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プーチンに学ぶ本当の意味の主権国家
『オリバー・ストーン オン プーチン』(原題: The Putin Interviews)を観た。監督のオリバー・ストーン(Oliver Stone)という名前をどこかで聞いたことがあると思ったら、『スノーデン』を制作した監督だった。私はおそらく、彼の他の作品を観たことがないと思う。近年は ドキュメンタリーを撮る映画監督として、特に有名なようだ。
この作品はロシアの、あのプーチン大統領に、合計9日間にも及ぶロングインタビューなんて、ロシア側もプーチンもよく引き受けたなぁと思ってしまった。しかもオリバーストーン監督がアメリカ人と言うのもとても面白い。おそらくプーチン大統領に、長期間ロングインタビューで迫ったドキュメンタリー作品は他にないと思う。
またこの作品は書籍にもなっている。Amazonの書籍版で秀逸なレビューがいくつかあったので、引用して紹介する。
ウクライナ・シリアなどの国際紛争、サイバー攻撃、スノーデン事件など、ロシアを取り巻く問題は様々あるのは事実だ。これに対しプーチンは、そもそもロシアはれっきとした民主国家であり、主権国家であるにもかかわらず、アメリカを始めとする西側諸国は、自分達の都合が悪くなるとすぐにロシアを悪者に仕立てると反論する。ロシアが主張する立場は世界のメディアから無視され、誰も耳を傾けず、「邪悪なロシア」といった論調が出来上がるとプーチンは嘆くのだ。プーチンのこうした主張に平行し、関係する国際紛争に関しては、興味深いことがいくつか語られていく。チェチェン紛争に関し、アメリカがチェチェンを軍事支援していたとする客観的証拠をロシアは掴んでいること。ウクライナ騒乱やクリミア危機に関しては、自国の行動に正当な理由があること。特にクリミアに関しては、ロシアが強制併合したのではなく、クリミアの住人がウクライナの法律に則り、正当な手続きを経てロシアへの編入を決めたことであり、これを西側諸国が非難するのなら、コソボ独立との比較においてダブルスタンダードであること。またイラクに関しては、同国に大量破壊兵器など存在せず、ニューヨークのテロ攻撃にも関わりはなく、関わっていたのはアメリカが支援したアフガニスタンのテロ組織だということ。これらのことを、プーチンは理路整然と説明していく。
個人的にはオリガルヒが台頭し、そのオリガルヒとプーチンとの対応について語られた話が興味深かった。
オリガルヒの台頭
ソ連が膨大な財政赤字を抱えて崩壊したのは1991年12月だ。ロシア初代大統領エリツィンは、壊滅的だった国内経済の建て直しのため、IMF(国際通貨基金)から226億ドルを借りることになった。
IMFは貸付の条件として大規模な民営化とバウチャー方式を勧告した。バウチャーとは「民営化証券」と訳される。ロシアの労働者が民営化された自身の企業の株式と交換できる引換券のことである。
しかし社会主義国家しか経験していない、一般のロシア国民にはその価値が理解できていなかった。国有企業が民営化で売りに出す株式を、その企業に勤務する従業員が購入して株主 になるという建前で始められた。
以上のような経緯があり、現実は一部の特権階級だった上層部の官僚達や、企業の工場長たちが、それぞれの企業をわがものにするために、さまざまな方法で不当に奪取していった。
大量に集めたバウチャーを株式と交換して大株主となり、当該企業に君臨するという、汚ないやり方だった。
配布されたバウチャーは株式との交換だけでなはなく、基金への預託、他人への売却も可能であったことから、バウチ ャーの集中・奪取は広く行なわれた。
個人的には、直接的ではないにせよ、バウチャー方式を勧告したIMFとロシアの特権階級は、このバウチャーの買い占めに関して癒着していたのではと推測している。
バウチャーが配布された当時、トラックいっぱいにウォッカを詰め込み、「バウチャーをウォッカ1本と交換します!」と宣伝すると、価値を知らされていない住民は喜んで交換に応じてきたという。
こうして国有企業・国有財産の大規模な民営化が行われ、その一部を享受するはずの「何も知らない」一般の国民から不当に権利が取られ、オリガルヒは誕生していった。
そして、国家の資産が旧ソ連の特権階級の官僚や工場長、グローバル資本によって買い漁られてゆくことに待ったをかけたのがプーチンだった。プーチンはオリガルヒの財産権は認める一方で、オリガルヒと政府官僚との癒着、外資への売却に対しては厳しい監視を強め、摘発した。
以下にプーチンが摘発した事案の一部を列挙する。
2000年 オリガルヒ側だったチェルノムイルジン首相(国営ガスプロム社長)を更迭
2000年 新興財閥ベレゾフスキーの脱税を摘発(国外へ逃亡)
2000年 メディア王と呼ばれていた、グシンスキーの脱税を摘発(国外へ逃亡)
2003年 ユーコス事件で、石油最大手ユーコスとメナテップ銀行の若手経営者,だった新興財閥のホドルコフスキーCEOを脱税で逮捕(10年の禁固刑の後、国外へ逃亡)
こうしたプーチン大統領の対応に対して、当然欧米メディアは「民営化の後退」だと批判した。でも本当にそうだろうか?
日本でもシャープが鴻海精密工業に買収され、「シャープ社員の雇用は死守する」とアピールされていたにもかかわらず、7,000人がリストラの憂き目にあった。
もちろん、プーチン大統領の意見にはバイアスがかかっているのは当たり前で、鵜呑みにしては行けないとは思う。
しかし国や国民の財産を守る、というプーチンの考えは一国の主として非常にまっとうではないか。
日本では「プーチンは新興財閥を選別した」、「政府と財閥の癒着」などの一辺倒な意見ばかりが取り上げられている。
日本だけではない、プーチンを悪者に仕立て上げ、ロシアを悪の枢軸国のように扱う論調は、世界中で行われている。いささか過剰では?と思うことがある。
しかしオリガルヒにどう対処したかについて、プーチン自身の口から聞けたことが意義深いと思う。
本当の主権国家
プーチンの発言でもう一つ、印象的だった言葉がある、要約するとこうだ。
「現在の世界では、本当の意味で主権を持った国家は貴重だ。ほとんどの国が同盟や国際協定の枠組みによって国家の主権を保っている。そうすると、同盟国や国際協定の枠組みによって国の行く末を握られてしまう」
プーチンがロシアと国際社会との関わりについて述べた場面での発言だ。
私は考える。
本当の主権国家とはなにか?
日本はどうなのだろうか?
私たち日本国民にとって、日本は自立した主権国家と言えるのだろうか。
【参考】
市場経済移行と今日のロシア資本主義─ 特異な「民営化」とその軌道修正を通じたロシア型資本主義市場経済への移行 ─