。
救急救命士
脳卒中といった疾患では、緊急性が高く、救急救命士が重要な役割を果たしています。
脳機能障害をきたしている救急患者の方には、失語症状や構音障害(ろれつが回らない、不明瞭)、上肢麻痺(片腕が動かない)といった症状を持つ場合があり、救急救命士はこうした症状を即座に正確に判断して救命措置を行うことが求められます。
看護師
救急救命士が、脳障害の急性症状への対応を主な業務とし、三大リハビリ専門職が回復期・慢性期におけるリハビリを主な業務とすることに対して、看護師は急性期(主に発症や入院から2週間の、症状・容態が不安定な時期)、回復期、慢性期のあらゆる時期における対応を行います。
各疾患の、経過ごとの症状と対応を習得するだけでも、膨大な知識と経験が求められることが分かります。その意味では、医師に次いで勉強が求められる医療職と言えるかもしれません。
薬剤師
神経と密接な役割を持つのは薬剤です。ゆえに、神経系疾患の治療において薬剤師の存在は無視できません。
これまでに登場した疾患の中でも
1⇒「脳梗塞」「脳出血」
3⇒「うつ病」「統合失調症」
4⇒「アルツハイマー病」「パーキンソン病」
と、かなり多くの疾患において「薬物治療」が主に用いられるとされます。
薬剤師は調薬だけでなく、薬の相談・説明や服薬に関する指導といった、患者さんとのコミュニケーションも重要な仕事です。また、医師の処方した薬剤に対して疑義がある場合には「疑義照会」を通じて、その処方の適切性を医師に問い合わせる権限と義務を有しており、患者さんへの治療の安全性を確保する上でも極めて大きな責任を担っていると言えます。
研究者
ここまで、神経の病に立ち向かう職業として、医療職を中心に紹介してきました。しかし、この「研究者」の役割を示さずして、本文を終えることはできません。「研究者」というと、最も臨床から遠く、「神経の病に立ち向かう」職業としては、そこまで大きな役割を担っていないのではないかとお考えになる方もおられるかもしれませんが、私が思うに全くそんなことはございません。
なぜなら、既存の治療法や薬剤、医学や生体に関する基礎知識などの多くは、研究者によって明らかにされてきたと言えるからです。
現在、医師や看護師が診断・評価・治療に用いるさまざまな知識や医療機器などはほぼ全て基礎研究に基づいています。医療職が応用的に患者さんの対応にあたる立場だとするならば、研究職はその基盤を支える役割を全面的に担っていると言っても過言ではないでしょう。
現に、人体解剖や実験が禁止されていた4~15世紀の間は、医学もほとんど発展しませんでした。その後ルネサンス期に突入してからが、ちょうど近代医学のはじまりとされています。まさしく、実験や研究が医学の発展を支えてきたと言えます。
まとめ
いかがでしたか?神経科学について概観した後に、さまざまな脳・神経の病と、それに立ち向かう職業についてご紹介させていただきました。
ホシノはIYNAの中でも、神経×医療に関心がありますので、以後とも不定期でこのような記事を書かせていただければと考えております。以後ともよろしくお願いいたします。