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甘い静かな時間 30

さとみはきらと別れて、このまま家に帰る気にもなれず
「久しぶりに行ってみるか」
と、昔通っていた、barに行くことにした。

「いらっしゃいませ
え?さとみさん?何年ぶりですか?」
と、声をかけてくれたマスター。

「ご無沙汰しています」
と、さとみは頭を下げて、カウンター席に座った。

お店はさほど広くはないが、クラシックな作りで、静かに流れるジャズが心地いい。

元々が、今時というような、華やかなネオンが使われているようなお店ではない。
だから来るお客さんも年齢層が少し高めで、品のある人たちばかりだった。

さとみは店内を見渡し、当時さとみが来ていたころと変わってないことに、ホッとした。
「変わらないわね
やっぱり落ち着くわ」
「そう?
さとみさんも変わらないね
ご注文は?」
というマスターの声に、前に向いて座りなおして
「あらそう?
歳はとったわよ、だいぶんねw
あの時のカクテル作れる?」
と、不安そうに言うと
「歳を取ったのは、こちらも同じですよw
大丈夫ですよ」
と、静かににこやかに、カクテルを作り始めた。

さとみは、人生をかけた人とこのbarによく来ていたのだ。
来ていたというより、連れてきてもらっていたというのが、正しい。

「はい、お待たせしました
quiet loveでございます」

「あ、このカクテルグラス・・・」
「いつかさとみさんがもう一度来てくれたらと思って、お預かりしていました」
さとみは、久しぶりに涙が溢れそうになった。

このカクテルグラスは、その時の彼が
「このお店にさとみと来るのは特別だから、特別なグラスで飲もうね」
と、その時の彼がプレゼントしてくれたものだ。

そして、quiet loveというカクテルは、
静かな愛
これも、彼がマスターにお願いして、さとみのために作ってくれたオリジナルだ。

ピンクとブルーのグラデーションが美しいカクテル。
「君にぴったりだよ」
と、静かに笑う彼を思い出していた。

「さとみさん、大丈夫ですか」
心配そうにさとみの顔をのぞいてきた。

「ごめんなさい、つい思い出してしまって・・」
「まだ、無理なんですね・・・」
「そうね、もう大丈夫だと思っていたんだけど、きっと一生無理だと思うわ・・
あの人のことは忘れることはできないみたい・・」
というさとみに、そっとハンカチを渡してくれた。

さとみは、頭だけ下げてハンカチを受け取り、必死にこらえながら涙を拭いた。

そしてやっと落ち着いて、カクテルを飲みだした。
「あの時と変わらない、美味しい」
と、マスター
に微笑みかけた。

落ち着いたんだなと、ホッとしたマスターは
「気持ちに整理がついてきたわけではなかったんですね」
というマスターに、あやのことを話した。

「あやちゃん覚えてる?」
「覚えてますよ、一度だけきましたよね?
確か、朝倉さんと結婚したんですよね?」
「そうそう、朝倉さんここでかなりアプローチしてたからね」
「彼女可愛かったから
あんな朝倉社長、見ることなかったですから」
と、マスターは当時を思い出すように、グラスを拭きながら、遠くを見て話した。

マスターは、朝倉のこともよく知っていて、あやはこのbarに一度だけ朝倉とさとみと3人で来たことがあったのだ。

「そうね、でも人の人生って分からないものだわ、私が言うのもなんだけど・・・
あやちゃん、今恋してるのよ」
という、さとみの言葉に、グラスを拭く手が止まり、息を飲むようにさとみの顔を見た。

そのマスターの顔をみて、やっぱりこの反応すると思った。
とさとみはおかしくなって、ニヤついてしまった。
「やっぱりそんな反応すると思ったわ」
「かなりびっくりしています
あれから、奥様は会ってませんが、とってもいい感じの御夫婦と聞いていたので」
「そうね、それは変わらない、いや変わってないというのは違うか・・」
と、さとみは言葉を選びながら話した。

一瞬はびっくりしたマスターだったが、すぐに冷静になり
「恋は、突然やってきますから
それは、結婚してるとか、歳の差とか、性別とか、そういうのは関係なく、出会うときは出会うのです
人生の中で起きる一つの出来事に過ぎない」
と、またグラスを拭きながら話していた。

「やっぱりマスターは、素敵な人ね」
と、さとみは、マスターに乾杯をするような仕草をして、カクテルを一口飲んだ。

そんなさとみに
「さとみさん?そのあやさんに自分を重ねているのですか」
と言われ
「それもあるかな・・・
それだけじゃなくてね・・・
ねえ、聞いてくれる?」
と言いながら、あやときらの関係、そしてきらの一言で自分の中で抑えていたものが、また熱くこみ上げたことを、話し始めた。

to be continued・・・

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